王都キャストール侯爵家14
侯爵が紳士クラブへ一芝居打ちに行った翌日の昼前からそれは始まった。
周囲にいた貴族達はキャストール侯爵令嬢が国境の町で話し相手を欲しがっていると理解したのだ。侯爵は『娘が幼い時によく面倒を見てくれたご令嬢』とは言ったが、話に続いていたように既に結婚しているならば簡単には家を空けられない。そこで、療養中の娘の面倒をよく看てくれる話し相手が欲しい可能性があると考えたのだった。
侯爵の言葉が周囲の貴族達に様々な想像を与えたのは言うまでもない。スカーレットは話をしたがる程回復している、或いは面倒見が必要な程伏せている。多くの情報を出さないことで、人はどこまでも想像を膨らませていくものだ。
そうして届いたのが、手紙と詫びの品だった。特にまだ貴族学院に在籍中の娘の親からのものは早かった。
「困ったものだ、これは名誉学院長への賄賂になりはしないだろうか?」
「旦那様、これらはスカーレットお嬢様への詫び状とその品です。過去への謝罪が今頃になっただけでしょう。どこの家も早急に意思を示したいということで、キャストール侯爵邸へ送ってきたものかと」
「ふん、しかしよくもまあ…」
「本当によくもまあこんなに釣れたものです。お見事でございます」
キャストール侯爵が本当に釣りあげたかった家は一つだけ。しかし餌の撒き方と共に撒いた人物が良かったのだろう、様々な家が引っ掛かった。
引っ掛かった家の者は、娘をスカーレットの話し相手にと切り出すことでキャストール侯爵、若しくはリプセット公爵に近付こうとした。必要としているものを、探す手間もなく差し出すことで名前を売ろうとしたのだ。しかもこの話は娘の将来にも繋がる。出来ればどの家よりも先に娘を話し相手にと打診したかったに違いない。
親としても少しの間王都を離れファルコールへ行かなくてはいけないが、それを差し引いてもスカーレットに満足してもらえれば得られるものがあるからと娘を説得し易いと考えただろう。事実、娘が見事に役割を果たせば、『王子の元婚約者にも認められる話術がある』や、『療養中のキャストール侯爵に寄り添う優しさがある』等の賞賛の言葉が待っているはずだ。更には、キャストール侯爵家の力を借り良い婚約者を見つけられる可能性もある。
だから、スカーレットと貴族学院で同じ時間を過ごしたことがある娘の家は特に急いだ。会話をするにも、共通の話題がある方が有利に働くと考え。そして、娘から隠されていた事実を知り落胆したのだ。決して、自分の娘が話し相手に選ばれることはないと。それどころか、謝罪をしなければならないくらいだった。
『でも、お父様、殿下や側近の方が』
『おまえは王族でも公爵家や侯爵家でもないだろう。対等にお話をすることも許されない相手になんてことを…。どうして今まで黙っていた』
キャストール侯爵家の一門で、スカーレットへの態度がなっていなかった者達はその親が自主的に再教育をしたと聞いている。しかし、こんなに時間が経ってからでは何をすべきか娘を持つ親たちは悩んだ。本当は深夜になろうと謝罪の手紙だけでも送りたい気持ちだった。今の情勢を鑑みれば尚更のこと。それにここまで育てた娘が醜悪な人物だと言われ結婚に影響が出てはいけない。
「仕事を増やしてしまうが、この詫び状を送ってきた家とスカーレットへの謝罪の気持ちの品の目録をしっかり作成しておいてくれ。特に品物の金額は調べておいて欲しい。それが娘の話を聞いた親の気まずさだろうから」
「畏まりました」
「社交シーズンの終わりを待つことなく、サブリナは釣りあげられそうだな」
「はい。お嬢様が気に掛けるのですから、何かあるのでしょう。出来るだけ早く濁った川から美しいところへ移した方がよろしいかと」
「さて、釣る予定のなかった魚はどう料理すべきか」
侯爵は『何処に居ようと情報を掴めば人は動かせる』というダニエルへの言葉を思い出した。スカーレットはそれを実践したのだ。国境の町ファルコールを選び、そこでホテルを運営することで。侯爵は自分の娘ながらなかなかやるなと思わざるを得なかった。
お読みいただいている皆様は、「侯爵、そんなことないよ~」と言いたいことでしょう。
長々と本筋から離れていて申し訳ございません。特にジョイスとデズモンドは?と思っている方、すみませんでした。
また、いつも誤字脱字、ありがとうございます。この制度、本当に感謝しております。




