税金について
税金をかけていなかったので、税金についての議論をしている。
「はーい。今日は、税金についての話だ、難しい話になるから、聞きたくない人は、会議に参加しなくてもいいぞー」
税金は、とても難しいモノである。
どうして、税金が難しいのか、順を追って説明しなければならない。
人生で避けられないのは、『死と税金』と言われまでのモノなのだ。
何故、税金が必要であるか知っているだろうか?
軍事、防衛、裁判、消防、警察、公共事業などについては、『市場経済』では、供給困難なサービスである。
道路は必要であるが、道路をつくるには、それ相応の費用がかかる。
土地も必要となるし、舗装をすれば、それだけ舗装費や維持・管理費も必要となる。
人を雇えば、それだけ人件費がかかる。
つまり、公務員などへの給与支払は、税金から支払われており、税金の徴収がなければ、公務員への給与支払いもできないのである。
逆に、『市場経済』は、市場において「モノやサービスを売ったり買ったりすること」が自由に行われている経済のことになる。
そして、経済活動の自由にもとづいて、利潤の追求を目的とした生産活動を行う経済の仕組みは、『資本主義経済』と呼ばれている。
『市場経済』のもとでは、モノやサービスの価格も、自由に決めていいことになっている。
モノやサービスの価格は、それを欲しいと思う人が、沢山いれば価格は上昇し、欲しいと思う人が少なければ価格は下がる。
価格=生産費(生産にかかった費用)+流通経費(輸送費など)+利益(利潤)+税
生産費が安く、利益をメチャクチャ上乗せしても、買う人がいればかまわないのである。
ただし、【市場原理】が働くので、そのうち、あまりのボッタくりは通用しなくなる。
異常な値段は、やがてバランスを取って、適正な値段へと変わって行く。
しかし、そのような適正な値段ならいいのだが、競争が激しくなると、値下げ合戦で倒産するような事態まで起こるので、企業は利益を確保するために、市場を独占しようとする。
その方法が、一社独占や合同のカルテルである。
カルテルは、企業同士がお互いの利益を守るために協議して、販売価格・生産数量・販売地域分割・操業短縮・設備投資制限・過剰設備廃棄・在庫凍結などの協定を結ぶのである。
独占市場であれば、企業側は価格決定権を握ることも可能なのだが、カルテルなどの独占が壊れると自由な市場となり、ボッタくりをしていた会社などは、淘汰されるのである。
歴史上、税金については、色々な争いが起きている。
今の現実社会においても、この税金問題についての解決は、まだまだできていないように思われる。
税負担は、各人の能力に比例して公平であり、支払時期・方法・金額が明確であり、納税者が支払うのに都合の良い時期と方法によって徴収され、最小徴税費とすることが望まれる。
しかし、これはあくまでも理想であり、財政需要を満たすのに十分な租税収入があげられるようにしたり、財政需要の変化に応じて租税収入を弾力的に操作できるようにされているのだ。
租税は、個人が受ける公共サービスに応じて支払う公共サービスの対価であるか、国家公共の利益を維持するための義務とするかで、考え方が変わってくる。
国や地方団体によって、色々なしがらみがあり、もとの理想とは全く違う税制ができあがることが多いのである。
詐欺のような税制や、二重課税をしたりといった、租税の原則を理解されていないモノまで見受けられる。
税金は、取ろうと思えば、空気からでも徴収可能となる。
実際の歴史では、窓から税金を取るような暴挙もあったのだ。
つまり、簡単に取れる所から、税金を搾り取ろうとしているのである。
租税の理念は、「公平・中立・簡素」の3点だ。
この『税金の原則』を知っていれば、どの税金が悪いかすぐにわかる。
ひとことで言えば、わかりにくい税金は、すべてダメなのである。
いろいろな注釈がされていたり、ワケがわからないように、誤魔化されているモノは最悪である。
また、各人の能力に比例して公平でなければならないのに、消費税などのような間接税については、一般庶民の税負担の割合が高くなる。
一律税率であれば、一見すると平等のように見えるのであるが、高額所得者からは相応の負担をしてもらうのが、租税の原則となっているのだ。
このようなことでも、知らなければ、簡単に騙されてしまう。
税金は、騙しの手口ではない。
進んで税金を納めたいと思ってもらえる村や町をつくることが大切である。
ネチネチと、あの税金が支払われていないだとか、これは経費で落ちませんとかは、税務署が決める事ではない。
税務署には、そんなことを決める権限はないのである。
わかりにくい税制、そのものが悪なのだ。
レシートのあるモノを事業と関係ないと判断することも、間違っていることが理解できたであろうか。
租税の歴史は、国家の歴史とも密接に関連してくる。
税金については、それほど大きなテーマとなるのである。
極端な増税は、農民など税の負担者を疲弊させ、反乱を招き、国家の滅亡に繋がることもあった。
歴史的には、労働、兵役やその地方の特産物等による納税が行われた時代もあったのである。
例えば、中国の万里の長城など歴史的な建造物の多くは、強制的な労働力の発動により作られたものと考えられている。
中世ヨーロッパの社会は、封建制度であった。
封建制度とは、領主が生産者である農民を身分的に支配する社会経済制度のことである。
この封建制度では、土地を支配する封建領主は、土地を耕作する農民から、色々なモノを搾取していたのである。
領主直営地における賦役としての農耕なども、重要な税のひとつである。
その代り、領主は統治者として、領民を外敵から守る役割を果たしていた。
領主の主収入は、地代などであったが、私的収入と公的収入が同一となっており、しばしば戦費調達のために、臨時の税金が課されたのである。
困ったことに、封建制度末期の貴族達は、商人達から借金を重ねていた為、徴税権を商人たちに売り渡したのだ。
商人達は、租税の代徴を行う徴税請負人として、人々から税を徴収していた。
だが、徴税の増益分は、自らの懐に入るため、過剰な租税の取り立てが行われたのである。
18世紀のフランスのアンシャン・レジーム(旧体制)の下では、3つの身分のうち、第一身分(聖職者)・第二身分(貴族)は、免税の特権を持っていたのである。
ちなみに、第三身分は、市民や農民である。
第三身分といっても、その中で、さらに大商人・金融業者・大地主・徴税請負人からなる「富裕市民」、商工業者からなる「中流市民」、職人・徒弟・労働者からなる「下層市民」、「農民」などに分類される。
本来、市民とは、政治経済的特権を保持した自由民のことであり、一言でいうとブルジョアのことである。
※もともと市民は、○○市に住んでいる住民のことを指す意味ではなかったから、一般ピープルであるプロレタリアート(労働者階級)は注意をして使うようにしよう。
このため、人々の租税に対する不満が高まり、市民革命によってヨーロッパの封建制は崩壊し、立憲君主制が始まったのである。
立憲君主制は、憲法により、その権力の行使が制限された君主制のことである。
立憲君主制になって、やっと君主の私的収入と国庫収入が、切り離されることになったのである。
租税収入が歳入の中心を占める公共財政が確立し、現代まで続いている租税の時代となっているのである。
「歴史から判断すると、オストマルク王国はアンシャン・レジームのところである」
「ちょっと盛り上がりすぎたが、次回までに対策を考えてくれ」
税金についての議論は、かなり白熱したので、まだ全然決まっていないのである。