王都とある紳士クラブ1
手紙を送った相手、リプセット公爵は遣いの者に返信を持たせる程一芝居打つことに協力的だった。自らの予定を上手く利用し、芝居を打つ日時と場所の候補が二つ挙げてあったことからもそれは窺い知れた。
そしてキャストール侯爵は少しでも早い方が良いということで、先に記された日時と場所を選んだのだった。
「これは珍しい。侯爵が紳士クラブに来るとは」
「今日は多少気分が良いもので」
こうして二人の演技は無理なく始まったのだった。周囲の者達も、片やいつまでそのポジションにいられるか陰で賭けの対象となっている王子の側近の親、片や王子に婚約破棄を突き付けられた元婚約者の親ということで当然のことながら会話には聞き耳を立てている。何か面白いことが起きるのならば、その様子を逸早く見たいと思っているのだ。
公爵と侯爵、立場は公爵の方が上だが、王子の側近として何もしていないスカーレットを傷付けたジョイスの親と、心の病で療養中のスカーレットの親と考えるとその立場は微妙なものになってくる。
そんな二人がこうして紳士クラブでばったりかち合ったのだ、周囲の者達が静かに様子を窺うのは当たり前だろう。
しかしこれこそがリプセット公爵の策略。どうせ一芝居打ち、噂を広めたいのなら子供の為に自分達を使うことなど何ということもない。紳士クラブで多くの者の目に留まり、話の内容が夫人に伝えられれば、お茶会等で簡単に広がっていく。しかも、噂話がこそこそと広がるのではなく、夫が見聞きした事実が次から次へと伝わっていくのだ。
二人は予定通り何故キャストール侯爵の気分が今日は良いのか話し始めた。話の中心は勿論療養中のスカーレット。今までは伏せたままただ毎日を過ごしていたスカーレットが、ファルコールの国境検問所に赴任してきたマーカム子爵の訪問を受けるようになり起き上がったというものだ。
「しかしマーカム子爵の訪問では侯爵も気が気ではないだろう」
「娘には数人の護衛と侍女が付いているから問題はない。キャストール侯爵家の護衛の力は公爵もご存知だろう」
「それもそうだが、相手はあのマーカム子爵だ」
「報告によると子爵は花を片手にスカーレットの話し相手になってくれているだけらしい。仕事の後にたった数分だけ。申し訳ないので、騎士宿舎の空き部屋を提供することにしたさ。変な噂が立つのも困るから、今後は毎日ではなく週に一度くらいにして欲しいとも」
「子爵の話が刺激となりまたスカーレット嬢が王都に戻ってくれるといいのだが…」
「こればかりは本人次第でしょう。ただ子爵の訪問はスカーレットにとって本当に良いものになったようで、他にも懐かしい人物と話をしたいと申したようです」
「ほお、懐かしい人物」
「はい」
「立たせたままで済まない、カードでも楽しみながら話をしようではないか侯爵」
「畏まりました」
こうして二人はデズモンド・マーカムが話をするだけの為にスカーレットを訪問しているという印象付けを紳士クラブでし続けた。
「どうだ、クライド、俺の演技は?約束の報酬は貰えると思うが」
誰も聞いていないところでリプセット公爵が小さな声で言った。
「ああ、悔しいが報酬は払う。助かったよ」
この日のリプセット公爵への報酬は、金でも情報でもない。それはジョイスをキャストール侯爵家の私兵として雇い入れるというものだった。
確かにこの日二人が撒いた話は『デズモンド・マーカムはスカーレットのところへ話をしに来ているだけ』だ。けれど、本当にそれだけで済むかはこの先分からない。リプセット公爵はこの日の報酬に、デズモンド・マーカムが近づき過ぎないようにする為にもジョイスを私兵として雇い入れて欲しいという先日の親としての頼みを再度持ち出したのだ。
パウンドケーキで恋心を薫に擽られたジョイスは、更にリプセット公爵にデズモンド・マーカムと対峙するよう手を回されていたのだった。




