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同行した騎士に従者のリアムを呼びに行かせたデズモンドは、まさかの訪問者がまさかの人物を従えて自らやって来たことに、相手の出方を見ながら対策を練ろうと考えた。
いくらキャロルと名乗り、ここ数日で良く見かけたファルコールの女性が好む格好をしていても中身の人物の気品が違い過ぎるのだ、侯爵令嬢と呼びかけたくなってしまう。
しかも、今日はこの執務室で片付けて欲しい仕事があると押し込められ検問所の実際の現場へ行くこともままならなかった。今日という日をターゲットにしたことを、どうやら目の前の『キャロル』に図られたようだ。
いきなりの訪問にデズモンドとしても、軽いお礼として外での食事を誘おうとしたのに昼食も持参したという。日だけではなく、時間も決めていたのだろう。持参していなければ、ファルコールの目抜き通りを腰でも引き寄せながら人目の多い食堂へ連れて行けたものを。お互いの容姿を少し利用するだけで、様々な噂がこのファルコールに吹き荒れただろうに残念なことだ。
流石はいずれ王妃となるべく狡猾老獪な教育係達に育てられたご令嬢だとここは褒めておくべきなのだろう。しかし、まだ十八。実践での経験が無さすぎる、特に男女の色恋には。
デズモンドは心の中でほくそ笑んだ、目の前の無垢で高貴なご令嬢が経験のない男女の色恋に怯えるのか興味を示すのか。どちらにしろ、デズモンドが目指す終点は変わらない。辿り着くまでの道のり等どうでもいいこと。後は、短すぎることがないよう上手くコトを運べばいい。
けれど何故リプセット公爵家に仕えるハーヴァン・クロンデールがここにいるのかは気になるところだ。こんな重要なことをキャリントン侯爵が伝え忘れるはずがない。しかも既に中に入りこんでいるとは。
リプセット公爵家の三男ジョイスもテレンス同様アルフレッドの側近だ。公爵家もまた独自にキャストール侯爵令嬢を国内に縛り付けておく方法を取ったということだろうか。『あれ』で。若しくは、『あれ』が侯爵令嬢の好みなのだろうか。だとすれば、デズモンドは些か不利な気もする。
まあ、そんなことはどうでもいい。最終的にデズモンドがこのゲームの勝者になればいいことだ。
騎士達の詰め所へ出向いた時には、何をどう言っても挨拶の許可が下りなかった侯爵令嬢。短時間でも扉越しでも構わないと伝えたというのに。そこまで守られているのか、実はファルコールにもいないのか。どうであれ、何らかの情報を得ようと次の手を考えていたところに本人のご登場だ。しかも、どう見ても心の病になどなっていない。
ワンサイドゲームの様相かと思えば、なかなか楽しませてもらえそうだとデズモンドは思った。そして、その時、もう一人のゲーム参加者かもしれないハーヴァンが戻ってきた。
「マーカム子爵、お口に合うといいのですが」
合わないなんてことはないだろうとデズモンドは思った。同じ茶葉でもリアムが淹れる茶よりも数段香りがいいのだから。しかも美しい所作で差し出されたティーカップは本来の価値よりも高く見える。
「キャロルの好きな熱さだと思うよ」
「ありがとう、ハーヴァン。ねえ、ケビン、大きなバスケットはあなた達の分なの。小さい方だけここへ持ってきて。あなた達は違う部屋でそれを食べながら待っていてちょうだい。多めにあると思うから、リアムさんもどうぞ」
大きなバスケットはその為かとデズモンドは理解した。従えてやって来た二人だけではなく、デズモンドの従者も遠ざける役割を担っていたのだ。
三人が楽しく談笑しながら、バスケットに手を伸ばし昼食を取ることはない。ただ、別室にいることを見張り合うだけだ。リアムとてハーヴァンがキャロルと呼んだ女性が誰だか分かっている。その女性からの行為を無下に断るわけにはいかないだろう。
ここまでは、及第点以上。しかし、それで本当に良かったのかとデズモンドは聞きたかった。それではこの執務室に二人きりになってしまうというのに。




