王都キャリントン侯爵家9
扉を開けた先にいた父の表情はいつもと変わらないものだった。
喜ばれたところで、テレンスもどう反応すればいいのか戸惑っただろう。だから、これはこれでありがたかった。
「父上、本日アルフレッド殿下より婿の話をいただきました」
「そうか。それで、テレンス、おまえはどう答えた」
「ありがたくお受けさせていただくことを伝えました」
「本当にそれでいいのか?引き受けたくないならば、手立てはある。付き合いのない国の、最も力を持たない第三側妃が産んだ姫だぞ?選ばれた先も簡単な道ではない」
「はい、承知しております。付き合いがない国だからこその政略結婚であることも。これは政略結婚を軽んじた行為に走ったわたし達が、反省しその重要性を学び直す為に与えられた機会なのでしょう」
「尤もらしいことを言っているが、それでは駄目だ。おまえが反省し学び直す為の時間は疾うに過ぎている。今回のことは反省を生かし前に進む為のものだ。殿下同様、おまえにも失敗は許されないことは分かっているだろう」
「はい」
「だから聞いたのだ。失敗が出来ないことを引き受ける覚悟がおまえにあるのかと」
身分を失うどころか、王族の配偶者になれる機会。しかし、失敗すればテレンスは今以上に多くのものを失う。父の言葉はそれを意味している。
物事には様々な側面がある。テレンスが見る側面と、父が見る側面は違う。そして、父の真意が何かもだ。
テレンスを心配してくれているのか、これ以上キャリントン侯爵家の名を落とすことへの危惧なのか。
「成功させます」
「そうか。名前を出すのは癪に障るが、貴族学院に入る前までのキャストール侯爵令嬢の姿を思い出せ。殿下とどう向き合っていたか。王族とどう関係を築こうとしていたのか参考になる部分があるはずだ。しかし、参考にするだけだぞ。最後はテレンス、おまえが自分で考え答えを出さなければならない。何より、おまえが選ぶ立場ではない、選んでもらえなければ何も始まらないどころか、おまえの貴族生命が終わる」
テレンスは父の最後の一言の意味を理解した。失敗した段階で、もう戻って来るなということだと。
「承知しております。必ず帰ってくるためにも選ばれる男になります」
「分かった。では、おまえが旅立った後はめでたい報告の手紙を待つだけだな」
「はい」
テレンスは父の執務室を後にすると、部屋に戻り少ない情報が書かれたアルフレッドからの資料に目を通した。
顔を見たこともなければ、声を聞いたこともない相手。どうやって恋情を持てばいいのだろうか。しかしそれは相手も同じこと。末姫ことマリア・アマーリエは候補として名乗りをあげる者達からの手紙を先ずは受け取るだけだ。文字に恋するなんてことはない。重要なのは中身。
そこでテレンスは思い出したのだった、昔スカーレットに言われたことを。




