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「奇跡の始まりはいつも」~聖夜の奇跡に舞ったモノ・アナザー~

作者: モコ

こんにちは。

今回は結城奏視点で彼が悠と陽と出会った時の話を書きました。

ある事情から音楽に飢えたしまった奏が二人と出会ったことで居場所を作る。

ただ単にそんなお話ですが、どうぞお楽しみください。

プロローグ

僕は二十歳になって初めて迎えたクリスマス・イヴ、喫茶店で泣いている男の子を見つけた。

僕はアイドルをしているという立場があるにも関わらず、彼を放っておくことができずに声をかけた。

だって彼は今日サプライズライブをした僕の母校、坂ノ上高校の制服を着ていたから。

その上ふと顔を見たら、ライブ中に目が合った瞬間から下を向いて顔を上げてくれなかった男の子だった。

ライブの楽しさが伝わらなかった?いや、きっとあのときの僕と同じで彼は感情を表に出せなくなっていたのかもしれない。

僕と同じようにもし何かに苦しんでいるのであれば助けてあげたい。

そう思ったから声をかけたんだ。


これは僕がDreamsのメンバーと出会った頃から僕が二十歳になって初めて迎える春までのお話。


1、二人との出会い〜五年前~

僕、結城 かなでは高校一年生の二学期になったというのに友達一人いない孤独な学校生活を送っていた。

冬休み前の終業式、あることがきっかけで大好きだった音楽から距離を置いていた僕は坂ノ上高校恒例のクリスマスライブが引き金となって音楽をしたい気持ちが溢れて僕は独り、最寄り駅の隣駅の人気ひとけのない公園の展望台で歌っていた。友達がいない寂しさ、音楽ができない苦しさ。そんなものをぶつけて思うがままに歌っていた。

それに気づき、声をかけてくれたのは紛れもなく、いま一緒にDreamsとして活動しているはるかひなただった。


あのクリスマス・イヴの日、僕は両親にクリスマスケーキを頼まれていた。予約をしていなかったため、学校帰りにどんなものでもいいからクリスマスケーキを買ってきてくれというおつかいだった。

その事をすっかり忘れて、クリスマスライブを見て溢れてしまった気持ちを歌にぶつけていた。

歌い終えた時にふとそのことを思い出した僕はふぅ…と息を吐き、仕方なくその場を後にした。


時計に目を移すともう4時を回っていたので少し急ぎ気味にケーキ屋を探して歩いていると大きなクリスマスツリーが目立つこじんまりとしたケーキ屋があった。表の黒板に“クリスマスケーキあります!”とあったため僕は洋菓子屋『LaLaLa』という店に入ることにした。

扉を開けるとカランとカウベルが鳴る。

「いらっしゃいませ」

扉の正面に可愛いケーキが並んだショーケースが僕の目に飛び込んできた。

上の段はクリスマスケーキが並んでとても素敵だ。

店内にはクッキーなどの焼き菓子も並んでおりとてもいい香りがする。

外観で想像したより広く、小さいステージや喫茶スペースが設けられており、一組のカップルがケーキを食べていた。


僕が両親の喜びそうな丸いクリスマスケーキを眺めているとお客さんが来たのだろうか、またカランとカウベルが鳴る。

僕が気にせずにどのケーキを買うか考えていていたその時だ。

「あれ?さっき展望台で歌ってた子じゃない?」

「あ、ほんとだ」

男子二人組が明らかに僕のことを言っているのが分かった。

怖かった。もしかしたらあの時みたいにまた気取ってるとか思われてしまったのかと。

だから聞こえていないふりをしてケーキを選んでいた。と言ってもその会話のせいで全然身を入れて探せてない。動悸を落ち着かせるためここから出て違う店を探そう。そう思ったときだった。


「ねぇ、君。歌上手いね」

僕は肩をトンと叩かれてビクッとした。

振り返ると僕より少し年上の感じの男が二人立っていた。

「えっと………」

僕は戸惑って言葉を探すが出てこない。

「ごめんね、急に話しかけて」

ふんわりしたオーラで優しそうなちょっとパーマがかかった髪の背の高い男性が少し困った顔で謝る。

「なんで謝るんだよ、いいだろ」

ズバズバ物を言う男性は顔立ちが綺麗で男前だが少しうるさい。

「困ってるじゃないか、陽は威圧感があるから急に話しかけるの禁止!」

「えー、だってコイツ絶対逸材だから今のうちに囲いこんだほうが……」

「囲い込むとか言うんじゃない、物騒に聞こえる」

「悠はほんとあまちゃんだよな」

「あまちゃんって…」

優しそうな男性ですらちょっと顔が引きつっている。

「あの!喧嘩は…やめてください…………」

僕は耐えきれずに言葉を発した。

「ほら見てごらん。怒られたじゃないか」

「ごめん、悠」

うるさい男性も少し反省したようだ。

「ごめんね、うるさくしちゃって。俺は、三好悠。18歳なんだけどアルバイト生活しててさ、収入はほとんどないけど音楽活動もしてるんだ」

「で、俺は音無陽。高校三年生だぜ。通信制の学校だけど」

「っていきなり自己紹介されてもって感じだよね。ごめんね」

「いえ…」

僕は戸惑いながらも相手を傷つけないよう控えめに対応する。すると悠が僕の想像の斜め上をいくようなことを言い出す。

「あのね、君がさっき展望台で歌ってるのを少し離れたところから見てたんだ。すごく綺麗で優しいんだけどとても響く歌声、俺の聞いたことのない素敵なメロディ、そして何かを抱えてる繊細な心が見えるような歌詞。陽も俺もその歌声に聞き入ってしまった。話しかけようと思って展望台に行ったら君の姿はもうなくて諦めようと帰ろう思ったんだけど、歩いてたらちょうどここに入る君が見えたんだ」

「…」

僕はまさか自分の歌声を聞かれているとは夢にも思っていなかった。なんだか恥ずかしくって言葉が出てこない。

「実はここ俺の家なんだ。まぁ両親がやってる店なんだけどね」

「え…」

僕は驚いた。まさか僕の歌声を聞いたと言うこの男性の家に入ってしまったなんて。

「だからって…なんで僕なんかに声をかけるんですか?」

僕はそのまま思ったことを口に出していた。

「それはね、君をスカウトしようと思って。俺たちと音楽しないか?」


2、心を閉したまま

いきなりそう言われても、と正直思った。

でも、僕は音楽が大好きだけど音楽に飢えていた。だから単純に悠が「俺たちと音楽をしないか?」と言ってくれたのが嬉しくてしばらく思考回路がそこで止まっていた。

「おーい、無視かよ。俺たちそんなに怖いか?」

陽はぶっきらぼうだが、優しく問いかける。

「あの……もう一回言ってもらえませんか?」

僕は陽の言葉が届く直後に悠に向かってなぜか話しかけていた。しかもとてつもなく恥ずかしいことを。

「俺たちと音楽しないか?」

悠は何かを察したかのように一瞬微笑んで僕に向き直って真剣な表情でさっきと同じ言葉を口にした。

僕はどうしても歌いたかった。曲が作りたかった。音楽がしたかった。

だから僕の選ぶ答えは…。

「はい」

僕は少しだけ微笑んだ。


引き寄せられたかのように僕らは出会ってこのクリスマス・イヴをきっかけ三人で集まるようになった。

僕にも居場所ができた。それだけで僕は少し救われたような気がした。学校では浮いていたとしてもここに来れば二人が待っていてくれる。そう思うだけで心強かった。

でも、僕の歌が悠たちの心に響いたというだけでなぜ?と思っていた。そのときは聞かなかったが、悠が後で言っていた。歌が素敵だったのは確かだけどなんとなく君が寂しそうに見えたって。歌詞にもその寂しさが感じ取れて心がチクっと痛かったと。

そんな寂しさが滲み出た僕を悠は放っておくことができなかったそうだ。

陽もいつもうるさいのに、あの時僕を助けたいと思ってくれていたと照れながら話してくれてすごく嬉しかった。

でも僕のことを二人はよく知らない。あの時までは…。



三人で集まるようになって2週間が過ぎた。

僕たちはこの2週間、一緒に曲を作ったり歌ったりした。時には音楽について語り合ったりも。でも僕がなぜあの展望台へと行ったのかを知られたくないし、悠と陽も踏み込んで理由を聞いてくることはなかったからそのことを含め、自分のことをあえて話さないようにしていた。だって友達がいない自分を二人には知られたくないと思ったんだ。

そんなことをいつも考えているせいか音楽をしていて楽しいはずなのに、居場所ができて嬉しいはずなのに、うまく笑えてない自分がいるのがちょっとずつ、つらくなっていった。

一緒にいても心を開けずにつらさはどんどん増幅していった。


僕は元々人付き合いが苦手でなかなか中学のときもクラスに…というか学校に馴染めずに毎日を孤独に過ごしていた。

小学校からの友達がいなかったわけでも、話しかけられたことがなかったわけでもない。

しかし、中学に入学して間もない頃僕に話しかけてくれた子に憧れのシンガーソングライターのHIKARUさんのようになりたくて密かに独学ではあるが作詞作曲をしていることを夢中で語ってしまったことがあった。

するとなぜかその次の日から僕は距離を置かれるようになった。

クラスにいた意地悪な男の子が「アイツ変わってるし、自分のことしか話さないし、調子に乗ってるからアイツと喋らないほうがいいぜ」と言ったことで皆はその意地悪な子を怖がり僕に話しかけなくなったのだ。仲良しだったわけではないが、小学校の時普通に話していた子も僕に話しかけてくれなくなった。

その頃から僕は独りぼっちとなった。

それを両親に知られたら心配はかけてしまう。だから友達が一人もいないことを言えず、今日楽しかったことの作り話を毎日のようにした。

運悪く、僕はクラス替えもあったにも関わらず、たまたまその意地悪でクラスでもリーダー的な立場にいるその子と三年間同じクラスになってしまって友達ができないまま中学三年間を過ごした。


でも高校こそは両親に心から楽しいと言いたいと思っていた。それなのに僕は失敗した。



3、僕の過去

坂ノ上高校に入学して三ヶ月経った頃だった。クラスに喋る友達がいたあの時までは独りぼっちではなかった。しかし、とある音楽の時間、歌のテストの時から僕は独りぼっちになってしまった。

僕は歌うことが大好きで子どもの頃からずっと歌が上手いねといつも褒められていた。

友達がいなかった中学時代はなんとなく目立ちたくなくて音楽の時間も人に隠れて気持ちよく歌を歌うことができていなかった。

だから、高校になって心機一転。音楽の授業で僕の思うがまま歌うんだ。そう思って臨んだ歌のテスト。

五限目、先生の待つ音楽室の準備室横にある小さめの防音室。僕の学校では男女別々で出席番号順の五人ずつが一緒に歌うという実技テストが行われる。

課題曲は『翼をください』だった。

僕は出席番号の近いその頃いつも一緒に行動していた森村龍哉と同じグループになり、安心した。

ところが、テストが始まり五人一斉に歌っているといつも優しい矢野百合香先生はなぜか僕の方を目を丸くして見ていた。そして森村くんを含む僕以外の四人の視線もなぜか僕に集まっていた。

そして課題である一番の歌詞まで歌い終えた時だった。

「ごめんなさい。結城くんの歌声があまりに綺麗だったから聞き入ってしまったわ。申し訳ないけれど結城くん以外の四人でもう一度歌ってもらえないかしら」

先生は悪気なく四人で歌うよう言った。四人は「えー」と言いながらも僕が退室したあと懸命に歌っていた。

そしていち早く音楽室に戻ってきた僕にクラスメイトは頭にクエスチョンマークを浮かべているようだった。

「なんで早く出てきたんだよ、森村たちまだ歌ってるぞ」

気になったのかお調子者の中野浩幸が尋ねてきた。

「いや、ちょっとね」

僕は何となく言いづらく言葉を濁す。

「ふーん」

中野くんは気にしつつも自分の席へ戻っていった。

そして歌い終えた四人と矢野先生が音楽室に帰ってきてそのまま授業は終わった。

僕は教科書と筆記用具を持ち、森村くんと教室に帰ろうと彼を探す。

しかし森村くんの座っていた席にはもう彼の姿はない。いつもは待っててくれるのだけれど。

仕方なく一人で教室に戻り、教室の扉に手をかけようとした時だ。

「アイツがカッコつけて歌うせいで二回歌わされたんだよなぁ~」

「だからか、結城だけ早く戻ってきたのか」

「ちょっと歌が上手いからって調子に乗ってるよな」

それは僕に対する悪口だった。仲が良かったはずの森村くんが“アイツのせいで”と言っている。

ショックだった。僕が気持ちよく歌を歌うことをよく思わない人がいる事実が。

先生は褒めてくれたけど今まで褒められていた歌声を突如として否定された。

でもだからと言ってまさか森村くんと話せなくなるなんて夢にも思っていなかった。


やはり教室から自分の悪口が聞こえてすぐに教室に入るのはなんとなくできなくて僕はしばらくお手洗いで時間を潰し、六限のチャイムがなる直前に教室に入った。

するとクラスメイトの冷たい視線が僕に突き刺さってきた。僕が入ってきた瞬間時間が止まったかのように静かになった教室にかつての中学時代の孤独を思い出した。

なんだかすごく居心地が悪い。孤独が僕の心を埋め尽くす。

六限目は授業に身が入らないまま、あっという間に時間が過ぎていつの間にか帰りのホームルームも終わってしまった。

この疎外感はきっと気のせいた。そう思い、僕は森村くんと帰ろうと教室の外で待っていた。

その時だった。森村くんは教室を出たと思うと僕の方を見向きもせず中野くんと楽しそうに話しながら下駄箱の方へ消えていった。

教室の外で立ち尽くす僕を皆は無視して教室を出ていく。

心臓の鼓動が激しい。中学時代の辛い記憶が頭をよぎる。頭が痛い。

僕は急に苦しくなってその場にしゃがみこんだ。

教室の扉の前でしゃがみこんでいるというのにクラスメイトは誰も声をかけてくれなかった。

僕は一年五組で教室が一番端に配置されているため廊下に人気がいなくなっても僕は誰にも気づかれることなく時間が過ぎた。

人の声が聞こえなくなり静かになって僕は顔をあげた。

悲しくて涙が出てきた。

大好きな歌を歌うことによって僕は孤独になった。

それがつらくてたまらなかった。

つらいけど、苦しいけど両親に心配をかけたくない。

だからフラフラする足を踏みしめて必死に帰路についた。

そして帰宅してから両親にそれを気づかれないように気丈に振る舞った。


部屋に戻ると僕はまた泣いていた。

僕が歌うとみんなが嫌がる。

例え先生から褒められても僕が歌うことで友達だった人が離れていった。

その事実一つで僕は音楽が怖くなった。

でも思い切り歌いたい。

そんな複雑な感情が僕の心をループしていた。


翌日、学校に行っても事態が好転することはなく他人と話せなくなっていた。

暴力という行為はないものの、空気と同じであるのにそこにないような扱いをされるようになってしまった。

そして僕は毎日この苦しみを必死に耐えた。

あの二人に出会う前までの僕はすごくネガティブでこの時は何もかもがどうでよくなりつつあった。感情も表に出せぬほど疲弊していたのだ。

そんな状態のまま夏休みを迎え、秋の文化祭、体育祭も楽しいと思えないままどんどん過ぎていった。

その間僕はずっと詩を書き続けた。歌うことはあの時から怖くでできないから作曲からもしばらく手を引いていたが、僕のペンはどんどん言葉を綴り続けていた。

でも僕は歌が…歌うことがどうしようもなく大好きだから歌えないのがつらくてたまらなかった。


時間は過ぎ、2学期までもが終わろうとしていた。季節が移り変わって行く中で僕は一人取り残されているような気すらした。

そんな中迎えた2学期の終業式の日。つまり、坂ノ上高校恒例のクリスマスライブの帰りに悠と陽に出会う日が訪れたのだ。

長かった校長の話が終わり、うちの学校恒例のクリスマスライブが始まった。

好きなことができない苦しみから心をなくしかけていた僕だが、吹奏楽や地元で活躍するバンドの演奏を聞いて心が揺さぶられた。

僕も歌いたい。音楽がやりたい。曲が作りたい。

気持ちが溢れて僕はいても立ってもいられずに、終業式が終わると家の隣駅まで電車に乗り、駅から少し歩いたところに人気のない公園の小さな展望台へと足を運んだ。

そこで僕は思うままに歌った。

僕の歌いたい気持ちを歌詞にのせて…思いつくがまま即興で歌った。

気持ちいい。歌うのは楽しい。

でも…この歌声は人の前では晒せない。

気取ってる、調子に乗ってる。もうそんなこと言われたくない。

学校ではもう楽しそうに歌わない。

僕はそう決めた。

だから僕はここで楽しさも苦しさも全部吐き出すかのように歌うんだ…。

ここに来たときだけでもいいから思い切り歌いたい。

そんなことを心で決めてここから立ち去った後寄ったケーキ屋で悠と陽に出会うんだ。

でも僕はそんなに簡単に心を開けずに過去を抱えたまま、楽しくないことはないけれどなんとなくつらい思いをしながら二人と過ごして冬休みを終えた。


4、衝突

今日から3学期が始まる。

冬休みは悠と陽と大好きな音楽が出来ていたのは楽しいと思えたけれどうまく笑うことができずに過ごしていた自分がいるのが心苦しくて、そして二人に申し訳なくて今はなぜか呪縛から解放されたような感覚になっていた。

でも学校が始まると思うと急に足が重くなって通学路がとても長いもののように感じた。着かなければいいのにと思えるぐらいに。

ようやく着いた校門をくぐり抜けるとすぐに僕は教室に向かった。思ったより時間がかかってしまって遅刻寸前だった。

まぁ、始業式など恒例の校長の長い話があるくらいでほとんど意味はないからいいけれど。


席に着いてもいつもと変わらず僕は独り。

そうだ、ここには音楽のことを話せる相手がいないんだ。

悠や陽から解放されたとか思ったくせに音楽のことを話せないのが苦痛だなんて僕はなんてわがままなんだろう。

それならば二人に心を開いて接したほうがきっと楽になれるんだろう。でも怖かった。

何かを抱えているのは察しているだろうけれど、まさか友達がいないだなんて、他人が聞いたらそんなことと思われるようなことでウジウジ悩んでいるなんてあの二人にさえも言えるわけがない。それに言いたくない。

二人は僕から見たら仲の良い友達同士。そんな中に僕が踏み込む余地など本当はないんだろう。それなのに寂しそうだからってだけで一緒に音楽をしても本当にいいのだろうか。

そんな罪悪感すら湧いてきてしまった。

それがつらい。

僕なんか…消えてしまえば悠も陽も苦しまない。

出会うべきじゃなかったんだ。


僕は気が付くと動悸に襲われていた。呼吸も少し苦しい。

誰にも苦しいのを気づかれないままホームルームも終わり、教室には僕一人取り残されていた。

「うぅ……」

僕は息苦しさを感じながらも教室を出た。

真っ直ぐに帰路に着き、電車に乗る。

どんどん家に近づいていく。最寄り駅の手前の駅まで来た。

ここは悠の家のケーキ屋のある駅だ。でも降りない。

悠と陽と過ごして分かった。音楽しても笑えなくなった僕なんかがもう会うべきじゃない。最初は嬉しくて喜んだが、冷静になるべきだった。

“扉が閉まります”

車掌のアナウンスと共に電車の扉が閉まった。

そして電車は前進する。


次は最寄り駅。もう帰ろう。

そう思って降りた最寄り駅の改札を出て出口へ向かってるときだった。

「なんで降りなかった?」

知ってる声がした。

振り返ると悠が立っていた。

「悠さん…なんで…」

僕はなぜここに悠がいるのか分からず混乱していた。

「昨日、奏が帰るとき明日もおいでって言ったよね」

「はい…」

「さっきたまたま奏と同じ車両に乗ったんだ」

「え…」

「なんだか2週間前に初めて展望台で奏を見た時みたいにひどく寂しげに遠くを見ているように見えたけどきっとケーキ屋に来てくれる、そう思ってたのに奏は降りなかった。昨日、『はい、帰りに寄りますね』って言ってくれたのにどうして通り過ぎちゃったの?だから奏を追いかけてここに来たんだよ」

「え…」

確かにそう言った。でも、つらくて悠たちにはもう会えない。余計につらくなるだろうから。でも僕は正直にこの気持ちを言えない。

「ねぇ、どうして?」

いつも優しい悠さんが少しだけど怒っているように見えた。

「用事ができたから…」

消えそうな声で僕は答える。

「嘘、だよね。何か俺たちに隠してるでしょ。…顔を見れば分かるよ」

「…会ってまだ2週間なのになんでそんなことわかるんですか!ほっといてください!!あんたに…何が分かるっていうんですか!」

気が付くと僕は肩を揺らしながら大きな声で悠に答えてしまっていた。

そして僕の目からは涙が溢れていた。

「つらそうなのに深く聞けなかった俺も悪かったけど、寄り添おうとしても『大丈夫』としか言わないじゃないか!なんで何も言ってくれない…言ってくれなきゃ俺も陽も分かんないだろ!」

悠は正面から僕の両肩に手を乗せる。

悠の顔を見ると悠は目に涙を浮かべていた。

「ごめん…」

目が合った瞬間悠はため息をつき、僕の肩から手を外して後ろを向いた。

「今日はもう帰りなよ」

悠はそう言い残して去ろうとした。聞いたことのないような冷たい声だった。

「待っ……はぁ……はぁ…」

その瞬間僕はなんだか怖くなって「待って」と言いたかったのに過呼吸のような状態になりうまく言葉が出ない。

苦しい……

急に足の力が抜けて僕はその場で崩れ落ちた。

「奏?!」

悠の声がする。肩から優しく悠の体温が伝わる。

そして僕の意識は遠のいていった。


5、本当の自分

誰かの背中だ。

おぶられているのか。

朦朧としている意識の中で感じる温かい熱。

車の扉が開いた音がする。

そして声が聞こえる。

「洋菓子屋『LaLaLa』までお願いします」

悠の声…?

すごく慌てている様に聞こえる。

すると僕は背中からそっと降ろされて車の中に押し込まれた。

タクシーだろうか。

扉が閉まる。

乗り込んだ悠は肩に僕の頭をそっと倒す。

「お友達大丈夫なのかい?」

「はい、多分大丈夫です…」

悠がタクシーの運転手と会話してるようだ。

悠はいつもと違って冷静じゃない。呼吸が不安定に聞こえる。

僕はそっと目を開く。

「悠…さん?」

僕の声に悠は目を潤ませる。

「…良かった……気がついたんだね…はぁ……」

悠は優しい声で答える。

「あれ?目から汗が…あはははは…」

悠は少し安心したのか目から涙がこぼれ落ちたと同時に冗談を言い出す。

心配してくれたんだ…それがなんだか嬉しかった。

「ふふ」

僕はまだ少し苦しさが残っているため力なく微笑む。

そしてなんだかすごく眠くなっていつの間にか眠りに落ちてしまった。


「奏…?起きて」

悠さんの声で目が覚めた。

「ここは…どこですか」

僕は寝ぼけていた。

「ケーキ屋だよ、ごめんね。奏の家分からないからここで休んでもらおうと思って…」

「そう…ですか」

僕はどんな顔をしていいか分からず無表情に答える。

「さぁ、降りよう」

悠が僕を先導してタクシーから降りる。

僕はそれに着いていく。

まだ足元がふらつく。

「大丈夫?」

透かさず悠は僕を支える。

「ありがとうございます。…もう大丈夫です。帰ります…」

僕は優しくしてくれる悠から遠ざかろうとする。

「ダメだ。そんなフラフラしてる仲間を一人で帰すわけにいかないだろ」

仲間…。その言葉が僕の胸に突き刺さる。

悠は優しい。優しすぎてたまに怖いくらい。

そんな悠に僕はさっきひどいことを言った。そして悠は僕に対して怒りを表した。

優しいから放っておけないだけかもしれない。でも、僕のことを『仲間』と言ってくれた。嬉しくてたまらない。それなのに…

「仲間?笑わせないでください。本当はただ弱そうな僕を放っておけなかっただけなんでしょう?仲間だなんて思ってないんじゃないですか?」

僕は背中を向けたまま思ってもないことを答えていた。またひどいことを言ってしまった。

「確かに奏はちょっとのことですぐに消えてしまいそうだから放っておけないという部分もある。それは否定しない。それでも…会ってまだ2週間だけど俺は奏は仲間だと思ってる。この言葉に嘘はない」

背中を向けているので表情は見えないが、出会ったときと同じ真剣な声が聞こえて思わず振り返る。

その言葉が本当かどうか確かめたくて反抗してしまったのかとその時気づいた。

いつの間にか僕は目に涙を溜めていた。

嬉しかったんだ。純粋に悠が僕を仲間だと言ったことが。この言葉に嘘はないと言ってくれたことが。

もしこれが心からの言葉じゃ無くてもその言葉だけで救われたような気がした。

少しなら自分のことを話してみてもいいかもしれない。

この人なら…この人たちならもしかしたら受け入れてくれるかもしれない。そう信じたい。

「…たぶんこんなことでウジウジする馬鹿な奴って思われることを話します。もし、そんな僕とはうまくやっていけないと思うならば遠慮なく僕とは縁を切ってください」

僕は涙を拭い、真剣な表情で悠に言葉を放つ。

「分かった…でも大丈夫だよ。俺はどんな君でも受け入れる覚悟はできてるから」

悠は優しく微笑む。

「それじゃあ行こうか」

悠はまだ足元のおぼつかない僕をエスコートしてケーキ屋の中へと案内した。


「遅かったな、悠。って奏どうしたんだよ!顔色悪っ」

陽はケーキ屋2階の悠の部屋で僕達を迎え入れる。

「ちょっとね」

悠は困った顔で笑う。

「そっか」

陽は悠の顔を見てため息をついた。

「ほら、奏」

悠が僕の背中をポンと優しく押す。

「あの……二人に聞いてほしいことが…あるんです」


僕はテーブルを挟んで二人の前に座った。

なんだか二人の顔を見るのが怖くて下を向いた。

でも、もう逃げられない。決めたんだ。

どんな結末が待っていようと僕は覚悟を決めた。

だからゆっくり語り始めた。

僕は中学の頃のこと、高校で歌のテストがきっかけで一人になったことを話した。話していると苦しくて涙も出てきた。

「そんなことがあったのか…つらかったよな…」

陽はいつもズバズバ喋るが今は僕のつらさを自分の事のように感じているかのように泣きそうな声をしていた。

「だ…から…二人に『一緒に音楽をしよう』って言わ

れて本当に……嬉しかった………それなのに僕は2週間ずっと一緒にいてくれた二人から…っ……離れようとした……」

悠と陽は僕の両脇に来てくれて呼吸が乱れてきた僕の背中を擦る。

涙が止まらない。息も苦しい。

「……そんなに慌てて話さなくてもいい。待ってるから一旦落ち着こう。…つらかったら一回横になる?」

悠は優しく、心配そうに声をかけてくれた。なぜかそれが余計につらかった。二人から逃げようとした僕にすら優しくしてくれるのが申し訳なかった。

「…はぁ……はぁ……」

僕は気づくと何も言えないほど息が不安定になっていた。

「…陽。ちょっと奏の様子やばそうだから少し頼む…」

「悠…お前大丈夫か?」

「…」

悠は陽の問いかけに返事をせずに僕のことを任せて部屋から出ていった。

陽は悠の背中を心配そうに見送ると僕をすぐ後ろにあるソファーに寝かせた。

「すみません……っ…」

「ちょっと休んでてな、悠の様子見てくるから」

さすがに心配だったのだろう。僕の様子がさっきより少し安定してきたのを確認し僕に毛布をかけると陽は部屋をあとにした。

僕が心配かけたせいで…僕が何も言わずに逃げようとしたせいで悠を傷つけたのかもしれない。そういう思考が頭の中を埋め尽くす。

でも横になったせいか少しだけ苦しさは軽減した。


陽は悠を追いかけた。陽は悠がどこに分かっていた。悠の寝室だ。悠の家は割と広く、寝室と作業部屋と2つ自分の部屋を持っていた。

すぐに陽は寝室をノックする。

返事はない。

「入るぞ」

一言呟いて陽は寝室の扉を開けた。

そこには寝室のベッドの横で肩を震わせうずくまる悠がいた。

「大丈夫か?…悠?」

「…ごめん。ちょっと奏見てたら俺までつらくなってきてさ…ゴホッ……」

悠は手で口を覆い、涙目になっていた。

「ほんと…不器用すぎんだよ悠は。他人のつらさを全部が全部自分のことみたいに受け止めてると身が持たないぞ?あん時みたいになったら正直まじで怖いからさ…少し肩の力抜けよ?気張りすぎは駄目だぞ。奏にこんな姿見せたら余計にアイツ苦しむだろうからここに来たんだとは思うけど…」

「うん…ごめんね。さすがにあの時みたいにはならないように気をつけるよ。なんだかんだ陽も心配性だね」

悠は少しリラックスできたようだが、力なく笑う。

「はぁ?!そんなことねぇよ!……ってかもう本当…にお前ってやつは…」

「ありがとう、陽。引き戻してくれて…」

「いいんだよ、これが俺の役割だ。その代わり俺がつらいときは悠が引き戻してくれよ?」

「そうだね。ふぅ…少し落ち着いたし戻ろう」

「あぁ、でもさ。なんで俺達から離れようとしたんだろうな…」

「うん…それをちゃんと聞かなくちゃね」


しばらくすると二人は揃って僕の待つ悠の部屋に戻ってきた。

「大丈夫か?」

陽は僕の様子をうかがう。

「はい……」

僕はばつが悪く、目をそらしながら答える。

「話してごらん」

悠はさっき出ていったときより目が赤くなっていたが、さっきよりしっかりした声で話しかける。

覚悟を決めて僕はゆっくり語り始めた。

「二人と音楽をできたのは正直嬉しくてたまらなかった。でも僕は悠さんにも陽さんにも心を開けずにいた。だって…どう見ても二人の信頼関係は強くて僕の入る余地なんてないって思った…。それに本当の自分を曝け出したら二人が僕の前から消えてしまう気がして…そう考えてるうちに一緒にいても…大好きな音楽をしてても心から楽しめなくて…そんな自分がいることに気づいて、苦しくなった…だから出会う前と同じ、僕のいない日常に戻ればいいんだって…そう思って…もうケーキ屋には行かないってそう決めたんです…」

「そっか…ごめんね。奏が倒れたからって無理やりここに連れてきてしまって…。でも、後悔はしてない。どうしても奏と音楽がしたいんだ。それにもう奏と出会う前のようには戻れない。もう手遅れだよ、出会ってしまったんだから。そしてもっと知りたいと思った。君自身を。音楽をしていないときの君のことも全部知りたい。つらかった過去も含めて」

悠の言葉が嬉しくて…僕の目からひとすじの涙が流れた。

「こんな友達もいない…なんの取り柄もない僕でもいいんですか…」

「当たり前だろ!出会ったばかりだけど奏と話すの楽しかったぜ」

陽は眩しい笑顔で答える。

「そうだよ。それにもう俺らは友達だからね。もう俺たちから離れる必要はない。もう一人じゃない」

悠は優しく微笑む。


“一人じゃない”

その言葉は僕を救ってくれた。僕を取り巻く暗闇の中の一縷の光となった。

「ありがとうございます…ありがとうございます…」

本当の自分はこんなにも情けないのに二人は受け止めてくれた。それが嬉しくてたまらなかったんだ。

そして僕を孤独から救い出してくれた。

僕は感謝せずにはいられなくていつまでもありがとうと言い続けた。


6、少年と出会って

僕はあの日、悠と陽の本当の友達になれたんだと思う。

僕は自分のことを知ってもらうことができた。

そしてこれから二人のことを知ることになる。それはもう少し先のことだけれど、それはともあれ僕は二人と音楽を楽しむことができるようになった。

本当の居場所ができたんだ。

だからといって衝突なくすぐに何でも話せるようになったわけではない。

やはり一筋縄ではいかないことのほうが多かった。

何度も喧嘩したり互いを想うがゆえに苦しんだり。そんなこともたくさんあった。

それでも僕は二人と共に音楽を続けて2年後、僕が高校を卒業した年にたまたま僕らの路上ライブを聞いてくれていた今所属している事務所の音楽プロデューサーに声をかけられて僕たちはその1年後アイドルとしてデビューすることになった。

グループ名は『Dreamsドリームズ』。

アイドルだけど、曲は自分たちで作るスタイルで頑張ってきてやっと1年半が経った頃だ。九州に大型台風が上陸して大きな被害が出た。そこで僕たちは被害にあった人たちを元気づけたいと社長に直談判して避難所に行くことになった。そこで僕たちは炊き出しを手伝ったり、支援物資を寄付したり、時にはアカペラで歌を歌って人々を笑顔にした。

それが話題になって僕たちは時の人となった。

その頃から僕たちは人を楽しませること、元気づけることを目的に音楽を作ることに勤しんだ。

僕はアイドルと活動をしてずいぶん変わった。

自分のパフォーマンスや振る舞いにも自身が持てるようになってきたその冬に舞い込んできた僕の母校でのクリスマスのサプライズライブの話。

ちょうど二十歳という節目の年のクリスマスライブである。

正直、高校にはいい思い出がない。僕の青春は悠と陽といた時間だったから。

でも僕は紛れもなくこのイヴのクリスマスライブがきっかけで心が揺さぶられた。

正直怖かったけど、だからこそ今度は僕がそのライブに出ることで高校生たちの心を揺さぶる楽しい時間を過ごしてもらいたい。

そんな想いで臨んだ母校、坂ノ上高校でのクリスマスライブは僕にとって乗り越えなければならない試練でもありリスタートを切るために必要なライブだ。

そこで僕は見つけてしまった。

皆が笑顔で手を振ったりしてくれている中にポツリといる無表情なある少年を。

視界にその子が入った時には僕は彼の目を見た。

するとビクッと反応したと思うとすぐに下を向いてこっち見てくれなくなってしまった。

楽しんでもらえなかった…?

どのライブもそうだけれど、一人として楽しめなかったなんて聞きたくない。

でも、あの子は笑ってくれなかった。こっちを見てくれなかった。

他のみんなが楽しそうにしてても彼だけは楽しんでいるようには見えなかった。

そんな光景が頭の中をループしていた。

ライブが終わると悠と陽に考え事があるから先に帰るよう言って僕はあの展望台まで来た。

あの日、あの心揺さぶられた日に思うがまま叫ぶように歌ったあの場所だ。

今は有名人になったせいかなかなか素顔も出せなくてマスクをし、眼鏡をかけて通るくらいしかできなくなったけど、ここは悠と陽が僕を見つけてくれた特別な場所。

僕は今あの時とまた違う感情でここに立っている。

僕の歌で…僕たちDreamsの音楽では元気にできなかったのか…。

もっと頑張らないと…。

僕はそう心に決め深呼吸をし、ケーキ屋へ向かうことにした。

この夜、三人でクリスマスパーティをする予定なのだ。

ケーキ屋に向けて歩いているとふと窓から見えるカウンター席で顔を覆って肩を震わせている人が見えた。よく見ると坂ノ上高校の制服を着ている。

その子が顔を上げだ瞬間分かった。

ライブの時に目があった瞬間から下を向いてしまったあの男の子だ。

目が赤くなっている。

ここはケーキ屋へ行くときの通り道にある喫茶店だ。少し寄り道しても大丈夫かな。

僕はどうしても彼が気になって喫茶店に入った。ちょうど彼の隣の席が空いているのでそこに座りたい。

「1名様ですか?」

「はい、あ…あの、できれば窓際のカウンター席がいいんですけど」

「かしこまりました。ご案内いたします」

僕はウエイトレスにお願いして空いていたあの子が座るカウンター席の横に腰を掛けた。

隣に座って確認したがやはりあの男の子だ。とりあえず不自然にならないように注文をして…声をかけよう。


珈琲を注文するとすぐに珈琲を持ってきてくれた。

その時、隣の男の子の息がさっきより上がってきたように感じてすぐに声を変えてしまった。

「大丈夫?」

彼は恐る恐る僕の方を向く。しかし、なかなか声を出せない様子だったので僕は彼の背中を優しくさする。

「良かったら僕とお話しませんか?今日お一人なんでしょう?」

僕はそう一言声をかけると怖がらせないようにそっとマスクを取った。

彼はその途端に驚いたようで余計に息が荒くなってしまった。

「大丈夫?驚かせちゃったかな?ゆっくり深呼吸して」

彼の呼吸が落ち着いたところで僕は今日のクリスマスライブで体育館で会ったときのことや彼の悩みを聴くことにした。

最初は渋っていたけれどちゃんと話してくれた。

それが嬉しかった。そして彼の誕生日が今日だと聴いてクリスマスパーティで一緒に祝ったら笑顔になってくれるのではとケーキ屋に招待した。

ケーキ屋に入る前に名前を聴いた。

名前は和泉誠。

「いい名前だ」

僕はそう言った。


悠と陽に何も言わずにケーキ屋に誠を連れていったので二人はずいぶん驚いていた。

でも、裏で事情を簡単に話したらクリスマスケーキのプレートにチョコレートで「HAPPY BIRTHDAY MAKOTO」と書いてケーキにはろうそくを立ててくれた。

そして悠の部屋で4人で盛大に誕生日とクリスマスを兼ねたパーティをした。

誠のためだけにミニライブもした。

4人でゲームしたり昔語りを少ししたりと楽しい時間を過ごすことができた。

最初は笑ってくれなかった誠も徐々に笑顔が出てきて僕はホッとした。

こんな僕でも誰かを笑顔にできるんだって。

音楽活動をして誰かを笑顔にしているはずなのに自分がちゃんとそれを実感できていなかった。

だから、誠を笑顔にできたことが嬉しくてたまらなかった。

その時思った。誰かを笑顔にしたい、助けたいそんな思いが以前より強くなったと。



エピローグ

思えば僕を取り巻く奇跡はいつだってクリスマスに起こっているような気がする。


誠と出会えたのも聖夜の奇跡。誠にとっても奇跡になったはずだ。

誠に出会ったあのイヴの日は諸事情があって誠を悠の部屋に泊めることになったが、クリスマスは夜にクリスマスライブを控えていたので連絡先だけ交換して昼には誠とは解散した。

急には誠をクリスマスライブに招待はできなかったのでライブがディスク化する時にプレゼントすることにした。


そしてその後、4人で定期的に集まるようになった。僕たちDreamsはアイドルで多忙な日々を過ごしていたので夜くらいしか集まれないけれど、誠の居場所を僕たちは作ることができた。

最初は普通の友達としていろんな話をしたりしたが、誠が絵を描くのが上手と知ってから陽の提案で誠にライブグッズのデザインを考えてもらうようになり、Dreamsにはなくてはならない一人になった。


そして誠と仲間になれたことで自分自身も救われたような気がした。

誰かを助けることで自分を肯定したかっただけだと言う人もいるかもしれない。

それでも、自分のエゴでも誰かを笑顔にすることで自分の価値を見つけられるのであればそれでいい。

そんな思いがある一方、一つでも笑顔を増やしたい。そういう気持ちで活動してきたのだからそこで自分の価値を見出したとしても誰も文句は言えないだろうと少し思う。

誰だって僕や誠みたいに他人から見たらちっぽけなことかもしれないけれど何かを抱えて生きている。

僕たちが作る音楽で少しでもそれを浄化できたなら、少しでも笑顔の人が増えるのであればそれでいい。

僕たちは歩みを止めることなく突き進む。

ただそれだけ。



今日のライブでもみんなを笑顔にしよう。

そう思い、上を向いて少し微笑む。

「なーにニヤけてんの、気持ち悪ーっ」

後ろから陽が僕の頬をムギュッとする。

「なんでもない」

僕は陽と悠のほうに振り返る。

「そっか」

悠はちょっと嬉しそうに微笑む。

「さぁ、行こう」

僕はそう言い、ステージへ一歩踏み出した。

最後まで読んでいただき、誠にありがとうございました。

いかがだったでしょうか?

私は奏が救われたことで自分もなんだか心が楽になりました。

居場所ができるのは誰にだって嬉しいことだと思います。

聖夜をきっかけにこれからも奇跡を起こす奏たちを見守っていただければ幸いです。

今回はアナザーストーリーということで奏視点でしたが、誠視点で本編の続きを執筆しようと思っています。

よろしければご拝読いただきたいです。

お時間をいただくと思いますが、後々に…。

最後に皆様が、笑顔でいられることを心よりお祈りしております。

では。

ありがとうございました!

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