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イービルは一体何者なのだろうかと薫は思った。翌日には、願い通りの温泉が館の近くで湧きだしていたのだ。道具がないので温度の確認は出来ないが、手を触れた感覚では確かにそれぞれ熱さが違う。
更に、イービルとスカーレットに気を利かせたことが良かったのか、温泉に関してはおまけまであった。温度によって泉質が違うのだ。
38度と思われる湯が酸性泉。殺菌効果が期待できる泉質は、私兵が多いこの地ではありがたい。40度が有馬温泉で有名な含鉄泉。飲めば貧血に効果的と言われているが、山から湧いたばかりの茶色っぽい湯。飲むには衛生面が疑わしいので、流れて地表に吸われ土へ養分を分けてくれればいい。そして42度が二酸化炭素泉、別名泡の湯だった。薫にだけ見えるメッセージカードにご丁寧に泉質が書いてあり、令嬢らしからぬ声をあげ驚いてしまった。まあ、ここではスカーレットではなくキャロルだ。傍に控えるいつもの三人も、その意を汲み何も言わないのは有り難い。
しかし、それは少々大き目な声に対して。締めるところは締める、それが三人のスタンスでもある。取り分け三人の中で年長のケビンは。
薫は直ぐに、無闇矢鱈とそこら辺のものに触れないで下さいという注意をケビンから受けた。そして質問も。
「キャロルさん、これは…」
「温泉というものだと思うわ。昔何かの文献で読んだ記憶があるの、この辺には温かい体に良い湯が出ていたと。だから、触れても大丈夫、安心して、ケビン」
薫とケビンの会話を横で聞いていたナーサが『流石うちのお嬢様』とまたもや買い被り、尊敬の眼差しを向けてしまうのは、今後何かある度にお決まりになるのかもしれない。
「ねえ、この温泉を利用した施設を造りたいわ。大工さんが来たら、それも含めて相談しましょう。沸かすことなく、いつでも湯に浸かれる施設を造るのよ、みんなの為に」
『みんなの為に』の件で、もうナーサの目には涙が溜まりだしたのは言うまでもない。
仕事の打ち合わせの為に呼んでいた大工と内装工事職人。温泉が湧き出したことで、薫は予定よりも数日早く来てもらうことにした。
「このお館の半分をホテルへ改修だね、お嬢さん」
「はい。今日は費用と工期を見積もってもらいたいと思って」
「それは俺の言い値で払ってくれるのか?」
「筋が通っていれば。一人の職人さんがどれくらいの作業を一日に可能か、それを元に何日の作業になるか教えて下さい。勿論人によって経験が異なるので作業量の違いを生むことは理解しています。だから、その経験値に応じた人それぞれの日当も提示して下さい。そしてあなたは親方、作業だけでなく皆さんをまとめなくてはいけないし、わたしとの打ち合わせもあるので、その分の報酬は別に支払います」
薫は作業能力に応じて職人の一日基本単価を決め、それぞれの能力でどれくらいの作業量がこなせるか知りたかった。婚約の違約金ではないが、作業に対しても明確な基準が欲しかったのだ。これから薫がここで生活するにあたって、何かお願いする時に正当な報酬を払う為にも。
前世だったら、この作業に対しては2人工だとか3人工だとか基準があったが、この世界での作業にどれくらい時間が掛かるのか分からない以上調べていくしかない。
「ここは国境沿いだから、土木工事を含め色んなヤツがいるんだ。定期的に治める侯爵様から工事依頼があるからな。だから人数は確保出来る。でも得手不得手で日当が変わるとなると…」
「あの、親方、実はこの後お話しようと思っていたのですが、土木工事のような依頼もあるんです。ちょっと大き目な施設を造る」
「お嬢さん、そりゃあ有り難いけど、あんた、金は払えるのか?」




