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デズモンドは目の前のスカーレットが本当に十八で、少し前にアルフレッドから婚約破棄されたばかりの令嬢なのか目を疑いたくなった。
自らが受けた仕打ちさえ利用して作られたシナリオを、何でもないかのように話すスカーレット。驚くことにそのシナリオはデズモンドの複雑な心境を理解しているかのようだった。
「それだと、君には何の得もないと思うけど。だって王都で浮名を流しているデズモンド・マーカムの毒牙に掛かるチョロい令嬢だって広めるようなものだし」
「いいじゃない、スカーレットはその程度だって広まれば。子爵と楽しい時間を過ごしていたいから王都に戻ってこない、って思われればいいと思うわ」
「ああ、そういうことね。君は徹底しているんだね、それが君にとっての得に繋がるわけだ」
「思った通り。あなたは人の顔色を窺うことに長けているのね。二度と王都に戻らないスカーレットだもの、どんな噂が広がろうと構わない。でもね、あなたも王都へは戻らない」
「戻れない、じゃなくて?」
「だって、戻りたいとは思っていないでしょう?」
「それはどうして?」
「うーん、あなたは都合が良過ぎるもの。これを機に、その役を降りたいと考えても不思議はない」
デズモンドに見えているのは十八歳のスカーレット。まさか前世で会社と酷い男に利用され続け、四十を機に今度こそきれいさっぱりそれらを清算しようと思っていた薫だとは知る由もない。
だから、年下のスカーレットがどうして『都合が良過ぎる』などという表現を使うのか、それこそ不思議でならなかった。
「でもね、直ぐに役は降りないで。キャリントン侯爵へは、スカーレットは引き続き外に出られないくらい心を病んでいると定期的に報告書を送って欲しいの。あなたにはスカーレットの好きな花が何か教えるから、その報告書には訪問時に何の花を贈っているかも書き添えて。信憑性が多少は増すでしょう」
「君はなかなかの策略家なんだね」
「ありがとう。誉め言葉よね?」
「勿論、美しく聡明なお方」
「ねえ、良ければ本当のあなたの話し方にしてくれない。違うか、少しずつでいいから、本当のあなたを取り戻して」
「へえ、スカーレットには俺がどう見えているの、さっき本当の俺の姿が見えているようなことを言っていたよね?」
「ええ。でも、確証はない。だから、このファルコールで本当のあなたを取り戻す手伝いをするわ」
「手伝い?」
「そう。報告書を作成する為に必要だったスカーレットの監視に割く時間を有効に使うお手伝い」
「それも君の得になるわけだ」
「話が早くて助かるわ。それに、あなたがここに長く滞在して、スカーレットのお見舞いを続けていたら、『心の病のお嬢様と献身的な子爵』なんてお話や噂が出回るかも」
「それは面白い。俺は王都では下半身が自由過ぎる男だと言われているから」
「ふふ、あなたここでの滞在、大丈夫なの?」
「大丈夫。本当の俺を取り戻せば」
「取引、成立かしら?」
「ああ」
「じゃあ、もっと詳しい内容を話すわ、デズ」




