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午前中に出発した前リッジウェイ子爵夫妻は、暗くなる前に予定通りの町まで到着することが出来た。
「キャロルさんが持たせてくれたランチボックスがあったから、町とは関係なく昼食休みが取れたお陰ね」
「ああ、それにキャストール侯爵家が街道を整備しているから、安全も担保されているようなものだしな」
予定の町のホテルで交わされる前リッジウェイ子爵夫妻の会話を聞きながら、ハーヴァンは確かにそうだと今日一日を振り返った。
「ハーヴァン、到着早々ちょっといいかしら?」
必要な荷物を運ぶ使用人達の手伝いに加わろうとしていたハーヴァンに夫人が手招きをした。臨時とはいえ、今は前リッジウェイ子爵夫妻がハーヴァンの主。ハーヴァンは『畏まりました』と返事をすると直ぐに夫人の下へ向かった。
「ごめんなさいね、呼び立ててしまって。でも、忘れないうちに決めておこうと思って。王都に到着したら、あなたはそのままリプセット公爵邸へ向かう、それとも一度クロンデール子爵に会いに行く?」
「リプセット公爵邸で大丈夫です。この事が決まってからキャロルがリプセット公爵家へ手紙を送ってくれていますし」
「分かったわ。では、王都に到着したら最初にあなたをリプセット公爵邸に送り届けるようにします」
「お気遣いありがとうございます」
夫人はハーヴァンが父親に会いたいか尋ねてくれたのだった。キャロルからハーヴァンがファルコールの館に居る理由を聞いていたからこその質問だ。しかし父も理解するだろう、ハーヴァンがすぐさまリプセット公爵邸へ戻るのは体調に問題がないからだと。
それにハーヴァンが最初にどこへ向かいたいかで、馬車が通る道も変わってくる。夫人はそれを気にしたのだ。王都到着は恐らく遅めの午後。クロンデール子爵邸に送り届けるならば、そんなに時間帯は気にしないがリプセット公爵邸となると話は違ってくる。いくらキャロルがスカーレット・キャストールの名で予想される到着日とリッジウェイ子爵家の家紋入り馬車が送るという手紙を出したとはいえ、夕食前などの邸が忙しい時間帯は避けなくてはならない。
だから、夫人はハーヴァンを最初に送り届けると言ったのだ。何より、通常は訪問を避ける時間帯にどこの家門にも直接属さないリッジウェイ子爵家の馬車がリプセット公爵家にやって来たのを誰かに見られ変な誤解を招くことだけは避けたかったのだろう。
「夫人、色々なことが落ち着いたら改めで挨拶に伺わせて下さい」
「いいのよ、わたくし達は古くからの友人の大切なお嬢さんの役に立ちたかっただけだから。その代わり、あなたも彼女のことを思ってこの先のことを少し協力して頂戴。彼女は館に籠っているって」
「はい。ご安心下さい。わたしの主人にも同様のことは言われています。仮令その主人が仕える方から尋ねられても、わたしが知る女性の名前はキャロルです」
「あなた、なかなか良い男ね。落ち着いてお嫁さんが欲しくなったらいつでも相談して。主人もわたくしもお友達は多いのよ」
「落ち着くと、恐らく職を失くしていると思います。だから、まだ身は固められそうにありません」
「まあ、それは大変。それこそ仕事が見つからなかったら相談にいらっしゃい。でも、あなたなら大丈夫ね」
その日の夕食にハーヴァンは薫から持たされたキノコペーストをホテルの食堂に頼み提供してもらった。パンの上にチーズと共にのせ、火であぶってもらうというスタイルで。
それには前リッジウェイ子爵夫妻だけではなく、使用人達も大感激したのだった。因みに持たされたキノコペーストはオイル、ハーブ、それと酢で和えたもの、チーズとの相性はとても良かった。




