王都リプセット公爵家6
新たな役割を掴む為には、今背負っているものをきれいに降ろさなくてはいけない。雑に降ろせば、新たな役割は掴めなくなる。
ジョイスは様々な内容が纏められた走り書きに再び目を通した。更に、隙間に新たな文字を書き足す。ありとあらゆることを想定した上で、パートリッジ公爵と向き合う為に。
出来れば次の訪問を最後にする為にも、準備をし過ぎるということはないだろう。
それにしても、前回と今回では意気込みが違い過ぎてジョイス自身滑稽でならなかった。決して前回は手を抜いたわけではない。けれど、今回は馬ではないがその先にぶら下げられたニンジンに向かって全力を出している。自分でも驚くほどに。
どちらかと言うと、今迄ジョイスは与えられた道を歩んできた。努力をせずとも、ジョイスに見合った道が当たり前のように目の前に伸びてきたからだ。三男ではあるが、公爵家で受けてきた教育で十分に同世代の他者よりも先に美しい景色を見ることが出来る道が。
だから、公爵家を出る身として幼い頃から騎士になろうと努力はしていたが、心のどこかでその道も最終的には都合よく与えて貰えると思っていたのだ。
しかし、ある日突然分岐点が現れ、そこから違う道が伸びた。ジョイスは迷うことなく、新たな道を選んだ。
決め手となったのは父の一言。それは『いざという時に剣を同世代では誰よりも上手く握れるジョイスは殿下の側近に向いている。他のこともおまえなら難なくこなせるだろう』というもの。
ジョイスにはその言葉が、父がアルフレッドの側近という道を用意したと言っているように聞こえたのだ。
その理解は正しかったようで、ジョイスは側近に難なく選ばれた。ところが、側近に決まってから数年後、何かの折に父から内定の事実など無かったと教えられた。それはそれで驚いたものの、結果的に出来レースだと思っていたことがジョイスを冷静にさせてくれたし、余裕を持たせてくれたことは事実。結局は公爵家という恩恵を常にジョイスは受けているようなものだった。
だが、今、ジョイスが心から欲しいと思っている役割は多くの努力をしなければ手に入らない。次のパートリッジ公爵訪問で確かな道筋をつけなければ、欲しい役割への道がどんどん長くなり遠のいてしまう。
あの頃のように、スカーレットに辿り着く道を父が諦めろということはない。
アルフレッドが言った、スカーレットには手が伸ばせないのに常に傍にある道を進めることを喜べということもない。
ジョイスは本気で全力を出して欲しいものを手に入れにいけばいいのだ。ただ、気がかりなこともある。アルフレッドがどうしてテレンスを婿候補に選んだのか。選ばれなかったことは、ジョイスにとっては僥倖。けれど、アルフレッドも予想はしているはず、何の役割も持たなくなったジョイスがスカーレットに近付こうとすることは。
そこまでを読んで、アルフレッドにジョイスが泳がされているとすれば、辿り着いた先に何があるのだろうか。




