国内某所とある修道院6
アルフレッドがシシリアへ与えたのは錯覚という感覚だけではない。高揚感と喪失感を同時に教えてくれた。貴族学院で隣に居る時は気持ちがこの上ない程高揚し、傍から離れると喪失感が押し寄せてくる。これがシシリアにとって恋を表す感情だと気付くまでには時間は掛からなかった。
しかしアルフレッドには婚約者がいる。喪失感を抱いて良い相手ではないのに、失いたくないと思ってしまったのだ。
盗むつもりはなかった。失いたくなかっただけ。盗んでいるとも思わなかった…。
そしてシシリアは貴族社会という巣からも、日常という巣からも落とされた。割れてしまったシシリアという卵。養分は土に返るだけ。割れてしまった卵からはもう飛び立つ鳥になる雛は孵らない。でも、養分は土の中で次の生命に貢献できるはず…。
(だって、あの人は落ちて割れた卵もまた次の役割を担うって言っていたもの)
ニーナとカレンがやって来て数日後、シシリアは意を決して修道院長の部屋へやって来た。
「夕食後の時間にニーナとカレンに文字や困らない程度の作法を教えてもいいでしょうか。あの子達は善悪も良く分からないままここへやって来ただけ。いつかここを巣立つ日がやって来るならば、知っていて損はありません」
「あなたの素性を知るわたくしとしては有難い申し出だわ。でも、出来る?一度引き受けたら、止められないことになるわよ、それは。あなたが止めれば、それを彼女達は拒絶と取る危険があるってことを忘れないで。それに、ゼロから教えるのではなく、マイナスから教えるようなものだという心積もりがあなたにある?」
院長はシシリアの意思確認を急ぐようなことはしなかった。好きなだけ考えて答えを出せばいいと言ってくれたのだ。
それから一週間。シシリアはニーナとカレンの養分になる道を選んだ。それはまた、シシリアが自分と向き合う時間にもなってくれた。
あんなに長く感じていた夕食後の時間。驚いたことに、二人に文字や簡単な作法を教えだすと思いの外早く過ぎるようになった。
「シシリア、わたしも交ざっていいかしら。あなたのように美しい立ち姿になりたいの」
他の修道女達の時間を邪魔しないよう別室で行っていたことだったが、知らず知らずの内に参加者が増えていった。
「ねぇ、シシリア。こんなに綺麗な字が書けるようになったの!」
「まあ、カレン、頑張ったわね」
「どうしてわたしはカレンみたいに出来ないの?」
「いいのよ、ニーナ。ニーナはまだ得意なことに出会っていないだけ」
「うん」
「ニーナ、わたしはシシリアの文字を真似ることが得意なだけだよ。最初はシシリアの綺麗な文字を盗むみたいで嫌だったけど、綺麗な文字やお作法は盗んでも無くならなかったよ。シシリアにそう話したら、それは盗むのではなくいいなって思ったことを真似るって言うって教えてもらったんだ」
「真似る…、そっか、そう言うんだ」
この修道院から出られない。それはシシリアの全てが止まってしまったように思えた。しかし次の役割は再びシシリアを動き出させてくれたのだった。




