第1話
世間では夏休みがスタートし、学生共が浮かれる昼下がり。
誕生日だというのに、薄暗い自室で録りためた深夜アニメ耐久マラソンは50時間に手が届く頃。ウトウトしているオレの前に、珍妙なカッコの幼女が立っていた。
「そこのお前、ここは異世界じゃろうか?」
「どっちかって言うと、君のほうが異世界臭強いかなぁ」
アニメ脳に加え、半ば夢の中のオレは、観ていた作品もあいまってこの異様な現象にも取り乱すことなく応対していた。
「あ~。これが『ランナーズハイ』ってやつかぁ」
「精気の無い眼でポケーと寝転がっているようにしか見えんが?」
「いやいや脳内の俺50時間走りっぱなしだから。ちなみにCMは飛ばさないぜ?」
「お前のマイルールなどに興味はない。それより、お前から見て余はどう見えるのじゃ? 見覚えはないかの?」
眠気と戦いながら、俺との年の差は倍以上ありそうな見知らぬ幼女に目を凝らす。
「潰れたコロネを頭に付けたスク水幼女? まぁ目新しさのないありがちなキャラかなぁ。そしてこれが俺へのご褒美ならば社会的死と隣り合わせな諸刃の幼女」
「おまっ、超有名な魔王を前にそんな暴言を……いや、余を知らぬということは転移魔法は成功したようじゃな!」
ふふんと無い胸をはる幼女。
いわゆる『明晰夢』ってやつだろうか? リアルなら色んな意味で一発アウトだ。
せっかくの誕生日だし、せめて夢の中くらい夢見たっていいだろう。
「もしかして俺、ついに選ばれちゃった? OK、OK。で、俺は勇者としてどんな世界を救えばいいんだ」
まぁ、導入ヒロインも見た目はアレだが夢ならアリだろう。
「ほう。噛み合わないながらも即時に状況を理解しているとはな。さすがはアクセシアンと言うべきか」
あくせあしあん? 俺の事だろうか。
先ほどまでのナンチャッテ魔王の雰囲気は無く、およそ幼女とは思えぬ禍々しい深紅の瞳で俺を射抜く。
「では死ね」
小さな身体を斜めに構え、左手を突き出し柔らかそうな五指を大きく開いた瞬間、閃光が安アパートの一室を包み、彼女から放たれた光球の衝撃が俺を襲った。
「なん……じゃと!」
俺はなすすべもなく怯えて両手で『ヤメヤメ』と手を振っていたが、それが結果的に良かったのか、偶然にも光球を名ゴールキーパーのごとくキャッチしていた。
「さすが夢だ、なんともないぜ!」
捕らえていた光球は俺の体に吸収されるように消えていく。
蓋を開けてみれば、見た目の派手さに比べ、名ゼリフを言えるほどあっけない攻撃だったのだ。まぁ夢だし当然か。
「クッ、やっかいじゃのぅ。こんな奴がウジャウジャいると言うのか、この世界は……」
「で、お嬢ちゃんはなんで俺のところへ? 明晰夢が覚めないうちに早く」
「夢ではない。アクセシアンは無理のある痛い現実逃避をする性質があると聞くが、本当なのじゃな」
「だって夢だと思わないと即通報案件ですもの」
「一応、現実だと気づいてはおるのか。安心せよ、こちらの世界の事情は調査済みじゃ。こう見えても余はお前より年上じゃ」
合法ロリだと?
「キョロキョロするでない。『ドッキリ』とかいうものでもないからの」
「そうは言っても俺は30歳童貞で独身、無職でニートの五冠だぞ? そんなダメ人間の部屋にファンタジーベースのスク水を着た君のような幼女が居ると誰かに知られたらと思うとめちゃ恐ろしい」
「ひとつ足りなくはないか?」
「足りないって、何が」
「第六冠じゃ。『オタク』とかいうやつなのじゃろ?」
「俺のダメプロフィールを第六感みたいに……」
フィギュアやらマンガやらアニメDVDが散乱した部屋を見渡せば一目瞭然だが。
「幸か不幸か、余はいきなり強敵の前へ出てしまったわけか」
「強敵?」
「そうじゃ。情報では勇者の全てが『オタク』『ニート』『無職』『童貞』などの称号を持つと聞いている」
「ヤな情報だな! 俺、世界を狙える要素フルコンプしちゃってんじゃねーか!」
「だから強敵と言っておるじゃろ」
「いえいえ。私ごときダメ人間など幼女様の足元にも及びませんのでお帰りくださいませ」
あやしげな敬語とともに深々とお辞儀をし、丁寧にお引取り願った。
「ふむ。勝てる自信がないわけではないが、余の全力攻撃を平然と受け止める実力……確かにお前とやりあうのは得策ではなさそうじゃ」
さっきの光球が全力なら本当にたいした事はない。
「ご理解いただけてなにより。お出口はあちらで……」
いや、まてまて。こんな真昼間にスク水幼女が俺の部屋から出てきたとなったら!
「ウェィッ、ウェィト、魔王さま!」
「なんじゃ。帰れと言ったり待てと言ったり。もとより帰る気などもうとう無いがな」
なんでもない夏の昼下がり。俺の懸念とは関係なく安アパートの一室で世界を救う攻防の幕があけようとしていた。
次回更新は6/12前後の予定です。