67
そろそろ午前が終わるという頃だった、デズモンド・マーカムが私兵の詰め所に現れたのは。その知らせは当然、薫の元にも届けられる。
「ねぇ、こっそり覗きに行かない?折角来てくれたのだもの、姿を見に行きましょうよ」
スカーレット情報にあった『誰もが心を奪われる美男子』が折角そこまで来てくれているのだ、見に行かない手はないと薫は思った。
薫がスカーレットから譲り受けた記憶には様々なものがある。けれど、デズモンド・マーカムの様に普段交流が無かった人物は文字情報だけだ。これが、何らかの繋がりや交流があればまるで写真のような人物像と文字情報が出てくるのだが。
今は自分の姿だから言葉にするのは非常に恥ずかしいが、スカーレットの顔は絶世の美少女。そのスカーレットに美男子と評される顔を薫が見てみたいと思うのは仕方がない。
「でも、ケビン達に見つかったら…」
「その時はその時。ね、行きましょう、ナーサ」
ワクワク感が顔に浮かぶ薫に、ナーサは『主の意向をしっかり認識したら?』というハーヴァンの言葉を思い出した。マーカム子爵の傍に行くことをよしとしないのはケビンやノーマン。しかしナーサが仕えるのはマーカム子爵の到着に何故か心を弾ませているスカーレット。
「分かりました。行きましょう」
「そう来なくっちゃ」
「じゃあ、上手く行くように音のしない室内履きも持っていきましょう」
「いいわね、ナーサ、助かるわ」
二人はまるで諜報員になったみたいとはしゃぎながら詰め所へ向かったのだった。
因みにその姿はしっかりハーヴァンに見られていた。どこの世界にはしゃぐ諜報員がいるのかと思われながら。しかし二人を見掛けたハーヴァンが行く手を阻まなかったのには理由がある。スカーレットがそうすることは既に織り込み済みだったのだ。
「ナーサ、主人の意向を捉えるならここは音のしない室内履きじゃない。覗きやすくて、相手からは見られない部屋へターゲットを通すことだよ」
ハーヴァンは小さな声でそう呟きながら二人の姿を見守った。
二人は詰め所に到着すると、私兵にデズモンド・マーカムが通された部屋を尋ねた。この時点で既に諜報員という設定には無理があるが、引き続きドキドキ感は継続中。折角なので持参した室内履きに交換して、目的の部屋へ向かった。それも到着前から音を立てないように。
(ねぇ、ナーサ、これだけ色んな人に見られたらケビンにバレるわね)
(ケビンは仕方ないとしても、マーカム子爵に見られなければいいんですよ)
(それもそうね。でも、あの部屋にマーカム子爵がいるということは、わたし達の行動は読まれていたみたい)
(…はい)
おあつらえ向きの覗き易そうな部屋。私兵の詰め所なので、連行した人物の顔を確認するのにも使われる部屋なのだろう。
だから薫はしっかりとデズモンド・マーカムの顔を確認することが出来た。そして、思った。関西の人が使う『これ絶対アカンやつやん!』ではないかと。さもなければ『やべえやつが来た』だろうと。




