赤と黒
ぴしゃりぴしゃり
足を一歩前に踏み出す度、赤い水の飛沫がまばらに跳ねて、どす黒く淀んだ心の海に、血の波紋が生まれて広がる。
また一歩。
血の蕾。
花開くように、波紋が広がる。
また一歩、また一歩。
それはいつしか、辺り一面に。
どす黒かった心の海。
真っ赤な血の花が浮かぶ海へと姿を変える。
その海にそっと背中を浸けて、仰向けになり空を見る。
力無く手足を伸ばし、血の波紋が広がる海にたゆたう私。
まだ幼かった私。
自分の心を守る術を知らなかった。
父親は言った。
「お前は頭が良いから、賢い子の通う小学校に入ろうな」
母親は言った。
「貴女は可愛いから、制服がお洒落な小学校に入りましょうね」
吹きさらしの子供の心は次第に風化し劣化する。
赤黒く錆び付いた、ザラザラした手触りに、乾燥してカサカサした音がする。
音がするだけマシかもしれない。
だって、実体が無いのなら、静かなだけのはずだから。
父親は言った。
「俺の子じゃないんだろう。俺の子がこんなに馬鹿なはずがない」
母親は言った。
「私の子じゃないのかしら。産院で取り違えられたのかも」
公立の小学校に通った。
参観日に親は来なかった。
妹は私立の小学校に通った。
賢い子が通う、お洒落な制服の小学校。
参観日には両親揃って仕事を休んだ。
お受験に失敗した私は両親の愛情を失った。
それでも、にっこり笑いかけてほしくて、ぎゅっと抱き締めてほしくて。
親に近付き話しかけると、心を抉る鋭い言葉を返された。
目を閉じると海が見える。
私の心からは抉られる度に赤い血が流れ、どろりと固まった血は海の底へと沈んでいく。
中学は受験することなく公立に進んだ。
小学校の六年間、親を恋しく思う時期はあったと思う。
けれど、今はもう求めない。
妹と両親が幸せそうに笑う家族の様子を見ていたら、もう自分の居場所はこの家には無いのだと気付いたから。
海の上を蝶々が飛ぶ。
涙のような、キラキラした鱗粉が空を舞い、私の身体に降り注ぐ。
目を閉じる。
私の心は枯れきって、血一滴、涙一滴すらもう流れない。
辺り一面の曼珠沙華。
轟轟と音をたて、全てを赤に包み込み、三本の黒い煙が立ち上る。
両親が優しかった頃は私にお歌を唄ってくれた。
屋根より高い、黒煙
大きい煙の両親と
小さい煙の妹を
ただ呆然と眺めてる
彼岸花、曼珠沙華。
怖いくらいに綺麗な花だなぁと思います。
子供の頃、学校帰りに姉が彼岸花を持ち帰って、母親が玄関に飾っていて、家が火事にならないかとハラハラしました。
子供の頃に聞いた迷信ですが、「彼岸花 火事」でネット検索すると、やっぱりちゃんとヒットします♪