王都キャストール侯爵家12
「度々で済まぬが、これをケビンへ届けて欲しい。こちらは順調だと言えば、今度こそおまえも温泉とやらに二日くらいは滞在させてもらえるだろう。否、今度は二日くらいスカーレット、デズモンド・マーカム、スコット医師の様子を見るという任務があると言えばいい」
「ありがとうございます」
最近の業務が専ら王都とファルコールの往復となっている遣いの者は侯爵へ深々と頭を下げると、受け取った手紙を懐にしまった。温泉滞在も嬉しいが、今度はケビンの愚痴を聞く必要がないというのが最高だと思いながら。
遣いの者が姿を消し少しすると、呼びつけていたダニエルが執務室にやって来た。
転び方を間違えたとはいえ、ダニエルはキャストール侯爵家を継ぐ者。同じような間違えを繰り返せば、多くの者の暮らしを迷わせることに繋がってしまう。
「来週は学業と並行して、二度程王宮で開かれる会議にわたしの名代として出席するように。午前のみの会議だから然程学業に支障はないだろう。否、それくらいこなせないようでは問題だな」
「はい。分かりました」
「名代ということで発言は求められない筈だ。かと言って、考え無しでそこにいればいいわけではない。先に言っておこう、議題の一つはわたしの進退だ。スカーレットが婚約者でなくなったこともあり、わたしは今の防衛に関する役職から退こうと思う。万が一防衛に絡んで何かあれば、真っ先に疑われるだけだからな」
「はい」
「後はこの侯爵位だ。予定よりも早くおまえに渡すつもりだから励むように。スカーレットがおまえに残した課題は進んでいるのか?」
「恐らく」
「そこは自信を持ってもらいたいものだ。多くの情報を張り巡らせて、会議に参加してみろ。面白いこと、おかしなこと、時には矛盾点も見えてくる。そして他の参加者達が腹の中でそれを聞いてどう思っているか考えながら様子を観察することだ」
どこぞの子爵令嬢の悲しげな表情で事を見誤るなど今後のダニエルにあってはならないこと。荒療治ではあるが、貴族院の会議に参加することで本物の腹の探り合いを体感させようと侯爵は考えたのだ。
「それとダニエル、この家から女性が一人も居なくなった。今後はおまえが定期的に茶会、否、親睦会を開くように。趣旨、それに見合う参加者選び、席次、全ておまえが取り仕切ること。世の令嬢方には、おまえがそのような会を催せば婚約者探しをしていると思われるだろう。無闇に距離を詰めてくるような令嬢には裏があることは、もう言わなくても分かるな」
「…はい」
「スカーレットは茶会毎の予算や参加者名簿を残している。参考にするなら用意してもらうのもいいだろう。ただ、真似はするな。おまえとスカーレットでは立場が違うのだから。ダニエル、おまえはキャストール侯爵家の当主になるということを肝に銘じておくがよい」
侯爵はダニエルへ差し出すべき手はこれで合っているのかと心の中で亡き妻に問いながら、次の言葉を発した。
「納得の行く働きが出来た時は、スカーレットに報告の手紙を送るといいだろう。この邸を立つ時のスカーレットの様子を思い出すに、あんなことがあってもおまえのことは気にしているようだった。見送りもしない薄情な弟のことをな」
「…はい、姉上へ連絡することへの許可を与えて下さり、ありがとうございます」




