王都オランデール伯爵家4
「ではクリスタル、おまえはジョイス様の未来の妻として、キャストール侯爵令嬢へ助言をしていたと言うのか?」
時にしどろもどろになったり、或いは言葉を詰まらせたり。クリスタルの上辺を掠るような言い方の、その下を伯爵が浚おうとする度、話は辻褄が合わなくなっていく。
そこで伯爵はクリスタルには好都合に取れる言い方を態とすることで、更なる言葉を引き出した。
「はい、お父様。ジョイス様が学院を去られてからもわたくしは助言を続けました。ジョイス様が掛けるであろうお言葉を、わたくしが代わりに」
伯爵にはクリスタルの話す内容があまりにも馬鹿げていて理解出来なかった。否、言いたいことは分かる、しかしあまりにも自分本位過ぎる。
大前提として、クリスタルはジョイスを慕ってはいるが婚約者ではない。その時点でオランデール伯爵家の長女というだけだ。しかしスカーレットはキャストール侯爵家の長女であり、当時はアルフレッドの婚約者だった。本当に仮にだが、クリスタルがジョイスと結婚したとしても、公爵夫人にはなれない。それなのに、どうしてスカーレットに意見などしていたのか。本来ならば未来の王子妃になる予定だったスカーレットに。
そして聞き捨てならないのは、ジョイスが掛けたであろう言葉という部分。それが本当ならば、クリスタルの言葉は助言ではなかったはず。今更漏れ聞こえてくる当時の様子から、嫌味や時には罵倒に近かった可能性すら考えられる。
キャストール侯爵家の封蠟がない手紙の差出人がスカーレットだと確定はできないが、『クリスタルの生家なので難しい』の意味は明白だ。
そして、伯爵は最低でも二通りの筋書きを想定して、対策を考えなくてはいけない。
一つは本当にスカーレットからだった場合。これは差出人としては最悪だが、取るべき対応は考えやすい。先程はサブリナが大金星になると思われたが、クリスタルがスカーレットに暴言を浴びせていたなら謝罪の手紙の添え物くらいにはなる。
しかし、差出人がスカーレット以外となるとそれは第三者からのメッセージだ。クリスタルが何をしたか知っているという警告または脅迫という。
「クリスタル、ではどのような助言をしたのかここで言ってみなさい」
「それは…、時間が経ち過ぎていますもの、忘れてしまいましたわ」
「前回、おまえはキャストール侯爵令嬢とは顔を合わせる程度だと言っていたな。それが話を掘り下げれば助言をしたと変化した。それは何かを言ったという行為をしたと覚えていたから変化したのだろう。食事の席では伝えなかったが、手紙が本当にキャストール侯爵令嬢からなのか確証はない。ただ、第三者からならば、そこに書かれていた内容はおまえの未来を潰しかねない。クリスタル、元子爵令嬢が修道院へ送られたことは知っているな」
「…」
「覚えている限り、全てを話しなさい」
伯爵は再度溜息を吐きながら謝罪文を書き進めた。他の家を出し抜くために、紳士クラブでキャストール侯爵達の話に聞き耳を立てていた年頃の娘を持つ家々の多くが今頃同じことをしているのだろうと考えながら。それならば、明日は同じような謝罪文がキャストール侯爵家に何通届くのか。クリスタルの話を聞く限り謝罪の手紙だけでは済まされないだろうし、ましてや直々に詫びをしたくてもスカーレット本人は王都にいない。恐らく明日は療養中のスカーレットを見舞う為の絵画や飾り陶磁器、装飾品が午前中から買われることだろう。
さて、クリスタルの言動の代償はどれくらい必要になるのだろうか。サブリナのオランデール伯爵家とキャストール侯爵家との緩衝材としての価値はどれくらい見込めるのか。伯爵は予定以上の筋書きを思い浮かべながら、謝罪の手紙がいつキャストール侯爵邸に届くべきか考えた。夫人のクリスタルへの教育に若干疑問を持ちながら。




