王都オランデール伯爵家1
ジャスティンは予定より早めにオランデール伯爵邸へ戻ってきた。あれ以上、紳士クラブに居ても新たな情報を頭に留めるのは無理だと判断して。
そして邸に到着するや否や執事に先日到着したスカーレット・キャストールと封筒に記された手紙がまだ残っているのかと、父であるオランデール伯爵の予定を尋ねた。
「分かった、では手紙を持ってきてくれ。それと、少しの時間でいい、父上と話せるように調整して欲しい、出来れば夕食の前に」
伯爵家の執事だ、いくら差出人が不確定とはいえ気になる手紙は暫く捨てることはない。しかも、内容が内容なだけに。
手紙にはサブリナに会いたいのでオランデール伯爵家を訪ねたいが、クリスタルの生家なので難しいだろうと書いてあった。
『クリスタルの生家なので難しい』、それは何を意味しているのか。差出人が本当にスカーレット・キャストールだとしても、そうでなくても引っ掛かるフレーズだ。
クリスタルとスカーレットは貴族学院で同学年だった。これは揺るがない事実。貴族学院生、その親等知らない者はいないだろう。
キャストール侯爵家の封蠟はないが手紙が本当にスカーレットのものならば、貴族学院でクリスタルとの間に何かあったと考えるべき。しかも二人の在籍期間にはアルフレッドがトップにいたことで、ただでさえ貴族学院という閉鎖的な空間が独特な雰囲気を作りあげていたという。本来は若者達を導かなくてはならない当時の学院長ですら個人の思惑を優先した結果。
当時の学院長や教師は厳しい罰を言い渡された。今後同じようなことが貴族学院で起きることがないよう見せしめでもあるのだろうが。また、一人の子爵令嬢が修道院へ送られた。否、元子爵令嬢が。引き起こされたことの重大性に元子爵が爵位を返還するまでのことになってしまったのだ。
オランデール伯爵家に尽くす執事としては、この差出人が曖昧な手紙を当然のことながら伯爵へ報告した。その後伯爵は夫人、ジャスティン夫妻、クリスタルに夕食の席でスカーレット・キャストールと名乗る人物から手紙がやって来たことをさらっと話した。反応を確かめたかったのだろう。
『では、サブリナはキャストール侯爵令嬢が幼少の頃に顔を合わせたことがあるのだな』
『はい。まだスカーレット様がアルフレッド殿下の婚約者になる前が大半ですが』
『そうか。それで、クリスタルは学院で顔を合わせた程度か』
『はい、身分の高い方ですので』
その夜、執事は伯爵からクリスタルの学院での様子を第三者へ調べるよう命を受けた。サブリナと幼少期のスカーレットが何度も顔を合わせていたことは事実と判断したのだろう。後はクリスタルの言う『顔を合わせた程度』がどういうものなのか、調べなくてはならない。言葉というのは便利なものなのだから。
問題は第三者、誰から話を聞くべきか。スカーレットは侯爵令嬢でありながら、アルフレッドからの態度でかなり立場が悪かったようだ。トップのアルフレッドに阿るのは貴族家に生まれた者達にとっては当然のことだろうが、その中で公正な目を持つ第三者がいたのか執事は疑問を持った。
もしくはその公正な目を持ったものが、スカーレット・キャストールと名乗り手紙を送ってきたのだとすれば…。手紙は一種の告発状、もしくは脅迫状だ。この先同様に侯爵家の封蠟がないスカーレット・キャストールと名乗る人物から次の手紙が届いた時に備え、執事は最初のものを保管していたのだった。
だからジャスティンの要望、手紙の用意は直ぐに可能。そして、紳士クラブから戻ったジャスティンがそれを要求したということは何らかの情報を得たのだと執事は理解した。ただ、執事には幼い頃から知るジャスティンの表情で分かってしまった、それはあまり良くない情報なのだと。
クリスタルの言った『顔を合わせる程度』の裏がまだ取れていないことが、やけに心に引っ掛かると執事は思ったのだった。




