王宮では20
今回の政略結婚を取りまとめなくてはならないアルフレッドにはテレンスの手紙の内容確認など序の口。通過する国への書簡と手土産の最終確認など、マリア・アマーリエの住む国とは関係のないところへまで気を回さなくてはならない。
内容はそれぞれの外務官や事務官が行うにしても、最後は責任を負うべきアルフレッドのサインが必要になる。
こんな時に傍にスカーレットがいてくれたら、どれだけ心強かっただろうとアルフレッドは思わずにはいられなかった。そして、これからアルフレッドは何度後悔するのだろうかとも。
スカーレットならば王家としてマリア・アマーリエへ何を贈れば良いとアルフレッドにアドバイスしてくれたのだろうか。アルフレッドの記憶にあるスカーレットからの贈り物はいつも欲しいものばかりだった。時には箱に入れられた昆虫に侍従が苦い顔をしたことも良い思い出だ。
後日、昆虫のことをダニエルに尋ねると『あれは僕と姉様と数名の庭師で探して捕まえたものです。殿下にお渡しするまで姉様が野菜や果物を箱に入れて世話をしました』と教えてくれた。
アルフレッドを喜ばせようとスカーレットは昆虫に怯えることなく頑張ったのだ。その後の世話を他人任せにすることなく。
いつだって、その時々でアルフレッドが話すことから興味を感じ取り欲しいものを贈ってくれたスカーレット。
(まさか…)
再びあの日のスカーレットの『婚姻とは別の方法を取ることをお考え下さい』という言葉がアルフレッドの耳に届いた気がした。
シシリアは度々アルフレッドにスカーレットから作法を磨くよう嫌味を言われたと訴えていた。あの頃はその言葉だけで、シシリアを見下して馬鹿にしている傲慢な女だと勝手に見做していたが、本当にそうだったのだろうか。
貴族家の娘ならば、作法は美しいに越したことはない。考えように寄ってはアドバイスだったとも捉えられる。
スカーレットとしては善意であったとしてもシシリアへ何か言えば、当時の風潮では嫌味ややっかみを言ったとか酷い時には当たり散らしたと誹謗中傷されるだけ。分かりきった結果が待っているのだから、親切心を出すことなく放っておくのが一番楽だ。でも、スカーレットは周囲の反応を知りながらもシシリアに作法のことだけはアドバイスし続けた。それは何の為に。
簡単なことだ、スカーレットはいつもその時にアルフレッドが一番欲しているものを贈ろうとしていた。
『婚姻とは別の方法を取ることをお考え下さい』、あれはスカーレットが何とか出来る最大限を示していたに違いない。
あの言葉を発した時のスカーレットは後にアルフレッドが婚約を破棄するなどと夢にも思っていなかったはず。政治により伴侶を決められているアルフレッドにせめて愛するシシリアを傍に置けるようにと先を見ていたのだ。
結婚する前からシシリアを愛妾ですとは王宮入りさせるわけにはいかない。だから、子爵家の娘が取れる方法、侍女見習いとしてスカーレットは共に王宮入りするつもりだったのだろう。スカーレットの侍女見習いならばアルフレッドに近くても不思議はない。
そうやってスカーレットはアルフレッドが一番欲しかったシシリアを贈ろうとした。関係を持つと分かっているシシリアを自らの侍女見習いとして連れていくという屈辱的方法で。
だからスカーレットは作法に関してだけはシシリアへのアドバイスを止めなかった、否、止められなかったのだ。この王宮で王子妃教育を受け続けたスカーレットならばどこが作法の最低ラインかなど言わずもがな。仮令周囲に何と言われようと、合格ラインに到達させなければならなかったのだろう。シシリアを悪目立ちさせない為に。
『良かった、アルフ様が喜んでくれて』
アルフレッドが贈り物を受け取るといつも嬉しそうにしていたスカーレット。それはまるで贈り主であるスカーレットが贈り物を受け取ったかのような笑顔だった。
(スカーレット、君は、シシリアを贈った時には何と言うつもりだったんだ…)
 




