バレンタインデーのショートストーリー
麗美……整った顔に低く透き通った声。身長も男子の平均ほどにはあり、男と間違われることもしばしば。そのせいで、女性にもモテる。
樹……どこにでもいる男子高校生。人と違うとこがあるとしたら、身長が低く童顔なこと。麗美と並んでいるとよく弟に間違われたりする。
バレンタインデーになれば、クラスの男子は落ち着かない。朝からずっとソワソワして、女子の動向を必死に目で追う。
その中、樹はただ一人落ち着いていた。席に座り、淡々と机の整理をする。そんな樹に、一人の少女が近づいてきた。
「あの……これを……」
少女の手には、綺麗にラッピングされた袋がある。樹はそれに気づき、ニコッと笑う。
「麗美に渡せばいいのかな?」
樹がそう聞くと、少女の顔がパッと晴れる。コクコクと頷き、深々と頭を下げる。樹が受け取るやいなや、少女は脱兎のごとく教室を出ていった。樹はもらった袋をそっと机横の紙袋に入れる。中には、もうすでに四つもあった。
「おやおや、樹さんはモテモテですね~」
ニヤニヤと、小太りの男子と取り巻きが樹に近づく。樹は苦笑いを浮かべ、顔の前で手を振る。
「いやいや。これ全部、麗美のだから。俺の一個もないからね」
そう言うと、小太りの男と取り巻きはどっと噴き出す。腹を抱えてゲラゲラと笑う。樹は不快だったのか、眉をひそめる。
「すまんすまん。仲間だなって思って」
「悪いね」
三人が詫びを入れると、樹は大げさなまでに大きなため息をこぼした。
「いいよ。しょせん俺は荷役ですよ」
「そう落ち込むなって。お前はフィアンセからいつももらえるだろ」
「フィアンセじゃないし。腐れ縁だし。それに、温情みたいな感じじゃん。もらえても」
樹がポロリと不満をもらすと、三人は露骨に嫌な顔をする。どうやら、三人のひんしゅくを買ったようだ。小太りの男が青筋立てて声を荒らげる。
「お前もらえるだけいいと思えよ!」
「そうだそうだ! こっちはゼロだぞ! 永遠のゼロ!」
大ブーイングに樹はたじろぐ。だが、言われるだけの樹ではない。議論をすり替え、すかさず反撃する。
「お前らそう言うけどな、紙袋いっぱいもらえる人間からもらってみろよ! 泣けるぞ!」
「じゃあよ、聞いてみろよ。本命か義理か。そうすれば白黒はっきりするぜ」
さっき、口撃に参加しなかった一人が言う。すると、すかさず小太りともう一人は賛同する。
「お、それいいね」
「名案じゃん」
「やってやろうじゃん!」
頭に血が上っている樹はためらうことなくその意見に乗っかる。
そうこうしていれば、教室に麗美が来る。
「お、来たぞ。行けよ」
小太りの男に背を押され、樹は紙袋を手に麗美の元へ向かう。
麗美は近づく樹に気づき、低く透き通った声であいさつをする。
「おはよう、樹」
「お、おはよう」
樹は少し緊張しているのか、表情が強張る。心なしか、挨拶もぎこちなくなる。
「はい、これ」
そう言って、ぶっきらぼうに樹は紙袋を手渡す。麗美は袋の中を見て理解し、屈託ない笑顔を樹に向ける。
「ありがとう、樹」
麗美はもらった紙袋を机の横にかけると、机の上に置いた鞄をあさる。
「僕もあげなきゃね」
「ねえ、麗美。そのチョコって温情でしょ」
思わぬ一言だったのか、麗美は手を止めて樹を見る。ポカンとして、呆気にとられている様子になる。
「そう思う?」
意地悪な質問をされて、樹は視線を泳がせる。そんな樹が面白かったのか、麗美は微笑を浮かべる。
「思う。だって、俺意外にいい男なんているから」
「そっか。確かにいっぱいいるね。かっこいい人」
麗美は教室を見渡し、どこか遠くを見つめる。樹はシュンとして、落ち込んだ表情になる。
「ねえ、樹は本命が欲しいの?」
「別に本命じゃなくても……。ただ、かわいそうだからで貰うのは嬉しくない」
「かわいそうねぇ……」
麗美はそうつぶやき、鞄をあさる。未だ答えを教えてもらえない樹は耐え切れなくなったのか、素直に聞く。
「どっちなの?」
「さあ、どっちでしょう」
オシャレなリボンのついた小袋を取り出し、樹に差し出す。樹はそれを受け取らず、手を後ろで組む。
「答えてくれなきゃ、貰わない」
「答えたら、義理でも貰うの?」
「も、貰わない」
樹は麗美の目をじっと見て、ハッキリと答える。
「そっか」
麗美は残念そうに、手をゆっくりと引っ込める。樹はその手を切なげに目で追いながら、しょんぼりとした様子になる。麗美はその反応を見逃さない。
ピタッと手を止め、樹の顔を麗美はうかがう。樹は期待から瞳を広げる。
「樹、もう少しこっちに来て」
樹は素直に数歩前に出る。
「耳、貸して」
麗美にそう言われ、樹はためらいなく耳を傾ける。
「いつでも、本命チョコだよ」
そうささやかれ、樹はみるみる赤くなる。麗美は恥ずかしがるそぶりも見せず、樹の手に触れてチョコを握らせる
「はい、樹」
樹は固まり、麗美の顔を三度見る。麗美はクスッと笑い、いたずらなことを言う。
「樹のその顔、大好きだよ。ずっと見ていたい」
「ば、馬鹿ぁ!!」
真っ赤な顔で教室に響く樹の声。
それからあの三人には、そのことでいじられたのは言うまでもなく。樹と麗美が付き合うかはまた別のお話。