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「とても良いお散歩が出来たわ。ランチボックスもすごく美味しかった」
「それは良かったです。ランチボックスは新鮮な空気というスパイスのお陰で美味しくなるんですよ」
「まあ。本当に美味しかったのよ、だから、新鮮な空気でより一層美味しくなったんだわ。あの子も…」
ハーヴァンはしっかりとゲストを楽しませることが出来たようだった。馬での散歩から戻ってきた前リッジウェイ子爵夫妻の様子を見れば一目瞭然だ。
ただ、楽しんだと報告してくれた夫人の言いかけた言葉が薫は気になってしまった。『あの子』までは聞き取れた言葉。夫人がそう呼ぶのは誰だろうか。何となく、薫にはそれがサブリナに思えた。
母親である夫人が楽しんだ後に、『あの子』であろう娘のサブリナにも同じ思いをさせてあげたいと思っても不思議はない。それを楽しかったと報告してくれたトーンのまま話してくれていたのなら、薫もさして気にはならなかった。でも、夫人には見逃せない一瞬の表情の陰りがあったのだ。それはサブリナの今が夫人には幸せに見えていないということ。
「とてもリラックス出来るハーブティがあるんですけど、少し喉を潤しませんか?」
「ここは本当に至れり尽くせりなのね。あなたもご一緒しましょう?」
「すまん。実はこの後、ハーヴァンに馬の手入れを見せてもらう約束をしてしまって」
「もう、あなたったら、ハーヴァンだって少しは休憩が必要よ」
「では、先ずはお茶をしてから、旦那様はハーヴァンと、夫人はわたしとの時間を楽しみましょう」
サブリナのことを少しでも知りたい薫には前子爵は少し邪魔な存在だったので、有難く引き続きハーヴァンに働いて貰うことにしたのだった。
「主人は本当に馬が好きで。まさかここにクロンデール子爵家のハーヴァン様がいるとは思わなかったわ」
「諸事情がありまして。ですが、そろそろリプセット公爵家へお返ししなければいけないと…」
「いいわ。帰路ではハーヴァン様に我が家の馬の調子を看てもらいながら帰ることにしましょう。序にリプセット公爵家の前を通ればいいのかしら?」
「ありがとうございます。確かサブリナお姉様が嫁いだ伯爵家はリプセット公爵家と領地の作物に関してお付き合いがあるお家でしたよね」
「ええ、流石ね。貴族同士の繋がりを、様々な要素から理解しているなんて、やはり…」
「夫人、わたしはただのキャロルです。でも、わたしのもう一つの側面が知りたがっているんです、サブリナお姉様が楽しい毎日を過ごしていらっしゃるか」
「やっぱりバレてしまったかしら」
「何となく。夫人が楽しいと思った後にサブリナお姉様を思い浮かべているようで」
「サブリナはオランデール伯爵家でとてもかわいがってもらっているのよ。それは嘘偽りないわ。でも、嫁いで六年、まだ子供が出来ないの。そのことがあの子の心を…」
そういうことかと、薫は理解した。なかなか子供が出来ないことでサブリナは肩身の狭い思いをしているのだろう。それにオランデール伯爵家といえば、スカーレットの記憶にしっかり残っているあの令嬢、クリスタルの家でもある。
貴族学院時代、クリスタルはジョイスにご執心だった。そのジョイスがスカーレットへ酷い物言いをするので、クリスタルもまた、あることないことをスカーレットにぶつけたご令嬢の一人だ。
嫌な予感がする。スカーレットと付き合いのあったサブリナへ、クリスタルのあの性格ならば子供が出来ないことを理由に何か言っていてもおかしくない。それも、サブリナの心を傷付けるような。
自分で自分の首を絞めているのは承知しているのですが、本当に登場人物が多い…。
ホテルを運営しているので仕方がないのですが…、それにそろそろ皆さんがかち合う
予定なので。名前間違えをしないよう気を付けます。




