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デズモンドと昼食を取った日の夕方、図ったかのようにケレット辺境伯の騎士三人とスコットがファルコールの館に到着した。通信手段が手紙やハト等の鳥くらいしかないというのに。
ホテルにはゲストが滞在中。それなのに沢山食べそうな成人男性が四人も夕食前にやってきてしまうとは。今更ホテルの夕食メニューを変更するのも手間だし、四人にも満足行くものを食べさせなくてはならない。特に三人の騎士は体を作るのも仕事の内だ。
「ナーサ、四人にはジャガイモとベーコンのグラタンにスープ、後はパンとキノコペーストでどう?」
「最高だと思います!」
どうして最高なのかは分からないが、ナーサが最高だと言っているのだ、最高なんだろう。兎に角薫はそう思うことにして、ハーヴァンに大量にジャガイモを持ってきてもらったのだった。因みにジャガイモをサラダに使う時は皮をむくのだが、薫はそれ以外では皮をむかない。勿論、芽は毒なのできちんと取るが。
皮をむかない分、グラタンはホワイトソースさえ作ってしまえば後はほとんど手間いらず。食べる人には手が込んでいるように見えて実にありがたい一品だ。
「キャロル、何か手伝うことある?」
「大丈夫よ、スコットさん。気持ちだけいただくわ」
「いや、これからずっとお世話になるんだから働くよ」
「ふふ、お世話になるのはわたしの方よ。今日は移動してきたんだもの、ゆっくりして」
「ところで、こちらは?」
「今だけ色々手伝ってもらっているハーヴァンよ。後できちんと紹介するわね」
「ハーヴァン、後で他の方もちゃんと紹介するけれど、こちらはスコットさん。残り数日だけれど、あなたもスコットさんに怪我の痕を診てもらうといいわ。見習いのお医者様なの」
「そうでしたか」
「キャロル、カトラリーだけでも並べておくよ。ハーヴァン、もしよければどう並べるといいか教えてくれる?」
「…はい」
「ハーヴァン、それが終わったらサラミをとってきてもらえる?」
「どれくらい?」
「そうね…、沢山?」
「くくっ、それじゃあ量の指定になってないよ」
「いいのよ、あなたが思う沢山を持ってきて」
ハーヴァンは従者として優秀だからかどうか分からないが、食材を運ぶようお願いすると何となく丁度良い量を持ってくる。それぞれを観察して、どれくらい食べるか帳簿に付けているのか聞きたくなる程。しかし今晩から加わる四人のデータはまだ持ち合わせていないだろうから、薫は漠然と沢山とお願いしたのだった。
「何故、君がここに?」
「色々事情がありまして、キャロル、いいえ、スカーレット様に助けていただきました」
「しかし君の主人はキャロルを王都から追いやることに加担したリプセット公爵家の」
「それでもあの方は助けて下さったのです。あなた様もここには医師見習いのスコットという名でいらしている以上、どうかわたしのことは初めて紹介された体を装って下さい。実際、あなた様がわたしを覚えているとは思いませんでした、スコルアンテ様」
「先程の話だと怪我をしたということだな。キャロルの要望通り後で診察するから、その時にゆっくり話を聞かせてもらおう」
「畏まりました。ところで、あなた様を含め、サラミはどれくらい食べますか?」
夕食の席に盛り付けられたサラミは過不足なくそれぞれの胃に収まっていった。薫の大雑把な沢山というリクエストにハーヴァンが持ってきた量は正しく適量。
ハーヴァンには食料調達の特別スキルがあると薫はその夜見做したのだった。




