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少し先の未来で今後の道が決められていようと、また都合良く動くよう図られていようと、今のことしか知らないジョイスはどのようにデズモンド・マーカムと向き合うか考えながら応接室でその時を待った。
勿論、ジョイスとてデズモンドの顔を見たことはあるし、噂の多くを知っている。しかも噂の中には真実がかなりの数存在していることも。
皆、口を揃えてデズモンドは様々な女性と恋を楽しみ、後腐れなく別れるというが本当にそうだろうか。中には後腐れなく関係を断つ方が良いと判断せざるを得なかった女性もいるはずだ。重要な情報や『何か』の遣り取りの為に。
その数の中にスカーレットを含ませない為にも、ジョイスはそれなりの牽制をデズモンドにしなくてはいけないと考えた。そしてそれはキャロルが望む、ファルコールでの自由な暮らしにも繋がるだろう。
待つこと数分、服装を整えたデズモンドが男性すら魅了するような美しい顔に微かな笑みを浮かべ登場した。ここが劇場ならば観客の女性からは割れんばかりの拍手が送られたことだろう。
しかしジョイスが送るのは、挨拶をする為の間。洗練された所作で立ち上がり、デズモンドが頭を垂れるのを暫し待ったのだった。
「ご訪問、わざわざありがとうございます」
「通過に際し、子爵へ挨拶をさせていただこうと思い立ち寄った」
「左様でございますか。公爵家に仕える使用人のようには出来ませんが、茶を用意いたしますのでお掛けになり暫くお待ちいただけますか」
「不要だ。あまり時間がない。先程の理由は表向き。実は子爵にお願いがあってここに立ち寄らせてもらった」
「わたしに可能なものでしょうか?」
表情を変えることなく話すデズモンドに、ジョイスは自分を重ねた。ただ見せている表情の種類が違うだけだと。デズモンドは誰かれ構わず虜にするこの顔で、キャリントン侯爵の下、貴族社会を卒なく渡ってきたのだ。
「子爵が多くの女性を虜にする理由が良く分かった。しかし、このファルコールに居るわたしの大切な幼馴染は虜にしないようお願いしたい」
「大切な幼馴染、ですか?そのようなお方がこのファルコールに?」
敵を作ることを好みそうにないデズモンドからの棘のある物言いにジョイスは若干驚いた。
「知っているだろう、このファルコールの地でキャストール侯爵令嬢が療養していることは」
「存じ上げませんでした、キャストール侯爵令嬢が公子の大切な幼馴染だったとは。アルフレッド殿下の側近というお立場から、キャストール侯爵令嬢のことはご存知だとは思いましたが、そのくらいの関係だと理解しておりました。でなければ、ご令嬢がここにやってくる切っ掛けなどお作りには」
「彼女は大切な幼馴染だ。子爵が言うように我々が心を傷付けてしまった…。だからもうこれ以上彼女を」
「それでしたらご安心下さい。わたしはご令嬢を見舞うだけの間柄です。それにこのファルコールでは、ご令嬢よりもホテルを営むキャロルという女性とわたしは親しくしておりますから、公子の願いは不要です」
デズモンドの表情は相変わらずきらきらしい。けれど、そこには確かに毒があるようにジョイスには見えた。




