王宮では23
軽食と紅茶、それに少しばかりの菓子の用意が終わると、侍従は音もなく去っていった。扉が閉められる音は微かにした程度。背を扉側に向けているダニエルには、侍従が執務室内に控えているのかそれとも外なのか全く分からない状況だった。
「会議については大丈夫か?それならば時間短縮の為、食べながら話そう。振り返る必要はない、この部屋には俺とダニエルだけだ。先程、上手いことを言って俺の前から去らなかったのは、知りたかったんだろう、俺がどうして声を掛けたのか?」
「はい。殿下にとってのわたしの使い道は何かと思いまして」
「使い道か…。先に言っておこう、側近になるならば、使えない人間だと切り捨てられるようでは困る。あのジョイス達の後釜にすわるのだからな。否、おまえには傍にいてもらわなければならない」
「それはキャストール侯爵家が持つ力が故でしょうか。だとするならば、一年半経過したとしてもわたしには大した力など」
「下手な誘導などする必要はない。一年半後に侯爵の力が全てダニエルに移るなどということは、俺がよっぽどの馬鹿でない限り思わない。まあ、侯爵からはあのスカーレットを捨てた時点で馬鹿だと思われているだろうが」
「いえ、父が殿下に対しそのような考えを持つことはございません」
「まあ、いい。俺にとってダニエル、おまえの今の価値はスカーレットの弟ということだ。嘘偽りなく、その価値だけで側近にしたいと思った。きつい言い方をするなら、俺が見出せるダニエルの価値はそれしかない」
何故今更アルフレッドがスカーレットを気にするのか、それもファルコールという遠く離れた地にいるスカーレットを。
キャリントン侯爵はデズモンド・マーカムをファルコールへ送り、隣国ケレット辺境伯家は騎士を三名常駐させる。表向きは療養中のスカーレットだが、邸内で聞こえてきた…、厳密に言うならダニエルが盗み聞きした内容からはそんなことはない。しかし、王都でも不思議なことにスカーレットの話題が出るとすれば起き上がることも外出することも出来ないらしいというもの。夫人達の茶会でも上手く情報操作がなされているということだ。
「殿下、先に申し上げます。わたしもまだファルコールにいる姉へは手紙の一つも出せておりません。全ての接触が父から禁じられておりましたので」
「過去形ということは、侯爵から漸く許しが出たといったところか」
「いえ、完全には。条件が満たされなければ禁止のままです。ですから、姉の情報をわたしから得るのは難しいでしょう」
「ああ、そんなことじゃない。ダニエルの価値は。おまえもスカーレットに対し取り返しのつかないことをしてしまった者。後悔は時に謝罪という大きな力になる。ダニエル、おまえはどんなにスカーレットが離れた地にいようと、今なら役に立ちたい、少しでも過去を取り返したいと思っているのだろう?」
アルフレッドが利用したいのはダニエルの能力でもキャストール侯爵家の力でもない。罪悪感という、もうどうにも出来なくなってしまった感情を利用したいのだとダニエルは理解した。
側近になれば罪悪感を薄められる、その真の報酬を受け取りたくはないかと目の前の人物は仄めかしているのだ。




