報われなくとも恋をする
皇女という身分に生まれた以上、胸の内の気持ちを押し隠すことは得意だった。
自分の立場はわかっていたから、誰にも本心を悟られないように努めてきた。
いずれ私は我が国にとって有益となる相手へと嫁いでいく。国内ではなく、国外へと嫁ぐ可能性の方が高いだろう。6歳上の姉もそうだった。
姉は外交で我が国に度々訪れていた隣国の第一王子に見初められ、彼を幼い頃から密かに想っていたという姉は幸せそうに嫁いでいったけれど……。
当人たちの胸の内はともかく、それでも政略結婚である。だから誰に言われたわけでもないけれど、私もいずれ国の為に誰かと結婚する。それは暗黙の了解として横たわっている未来だった。
だから私の気持ちなんて、誰にも告げるつもりはなかった。
そもそも、抱いたのはほんの淡い恋心。
相手は姉の乳兄妹だった人で、恋に落ちたきっかけも単純だった。
家族で避暑に出かけた先で、亡き祖父にいただいた帽子が不意に吹いた強風によって飛ばされていく。小舟に乗っていたため、飛ばされた帽子は湖の真ん中に落ちてしまった。
それは大好きな祖父との思い出の品だった。
しかし麦わらで編まれた帽子だったので、水に濡れてしまえば駄目になる。姉も兄も「諦めなさい」「新しいのを買ってあげるわ」と私を宥めた。
だけど、それでは駄目なの。新しく買って済むものではないの。そう言いたいけれど、飛ばしてしまったのは自分の落ち度。もっとしっかり押さえておけばよかったのだから。
涙を浮かべて唇を噛み締めた私を見て、そのとき同乗していた彼が上着を脱ぎ捨てた。驚く私達の前で、躊躇いもなく湖に飛び込んでいったのだ。
泳いで帽子を拾い上げて、すぐに小舟へと戻ってくる。全身がずぶ濡れなことを厭う様子も見せず、私に帽子を差し出してくれた。
差し出された帽子は水を吸って変色し、へにゃりと形を変えていた。姉は「ほら、もう被れるようなものではないでしょう!?」と渋い顔だ。結果的に姉の乳兄妹に湖を泳がせる真似をさせたことを怒ってすらいた。
しかし彼は、気にした様子もなく笑顔を見せた。
『この帽子じゃないと、いけないのですよね?』
吊り上がり気味の鋭く見える目をいつもちょっと怖く感じていたけれど、そうやって目を細めて笑えば優しく見えるのだとそのとき初めて知った。濡れた彼から滴る水が夏の太陽を弾いてやけに眩しく、美しく輝いて見えたことをよく覚えている。
翡翠を閉じ込めたような瞳に見つめられて、このとき私の心臓は大きく飛び跳ねた。
誰もが諦めなさいと諭す中で、彼だけが私の気持ちを掬い上げてくれた。
(そのことがなによりも、嬉しかったのよ)
恋に落ちてしまうほどに。
当時、彼は姉と同じく15歳。9歳だった私が抱いた恋心など、叶うわけもないと幼心にわかっていた。
けれどその想い出は私の中でいつまでも色褪せることなく、宝物のようにキラキラと輝き続けた。
だからといって、この想いを誰かに告げることは考えられなかった。口にしたところで周りを困らせるだけ。誰も報われないもの。
その年の冬に姉達は成人を迎え、彼は姉の元を離れて騎士に志願したと聞いた。
彼の姿を見なくなり、3年後に久しぶりに見かけた彼からは当時の幼さは消え、精悍な青年になっていた。しかも王族を守る近衛騎士という、誉ある任に付けるほどの人物に。
その姿を見つけた時、内心ではどれほど喜んだことか。
しかし姉の乳兄妹であり、名の知れた武家の出である彼は、第一皇子である兄の護衛に配されたようだった。日々忙しい兄に私がくっついていられるわけは当然なく、彼との接点は限りなく低い。時折城内で姿を見かけては、密かに胸を躍らせていた程度。
それは恋への憧れも多分に含んだ、淡い初恋。
時が経てばこの想いもいつかは泡となって消え行くのだと、そう思っていた。
――つい1年前に私が高熱を出して生死を彷徨った後、二重人格になるまでは。
(もう一人の『あたし』が、とんでもない行動をしでかすまではね……!)
***
ふ、と目の前が陰った。同時に、息をすることを忘れていたのに気づいた時のように、唐突に我に返る。
肌に触れているわけではないけれど、目の前が何かに遮られていて暗い。僅かに合間から差し込む光と肌を撫でていく風を感じて、ここがたぶん外で、今は昼間なのだと知れる。耳はとめどなく水が弾ける音を拾っているので、推測すると城の中庭にある噴水付近にいるのだとわかった。
(なぜ私は庭に出ているの?)
頭が熱を帯びたようにぼんやりとしていて、しばし自分の置かれた状況が理解できなかった。
徐々に目が慣れてくると、まず私の視界を遮っているのが人の手だとわかる。大きくて節立っている武骨そうな手は、まかり間違っても私の手ではない。
では、誰の?
「落ち着かれましたか、マリアンリリー殿下」
「!」
私の気配が変わったことが伝わったのか、思ったよりもずっと近い背後から低い声が聞こえてきた。驚きのあまり肩が跳ねる。
理解できずに呆然としていたせいで反応が遅れてしまったけれど、そこでやっと振り向いて相手を確認した。
頭一つ分高い振り仰ぐほど長身な相手は、近衛騎士である黒の制服に身を包んでいた。ほぼ黒に近い茶色の短髪で翡翠のような瞳の目つきの鋭い彼は、この国の第二皇女である私の護衛。名前はブラット。王家に古くから仕える伯爵家の長子で、姉の乳兄妹だった人。
私の、初恋の人。
その人がなぜか背後に陣取っていた。
(な、ななななに!? 嫁入り前の皇女に対して護衛がこんな近くにいるなんて、いったい何が起こったというの!)
目が合って、すぐにブラットは数歩離れて適切な距離を取る。しかし私の心臓は驚愕と動揺でバックンバックンと壊れそうな勢いで跳ねていた。
「あなたは何を……いえ、質問を変えましょう。私は、何をしていたのかしら」
内心の動揺を抑え込み、極力平静を装って声を絞り出した。
とにかく、状況確認よ。
まず、やけに頭がぼんやりする。目頭は熱いし、なぜか鼻から水まで出てきそうに感じる。
とんでもなく非常事態だわ。意識が戻るなり、なんという惨憺たる状況。咄嗟に取り出したハンカチでさりげなく押さえてなかったことにしたけれど、どうやら自分が泣いていたのだと気づいた。
ということは、もしかしてブラットは先程、私の涙を隠してくれていたのかしら。そして、私の泣き顔を見ないようにするためにあの位置にいたというの?
幸い周りは人払いがされているようで誰もいないけれど、その配慮に心が浮き立った。落ち着いて、と自分に言い聞かせても動悸は静まりそうにない。なんでもない風を装って、ひとまず扇子を開いて顔を隠した。
とりあえず、私自身にこんな風に涙を流す理由はない。全く覚えがない。未だ目に浮かんでくる涙を目頭に力を入れて必死に食い止める。
やけに切ない気持ちだけが胸に残っていて、締め付けられるかのよう。
その反面、吹っ切れたような清々しい晴れやかさも感じられる。
なぜ。
私個人としては、まったく晴れやかな気持ちにはなれないのだけど。理解できなくて怒りすら湧いてくるわ!
(一体これはどういうことなの!)
残念ながら自分が謎な状況に陥っているのは、これが初めてではない。
どころかこれでいったい何度目か、数えることすら諦めたほど多い。
それというのも、成人を間近に控えた1年前。
高熱を出して生死を彷徨った後、どうやら私は二重人格というものになったらしい。
私の中には、もう一人『あたし』がいるのだそうだ。
だそうだ、というのは私自身はその存在を認識していない。
彼女は時折私の体を乗っ取り、かなり好き勝手に奇怪な行動を繰り広げてくれているらしい。本来の私に戻った後で話を聞いてみると、私の心が瀕死の重傷を負う程のことをしでかしている。
ちなみに本来は兄の護衛騎士であるブラットが私に付いているのも、『あたし』の問題行動が元である。
1年前、猛威を振るった流行り病から一命を取り留めた私は、目を覚ますと『あたし』になっていた。
目を覚ますなり自分が寝かされていた部屋と見慣れない周囲の人間に驚いたらしく、寝間着のまま後宮を駆け回った。
『あたしはただの専門学生! デザインが好きなだけの、ごくフツーの無害な一般庶民だからー!』
などと叫んで周囲を混乱に陥れたらしい。
これだけ聞けば、高熱に侵されて頭がおかしくなったとしか思えない。
狂人となった王族など良くて生涯幽閉して療養、最悪の場合は人知れず葬られる。この話を初めて聞いた時、私は顔面蒼白となった。
しかし彼女を落ち着かせて話を聞いてみると、『あたし』はこの国より遥かに優れた文明を持つ場所の記憶があるようだった。
そして私はそれまで知らされていなかった事だけれど、我が王家には重大な秘密があった。
王族には時折、不思議な記憶を持つ人間が生まれる。
このことは、他国にその存在を知られて利用されないためにも、自国の高位貴族の長だけが知らされているのだそうだ。
まるでお伽話だと思ったけれど、先代の王である祖父がそうだったと聞いた。心底驚いたけれど、納得も出来た。
私も覚えているが、祖父は王にしては穏やかすぎる性格の人だった。私は大好きだったけれど、贔屓目に見ても王には向いてなさそうな方。人が良すぎるのだ。実際、政治は祖父の兄である公爵が宰相となって、ほぼ全権を執り行っていたと言ってもいい。
それでも祖父が王の座を退かされることはなかった。冷静に考えれば、正妃から生まれた有能な実兄を差し置いて王となったことを疑問に思う。
だが、祖父はこの国に徹底的に下水道を敷いた人だった。下水道の図面を引いたのも祖父自身だ。最初は王都から始め、今も他の領地にも下水道は拡大していっている。そのおかげで流行り病は格段に減ったと聞いた。偉大な人だと、誰もが尊敬の念を抱く。
しかしどうやらそれが、それまでのこの国では持ちえなかった知識を駆使して行われたのだという。
そういう奇跡を起こせる人間が生まれるからこそ、王族はなにからも守られ、貴ばれる。祖父が王となったのもそれが最大の理由である。公爵へと臣籍降下した祖父の兄にとっては面白くない話に思えるけれど、祖父の息子で私の父である現王は公爵の娘を娶ることにより、二家は円満な状態を築けていることは幸いだ。
そんな不思議な記憶を持って生まれることがあるとはいえ、大抵は生まれつき。今回は私が一度死にかけたことによる特別変異、ということでとりあえずは落ち着いたそうだ。
単なる狂人で片づけるには、『あたし』が周りの人間に伝えた知識は、これまでのこの国では考えつかないようなものがあったから。
『有益な情報を持ってるかって? そんなこと言われても平凡に生きてきたから知恵なんて……ミシンとか? あ、でもここってデンキある? ない? そっか……原始的……。えーと。あ、鉄ってある? あるんだ! よかった!
じゃあ、有刺鉄線! これでどうだ!
実家に畑があったんだけど、よくイノシシが出てたんだよね。で、入って来られないように山側に有刺鉄線張ってたの。細長い鉄線が作れるのなら、作れるものだよ。あたしの知ってる有益なことってこれぐらいかなぁ。なんか、あんまり役に立たなくてごめんなさい』
そう言っていたとのこと。
『あたし』が伝えた知識は、防衛のためと畑を害獣から守るために使えるものだった。紙に記された有刺鉄線とやらの絵を見せられて、絶句した。
当然、私はそんなもの知らない。
そして話を聞いてみた限りでは知識を持っているというより、別の人生を過ごしてきた人間が私の体を乗っ取ったかのように感じられた。
自分の中に、得体のしれない人間がいる。
話を聞いた時は、全身の血が一気に冷えた。祖父が生きていれば詳しく話を聞けたかもしれないが、既にいない人を頼ることは出来ない。『あたし』が普段の私とは全く違う口調と表情で話すことに、両親も最初は慄いたとは聞いた。
しかし彼女は知識をもたらす存在。
奇跡を起こせるかもしれない者を害せるわけもなく、ましてや中身は別人のようでも外見は私。一先ず様子を見ようという話で落ち着かざるをえなかった。
その後1週間ほど『あたし』が居座った後、私はようやく己の意識を取り戻した。家族は心底喜んでくれた。
だが、そのたった1週間で『あたし』はとんでもないことを色々しでかしていたのだ。
まず、一つ目。
『護衛っておじさんばっかりなの!? あたし、皇女様なのに!? せっかくだから、若くてかっこいい人がいい!』
という、とんでもない要望を出したらしい。
思い出しただけで羞恥で憤死しそう! 護衛の任を果たしてくれる有能な人間ならば、外見年齢は関係ないでしょう。頭がおかしいとしか思えない。
だいたい護衛騎士を若い男性にするなど、嫁入り前の皇女に相応しくない。恋仲になれる相手でもないのに。この娘、馬鹿なの!?
誰もがそう思ったことだろう。私自身も、心からそう思う。
しかし『あたし』の気分を害してはならないと思ったのか。それとも、実はそれは私がこれまで口に出来なかった願望だと思ったのか。病み上がりの娘の為に、父である王は若い近衛騎士を私の護衛に付けた。
それが兄の護衛騎士を務めていた、ブラットである。
それは『あたし』の我儘ばかりが理由ではなかったけれど。知識をもたらす特別な存在を知るのは、高位貴族の長のみ。信用が有り、傍にいても不自然でなく護衛に当たれる人となると次代の伯爵となる、近衛騎士に籍を置くブラットが適任だったのだ。
彼にとっては、降って湧いたような災難。
……そして私にとっては、不幸中の幸いだと、思ってしまったのよ。
(愚かなのは、私もだわ)
一瞬、彼が私の護衛に付いてくれたことに喜んでしまう気持ちがあった。
同時にこんな事態に巻き込んでしまうなんて、申し訳なくて消えてしまいたかった。
そしてそれからも、『あたし』は度々現れた。
最初の頃は、このまま好きに体を使われるぐらいならばいっそ死んでやろうかとすら思えた。いつか『あたし』にすべてを乗っ取られるのではないかと、恐怖に震えながら涙を呑んだ日も少なくない。
それに本来ならば15歳で成人を迎えた後は許嫁を本格的に決める予定が、こんな状況ではそれどころではなくてどうなるかわからない。もう16歳になるというのに、その手の話が完全に停止している。
私の人生をいったいどうしてくれるの!
けれど『あたし』が現れたのは、最初は1週間。その次は6日間。更に次は5日、4日……半日、2時間、といった具合に徐々に表へと現れる時間と頻度は減ってきていた。それだけが救いだった。きっとそう遠くない内に、『あたし』は消えていくのだろうと胸を撫で下ろしている。
しかしこの1年間で、ふと気づいたら自分の覚えのない場所にいたり、覚えのない服を着ていたり、という謎現象に悩まされたことは数知れず。
そしてその度に、私を見る周りの目が生暖かくなっていったことも………
(ああでも、ここ3カ月ほどはなかったはずなのに!)
もういっそ二度と出てこないのでは、と期待していたのに!
(私の中にいるという人間は、今度は何をしでかしてくれたのかしら!?)
そして、ブラットに投げかけた質問へと戻るわけである。
なぜか胸の奥に燻る切なさを抑えつつ、僅かに扇子を下ろして空色の瞳をブラットに向けた。高飛車に装っているけれど、内心は呆れられているのではないかと怖くてたまらない。
対して、ブラットは普段と変わった様子もなかった。
度々私がこのような珍騒動を起こすのを見ていたからか、慣れて心が麻痺してしまったのかもしれない。初恋の人に散々迷惑をかけて、きっと私は珍獣のようだと思われているのでしょうね。彼は表面上は普段通りの態度だけど、胸の内を考えると心が抉られていく。
彼は冷静に私を見つめ返し、僅かに小首を傾げた。
「殿下が覚えておいでなのは、どの辺りでしょうか」
「そうね……身に覚えのないドレスを、着ているわね」
問われたことで少しだけ冷静さを取り戻す。自分の姿をざっと確認し、その場で卒倒したくなった。よろけそうになった足を踏ん張り、凛と背筋を伸ばした自分を褒めてあげたい。
ドレスは光沢のある淡いピンクを基調にしており、フリルとレースが満載。
私が普段好んで着るドレスではない。断じてない。
私はもっとシンプルな、生地だけで美しさを現すドレスを選ぶ。自分のふわふわと波打つ金髪と大きな目、そしてなかなか育たない胸のせいで子どもっぽくて頼りなく見える姿を侮られないよう、出来るだけ気高さを補えるドレスを選んでいる。
このような愛くるしさ全開のドレスなど、密かに着てみたいという憧れはあってもまず選ばない。どれほど周りに勧められようとも、断固拒否してきた。
しかし、しかしである。
身に覚えはないと言ったものの、すぐに思い出した。思い出したくなかったけれど、思い出してしまった。
「ドレスは思い出したわ。このドレスを受け取ったことは覚えているわ。私が、いえ、『あたし』が注文していたものだと聞いて……そこから記憶が無いわ」
受け取ってドレスを確認した瞬間、意識が途切れた。
『あたし』はドレスのデザインをすることが好きなようだった。意識が戻った時に、机の上に幾枚も描き散らされたデザイン画が残っていたことも多々ある。それには寸法や必要な材料なども計算されて記載されていた。この国の文字が使用されており、筆跡も私と同じなことにもぞ痒さを覚えた。中途半端に私の部分が『あたし』にはあったみたい。
私に仕える侍女曰く、『あたし』はデザイナーなる職を目指していたらしい。簡単に言えば、お針子。皇女が、お針子を……。
複雑な気持ちはあれど、残されていたデザイン画はどれも緻密で繊細だった。愛らしさを前面に出したドレスは細かいところまで拘っており、材料も計算されていた事を考えてもただの落書きではない。いつかは形にしてみせる、という情熱が感じ取れた。
私には迷惑な話なのだけど……。
それらのデザイン画は丁寧に纏めて保管してある。最初の頃は破り捨ててしまいたい衝動に駆られたけれど、結局出来なかった。
破り捨てたいのに、愛しくて堪らなかった。嬉しくて仕方がなかった。これは『あたし』の気持ちの残滓だろうか。
嘆息を零しながらも保管したのは、侍女はいたくそれらを気に入っていたから、と自分に理由づけて許した。
そういえば侍女がその内の一枚のデザイン画を見て、「マリアンリリー様にとてもお似合いになりそうなドレスですわ」と言ってたことがある。
(このドレス、たぶんそうだわ。自分でデザインしたものを、勝手に発注していたのね)
私の知らない内に。ということは、3か月前に現れた時かしら。あのときはもう『あたし』には2時間程の時間しかなかったはずだけど。
ふ、と小さく嘆息を吐きながら着ているドレスに視線を落とす。
胸下をリボンで絞り、遠慮がちな胸を誤魔化すのは幾重にも重なったレース。スカート部分も細かいフリルが縁取っており、薄紅から白へとグラデーションに染められたそれに下品さはない。一見した時は愛らしさに眩暈を覚えたけれど、悪くはない。むしろ花の妖精を思わせて素敵。
我ながらきっとよく似合う、と思う。
私の姿に合わせてデザインしたのかしら。
あいかわらず勝手な行動に頭痛を覚える。しかし密かにこういう愛らしいドレスに憧れていた気持ちもあって、責める気持ちは萎んでいった。
次にブラットが告げた言葉を聞くまでは。
「殿下がドレスを受け取られた後ですが。早急にそちらのドレスを着替えられて、レックスナード殿下をお呼び出しになり、愛の告白をされておいででした」
「……。は?」
思わず己の口から皇女らしからぬ声が漏れた。驚くほど低く、かつ間抜けな声だった。
だって、待ってちょうだい。
レックスナード殿下って、それって私の実の、お兄様。
「はぁ!?」
もう一度、今度は素っ頓狂な声が出てしまった。未だかつて、これほどおかしな声を上げたことがあったかしら。水面下で『あたし』に影響を受けたとしか思えない。
などと分析している場合ではない。ブラットは一瞬だけ目を瞠り、僅かに笑いを堪えて口元を拳で隠したのがわかった。普段は表情を変えないくせに、相当心が揺れたのだと知れる。けれど咎めている余裕もない。
顔から一気に血の気が引いていく。な、ななななぜそんなことに!?
「私がお兄様に、あ、愛の……告白? 冗談でしょう?」
擦れた声が口から漏れた。
私は兄に対して、恋情はない。あってたまるものですか。異母であれば結婚も許されている国とはいえ、同父同母を持つ5歳上の兄とはその可能性もない。
そもそも仲は良い方だと思うけれど、兄のことは家族としてしか見たことはない。幼い頃は意地悪だったし。今も昔ほどではないけれど、すぐに私をからかって遊ばれるし。そんなわけで、兄も私を妹としか見ていない。当然だ。
それなのに私が、兄に? 愛を、告げたと?
(なんってことをしてくれているの!)
『あたし』が起こした問題行動、その二。
どうやら『あたし』は、兄に一目惚れしたらしい。
兄は白金の柔らかそうな髪で、私と同じく空色の瞳。祖父似の優美な顔立ちでありながら、有事に備えて鍛えられた美丈夫でもある。絵にかいたような理想の皇子様的存在。事実、皇子。この国の第一王位継承者。
そんな相手に『あたし』は報われない恋をした。
そう侍女からは話を聞いていた。
聞いた時は、胃が痛くなって血を吐くかと思ったわ。今でも考えると胃がキリキリと痛む。でも兄の本性を知らず、見た目と外面の良さに騙されたならば仕方ないとも思える。
兄にも当然私に起こった事情は知らされていた。兄は『あたし』に対して普段の妹としてではなく、令嬢に対するような紳士的な対応していたらしい。
私の顔で異常行動することが、単に受け入れられなかったが故の逃避だったのかもしれないけれど……。
とにかく兄は『あたし』の存在は知っていた。
けれど! 愛の告白までしたというのは大問題!
「遺憾ながら、事実です」
絶句して固まっている私を見て、ブラットは容赦なく現実を告げた。このまま聞かなかったことにして、気絶してしまいたい。
しかしそんなことは私の矜持が許さない。
「お兄様はとてもお忙しい方でしょう。妹の呼び出しに早々応じられる方ではないわ。それに私が『あたし』になって、どれほどの時間が経ったのかしら」
「1時間弱、といったところでしょうか。あの方に許された時間はもう限られたものでした。レックスナード殿下もそれはご承知の上でしたので、あの方に請われた際には最優先で動くと仰られていたのです」
だから『あたし』に呼び出された兄は、即座に駆けつけてくれたのだろう。
(そういうところは、さすがお兄様……。こんな問題児と成り果てた妹にまで、意地悪を言いながらも寄り添ってくださるのだもの)
それにしても『あたし』はたった1時間弱でよくぞ身支度を整え、多分その間に兄に呼び出しを掛け、かつ愛の告白も終えて、号泣……という破天荒な行動を取れたものだわ。
――それはもう後がないと思ったからこその、行動だったのか。
なぜか急激に喪失感を覚えた。先程はよろめきそうになった足を踏ん張れたけど、今度は駄目だった。眩暈を覚えた体がよろけかけたところで、不意に大きくて節張った硬い手に手を取られて支えられる。
「!」
「こちらへ」
指が! 指どころか手が、手が握られているわ!
支えるためにしかと手を取られていることに動揺で息を飲んだ。思ったよりもその指と掌は硬い。男の人の手だと思うと、先程とは違う意味で鼓動が脈打つ速度を上げる。まるで指まで心臓になってしまったみたい。それを気づかれてはいないかと、息すら止まる。
これまでブラットが私に触れたことは一度もなかった。守られるような不測の事態に陥らなかったからでもあるけれど、本来護衛はここまで近い距離は取らない。
動揺している間に促され、噴水が見える位置にある木陰に設置されたベンチへと誘導される。普通に歩くことすら緊張でままならない。ブラットが丁寧にハンカチを引いてくれて、そこに腰を下ろす私の動きはきっと不自然にカクカクとしていた。顔、真っ赤になってないかしら!?
否、緊張しすぎて青くなっている気がする。
それをブラットがどう受け取ったのかはわからない。私から手を離し、けれど離れすぎることなく傍らに立った。
私が落ち着くのを待っていたのか、しばらく沈黙が落ちた。
その沈黙に先に耐えられなくなったのは、私の方。
「『あたし』は、お兄様に……」
振られたのね。
そう言いかけて、躊躇って口にしなかった。
胸に残るぐっと胸を押し潰されているような切ない感情が、答えを雄弁に語っている。先程よりは和らいできたけれど、これは今夜まで尾を引きそう。
それでいて、清々しい晴れやかな気持ちも残されているのだ。
お兄様は意地悪だけど、大事なところはけして外さない。きっとまっすぐ『あたし』と向き合ってくれたのだろう。内心では兄も動揺の嵐だっただろうけれど、妹の顔をした破天荒な問題児の『あたし』相手であっても、誠実に。
それは疑っていない。
(案外お兄様は、あれでいて優しい方だから……とても不器用だけれど)
『あたし』のしでかした行動のせいで、これまでどれほど後から兄にからかわれたことか。茶化されて私が怒り狂う度、頭を撫でて、宥めるために私のお気に入りの菓子を寄越した。
そうやって、兄が私の鬱屈を発散させてくれていたことには気づいていた。
きっと周りを知らない場所、知らない人間に囲まれて慄く『あたし』に対しても、その優しさは与えられていた。兄は『あたし』を「もう一人の妹」と言っていたぐらいなのだから。
自分の体を使って行われたことは腹立たしいとはいえ、探りたてるような真似は下世話に思えた。ただ胸の奥に詰まった息を静かに吐き出す。
それを合図に、私の傍らにいるブラットが差し支えない範囲で『あたし』の起こした行動を教えてくれる。
「あの方も、もう時間が無いのだとご理解されておられたのでしょう。世界で一番可愛い姿の自分になって、好きな相手に告白するのだと宣言されて赴かれました」
「……そ、そう」
それは勇猛と言っていいのかしら。どちらかと言えば無謀でしかないのだけど。せめて私の体を使っていなければ、その勇気に感服してあげられたかもしれないわ。応援はしないけれど。
「全力でやりたいことをすべて悔いなく出来たから、満足だと最後は笑って仰られました」
ブラットが少し苦笑を滲ませて言った言葉に、なんと返したものか迷って口を噤んだ。
それはそうでしょうとも。私の体を勝手に使ってそれだけ好き勝手にしておいて、これで満足してくれなければ私は怒り狂っているところよ。満足されなくとも、私は怒ってもいいことだと思うわ。
それでも、胸の奥に残る晴れやかで清々しい気持ちが心地いいものだから、憎めないのだ。
(いつもそうだったわ)
彼女が体を使った後は、怖くて、気持ち悪くて、それなのに胸に残された気持ちはいつもとても心地よかった。
私がこれまで狂わずにいられたのは周りの人達の支えもあったけど、きっと残された感情の余韻が清々しさを感じるものだったから。あたたかくて、泣きたいほどやさしい気持ちが残されていたから。
「そしてこれはあの方から、マリアンリリー殿下へのお託です。『悔いの残らない人生なんてきっとないけれど、明日の自分が笑っていられるように生きてほしい』とのことです」
「それは『あたし』にだけは言われたくない言葉だわ……」
呆れを滲ませた息が、ほんの少しの苦笑いを混ぜて唇から零れた。
まさに、私は明日が笑えない状況に陥っているのだけど。他でもない『あたし』のせいで。お兄様にどんな顔でお会いすればいいのかわからないわ。からかわれるかしら。いえ、何も言わず、甘やかされそうな気もするわ。余計に居た堪れない。
『あたし』が現れる場所の人払いはされていただろうけれど、同じく事情を知る兄の護衛騎士は『あたし』の愛の告白を見てしまったはず。またもや今度顔を合わせた時に、微笑ましいと言いたげな生暖かい眼差しを向けられるのだろう。今から考えただけで胃が痛い。
「肝心なところで抜けてしまうのが、あの方らしいですね」
ブラットは僅かに笑うのを堪えたように口元を歪ませた。心底呆れているとわかるのに、なぜか声には優しさを感じる。
驚いてまじまじとブラットを見つめてしまった。その態度からは、珍獣のような『あたし』を嫌悪しているようには見えない。
(むしろ……好ましく、思っている?)
そんな馬鹿な。一瞬、心臓がぎゅっと掴まれたような痛みに襲われた。
まさか、まさかとは思うけれど、『あたし』を好きになったりなんて、していないでしょうね!?
「ブラットは、『あたし』をどう思っていたのか聞いてもいいかしら?」
我慢できずに、気づけば口が勝手に動いていた。
ブラットは『あたし』のことを、いつも「あの方」と呼んでいた。両親と兄は「もう一人のリリー」と呼んでいたけれど、ブラットは私とは完全に別物として扱ってくれているようで救われていた。
私が『あたし』の存在に怯えて泣きそうなときも、さりげなく気分転換をさせてくれていた。庭に散歩することを促したり、読書を薦めてくれたりと、紛らわせてくれた。そしてそれに不自然さも感じさせなかった。
『あたし』の存在に屈したように思えるから、絶対に泣いたりしたくない私の気持ちを察して、支えてくれていた。
(そういうところを、好きになったのよ)
私は『あたし』に言いたい恨み言は溢れんばかりにある。
けれど『あたし』が現れなければ、ブラットとこんな時間は持てなかった。こんな関係にはなりえなかった。
だから少し悔しいけれど、それには感謝しているのよ。
けれどそんな時間を詰み重ねたことで、余計に好きになってしまったのに。まさかあの『あたし』に好意を抱いたなどと考えると、それだけで血が凍るよう。
ブラットは私の質問に驚いたように目を瞠った。そしてすぐに目を逸らされる。とても怪しい! 必死に目線で追いかければ、「僭越ながら」と躊躇いがちに薄い唇を開かれた。
心臓がバックンバックンとうるさく鳴り響いている。
「とても手のかかる、妹が出来たようだと思っておりました」
「…………いもうと」
それは、喜んでいいのか。悲しむべきなのか。
愛しく思ったわけではなかったことには、心から安堵したい。でも同時に、恐ろしいことに気づいてしまった。
(それはつまり、私のことも、妹のようだと思っているのではなくて?)
護衛対象の皇女に対するにしては、情を傾けられていると思っていた。しかし彼は元々、姉の乳兄妹。私とは年も離れていたので、ブラットと親しく会話するほどの間柄だったわけではない。けれど元々妹のように思われていたと感じられなくもない。
そして『あたし』が現れたことで、更に妹と思う気持ちが深まってしまったのではなくて!?
ただでさえ私の容姿は大人っぽさに欠ける。必死に皇女らしく気高くあれと背伸びをしてきたつもりだけど、今22歳のブラットから見れば、私なんてきっとまだ子どもだわ。ましてや、今はこんな格好。
思い至ると同時に愕然とする。けれど別に不思議でもなんでもないことだった。むしろ、妹のように思う方が自然。
「そう……妹なのね。それは、迷惑をかけたわ」
なんとかそれだけを絞り出すだけで精一杯だった。
『あたし』が残した言葉と胸の奥の晴れやかな感情を考えると、この時間ももう終わりなのだと感じられる。兄も『あたし』との会話で察しただろう。きっと今頃、父である王に私の中の怪異が落ち着いたことを告げていると思われる。
けれどまさか最後で、妹だと思われていたという残酷な事実を暴いてしまうだなんて。
(聞かなければよかったわ)
『あたし』を好ましく思っていたと言われてもショックだったと思うけれど、私が完全に恋愛対象外だと思われていたこともかなり堪える。自業自得とはいえ、胸が抉られたように痛い。
けれどこれはそもそも報われるはずのない想いだったのだから。嫁ぐ前に、甘くて少し苦い想い出が作れただけ良かったでしょう?
「親身に付き合ってくれたこと、とても感謝しているわ。きっともう『あたし』は現れないでしょう。私の護衛の任は解かれるでしょうから、ブラットの世話になることはもうないわ。安心してちょうだい」
胸の内の動揺を誤魔化したくて、いつもより早口になってしまった。言い方も、きつくなってしまったように思う。けれどそれを取り繕う余裕も持てない。
想い人に妹のように思われているという事実を受け入れることが、こんなにも辛いなんて。
(なぜ私まで失恋することになっているの)
一日の内に、それぞれ別の相手に失恋するだなんて。それなのに感じる体は一つだけに、あまりにも負荷が大きすぎる。
それに先程『あたし』が泣いたせいか、涙腺が緩くなっているのかもしれない。じん、と目頭が熱くなってくる。でも私には矜持があるので、人前で涙なんて見せられない。
奥歯を噛み締めた口元は扇子で隠し、顔を上げる。もし私の目が濡れていたとしても、眩しい程の青空が染みたせいよ。
「護衛の任は解かれるかもしれませんが、殿下とのお付き合いは継続することになっています。一生」
(一生!?)
今すぐ場から立ち去りたいのに、腰を上げると同時に聞き捨てならない言葉を投げかけられて固まった。
目線を向ければ、ブラットが微かに笑ったように見えた。それは少し男臭くて、ちょっとドキリと心臓が跳ねる。失恋を自覚したばかりだというのに、なんて単純な心臓なの。
「どういうことかしら」
「この先、あの方が再び現れないという保証はありません」
「それは、そうでしょうけれど」
とても清々しい吹っ切れた気分が残っているから終わったように思えるけれど、可能性は零ではなかった。終わりたいという気持ちが強すぎて、私の中では終わらせていたけれど。
「これまでは状況が状況でしたので、殿下はこの一年間、療養という形で表舞台に立たれませんでした。ですがこのままでは殿下にとってはよろしくありません。こんなことでは婚期も遅れるばかりでしょう。かといって不安要素を拭えない状態で殿下が嫁がれることには、陛下は難色を示しておられました」
表面では両親は「大丈夫だよ」と言ってくれていた。けれど水面下ではとても心配を掛けさせてしまっていたのだと、今更思い知る。
「それらを踏まえて先日、殿下の降嫁先として俺の元に打診を頂いたのでお受けしました」
「え……?」
淡々と言われた言葉が理解できなくて、唇から間抜けな声が漏れた。
私の降嫁先? ブラットに打診されていた? そして、ブラットはそれを受けた?
つまり今この人は、私の……
「俺はあなたの婚約者です」
「聞いていないわ!」
「今お伝えしています」
あっさり言われて頷きそうになった。
ええ、そうね。今伝えてもらっているわ。なんて、納得できるとでも思っているの!?
「それならばなぜ、『あたし』がお兄様に告白するのを止めなかったの!?」
婚約者の不貞行為を見守るのはどういうつもりなの!? 相手はお兄様だけど!
「あの方がレックスナード殿下に告白をなさったところで、どうにもなりようがありませんから。悔いを残して万が一にも殿下にしこりを残していかれるよりは、ここで玉砕頂いた方が本人も納得されるかと思いました。実際、あの方は満足されていたでしょう?」
悪びれずに言われたそれに絶句しか出来ない。
そして微かに笑う顔が、少しだけ黒い気がするわ。気のせいかしら。そしてそんな自信を滲ませた笑みにすらドキドキしてしまうなんて、私の心はどうなっているのかしら!?
「待ってほしいわ。その前に、ブラットは私のことを妹のようだと言ったではないの」
期待しそうな胸を押さえて、睨むほどの強さでブラットの翡翠色の瞳を見据える。
私、失恋したんだと思ったわ。いえ、貴族間の婚姻は一族同士の契約であり、そこに愛なんて必要とされるものではない。けれどこんな厄介な任務を任されたブラットならば、面倒を引き起こしかねない私ではなく、他に好いた女性を選ぶ権利ぐらいは与えられたはず。
断ることだって、出来たと思うわ。
じっと見据えれば、ブラットは思い出したように頷いた。
「あの方のことは、妹のようだと思っていました。殿下のことも、最初は妹のようだと思おうとしました」
じくりと、胸が痛む。
「ですが殿下はあの状況においても屈することなく、涙を見せることすらご自分に許さなかった。その強さは、妹として庇護対象に思える方で納まってはいただけませんでした」
「!」
一歩、踏み込まれた。
たった一歩でも、ただの護衛としてはありえないほどの距離になる。けれど私の足は後ずさることをしなかった。どころか期待を訴える心音が耳元で強く鳴り響く。
「そんなあなたを、傍でお支えしたかった。出来ることなら、生涯を掛けて」
さらに踏み込まれたせいで、囁くような声でもしっかりと私の耳に届いた。
そんな言葉を告げられて、嬉しくならないわけがない。顔が熱くなっていくのを感じる。
それなのに皇女が簡単に絆されるなんて、という無駄な矜持が素直に喜ぶことの邪魔をする。
「そこまで仰るのに、決まる前に私の気持ちは確認してくださらなかったの?」
婚約者になるというのなら、最低限、私にも一言ぐらいお伺いを立ててくれてもよかったのではなくて!?
ずっと、ずっと好きだったのよ。
恨みがましい気持ちを込めてブラットを窺えば、目を細めて微かに喉を震わせた。
「殿下は確認するまでもなく、俺のことを好きでいてくださったではありませんか。それぐらいは見ていればわかります」
「なんですって……っ」
知られていた!? 私の想いを!? いつから!
顔が熱い。信じられない。動顛してぱくぱくと声なく悲鳴を上げる私の手を取り、腰を落とすとブラットは恭しく指先に触れるだけのキスを落とした。
「なにせ、ずっと見ていた好きな子のことですから」
そう言って私を見上げたブラットは、悔しいけど私が恋に落ちた時と同じ優しい笑顔を見せた。