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百の中の五十でも二分の一。二つの内の一つでも二分の一。同じ五十パーセントでも意味合いは大きく異なる。薫が覚悟を決めた先にあるのはたった一つで百パーセントにも、そのままの五十パーセントでもいられるファクター。
だから身構えた、スコットがこれから何を話すのか。
しかし、またもやその気構えは不要だった。スコットの話によると『転機』は、護衛が怪我をしたことだったのだ。
「僕が護衛達を軽んじていたから、あんなことになったんだ。お陰で一人は剣を二度と持つことが出来なくなった。それでも彼は努力して引き摺ってはいるけれど、歩けるようになったよ。そして我が家で庭師をしている」
「だからスコットはケレット辺境伯で騎士達の怪我の治療を中心に活動をしていたのね。それに温泉に興味を持ったのも、体を癒す効果があるからでしょう。ご家族と言わず、是非その方もここに招待して欲しいわ」
薫は念を押すように話しながら、夢への仮説裏付けが百パーセントにならなかったことを心の中で喜んだ。
「ありがとう、キャロル。でも医者になろうと思ったのはそれだけじゃないんだ。僕には体の弱い妹がいてね、それで」
「えっ、…妹、妹がいるの?」
「ああ、実はキャロルとそう歳が違わない妹がいるんだ。妹には専属医師が付いているんだけど、僕はこともあろうか彼に悪態ばかりついていた。妹を直せない藪医者だと。おまえみたいなヤツが医者になれたんだから、僕ならもっと簡単に医者、それも名医になれるって啖呵まで切っていたよ。浅はかだったんだ」
公爵家に妹。こんなにも簡単に夢の情報との照らし合わせが終わってしまうとは。そうではないかと思っていたことだが、夢はスカーレットが創造主のシナリオ通りに動いていたらやってきたであろう未来なんだろう。
でも何の為に。もう起こり得ない未来を見る必要性がどうしてあるのか。前回、今回、どちらの夢も楽しいものではなかった、というより見たくない不幸ばかり。
目の前のスコットは、護衛に取り返しのつかない怪我をさせてしまったことを転機に医者への道を歩み始めた。どういう原理で薫がこの夢を見るのかは分からないままだが、これは一種の転機のようなものではないのだろうか。転機というよりは、警告。スカーレットに関わる人物達が簡単に不幸に落ちてしまうという。
未来は変わった。けれど、それが良い未来へ変わっているとは断言出来ない。夢は薫に不断の努力が必要だと伝えているように思える。
この世界にやって来てしまった薫に、今迄の経験を利用し少しでも誰かの不幸を減らすようにと。
デズモンドに暗い顔をさせないよう、ジョイスに酷く辛そうな表情という涙をながさせないよう。
だから薫は簡単なことからとスコットに妹をファルコールへ招待してはどうかと伝えたのだった。温泉に新鮮な空気はきっと体に良い作用をもたらすだろうと。
「しかし…」
「年齢が近いなら、病気のスカーレットの話し相手として招待すればいいわ。今、この国は隣国と仲良くする姿勢を見せる努力をしなくてはいけない時だから、ちょうどいいわ」
「実は、妹は、その、医師のことが…」
「一緒に招待すればいいのね。その方にも温泉の効果を研究してもらいましょうよ。ずっと診続けている患者さんがいるのなら、ありとなしの違いも分かり易いんじゃないかしら?」
「君という人は、ありがとう、キャロル」
薫は夢の中の情報を検証しようとスコットの話を促したり、時には固唾を飲んだりした。しかし、それがスコットにはスカーレットが感情豊かに自分の話を親身に聞いてくれているように見えていた。仕事で培った相手の話を聞く姿勢が知らず知らずのうちに出て、スコットの話への絶妙な合いの手になっていたのだ。
極め付けは、アラフォー薫の体が弱いというスコットの妹へのお節介。夢の中のように、スコットの妹が寝たきりにならないよう少しでも健康になってもらいたいという思いからだったのだが、その申し出にスコットは甚く感動してしまった。
その感動は簡単に恋心へ繋がると、この時のスコットは気付かなかったが。
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