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「ありがとう、ハーヴァン、届け物をしてくれて」
「こちらこそありがとうございました。それと、これを」
ハーヴァンは兄から手渡された王都へ戻る為の金が入った袋をそのまま薫へ手渡した。重みからするとそれなりの金額が入っていることは間違いない。父であるクロンデール子爵としても、息子が王都へ無事に帰ってこられるよう十分な額を渡してくれたのだろう。
「えっ、何、これ?」
「わたしをここに置いて下さったお礼です。それも、とても温かい気持ちで」
「でも、これがあればあなたは簡単に王都へ戻れるじゃない」
「いえ、わたしはキャロルの整えてくれた方法で戻りたいと思いました。ですから、これは不要になります。だったら、感謝の気持ちとして受け取ってもらいたい。本当は三倍必要でしょうけど」
謝意を表す為の金ならば、この袋の中身では足りないくらいだとハーヴァンは思っている。スカーレットの立場を奪ったことに加担したジョイスの従者だというのに、こんなに温かく接してもらったのだから。しかも、怪我の治り具合を含めスカーレットは体調を随分心配してくれた。
「もう、今はここで働いてくれているのに。どうしてお金を払うのよ、受け取れないわ。第一、わたし、訳あって結構お金は持っているのよ」
「ええ、存じております。では、少なくて恐縮ですが、お話されていた馬用施設の資金としてもらえませんか?」
「じゃあ、資金が正しく使われているかいつか確かめに来てくれる?」
「いいのですか?わたしはその内、本来の仕事を失うので非常にありがたいのですが」
「わたしも嬉しいわ。あなたの能力はここの馬達にとって重要だもの。それにスコットが連れてきた馬にはちょっとした条件があるから、それを満たす手伝いもしてもらいたいし」
ハーヴァンは不思議でならなかった。貴族学院で辛い思いをし、婚約破棄までされたスカーレットがどうしてここまで優しくなれるのか。しかも優しいだけではない、時には自分より年上の男性へも挑んでいく強さがある。そして様々なアイデアも。
貴族学院で何がどう起きてしまったのか、ハーヴァンに詳細までは分からない。切っ掛けは本当に些細なことで、それが様々な思惑で取り返しがつかないところまで発展してしまったのかも、将又誰かが先導して仕向けたのかも。
もう叶わないことだが、目の前で屈託の無い笑みを見せる女性がアルフレッドの妃になっていたら…。王宮内で一際輝いていたことだろう。
そんな未来がやって来ないことを酷く残念に思う反面、ハーヴァンはこの数日間のようにキャロルと共に過ごせたことが嬉しくもある。これからの未来を考えると、たまたまとは言え天候不良の中、このファルコールの館に辿り着けたことはハーヴァンにとって最大の幸運だったのかもしれない。
ジョイスが今の立場を失えば、ファルコールへやって来ようとすることは目に見えている。出来ればそれにハーヴァンもお供したいところだが、ジョイスは雇えないと言い断るだろう。ハーヴァンが好きに生きていけるよう。
だからハーヴァンは先回りすることにした。ファルコールで好きに暮らせるよう、馬用施設の話を本気にしているとスカーレットにアピールしたのだ。
ハーヴァンは久し振りに未来が楽しみだと思ったのだった。




