投資とギャンブル
投資とギャンブルには、違いがある。
意味として似ているようであっても、まったく違うのだ。
でも、なかなかこの違いに気付けていない人も多い。
『領地経営』では、ギャンブルをしてはいけない。
何故なら、『領地経営』は、投資として行うモノだからだ。
『領地経営』と言っても、闇雲に手を広げて開発をしたりすると、すぐに息詰まる。
なんでも、かんでも手を広げればいいワケではない。
リソースである人・モノ・金は、有限でもあるからだ。
やること・やらないことも、しっかりと決めなければならないのである。
『領地経営』では、お金をゴミのように捨てることは、一番やってはいけないことなのである。
この世界では、商業都市国家のゼルトブルクが、投資上手な国だ。
この国を甘く見ていると、ケツの毛まで引っこ抜かれることになる。
ゼルトブルクには、すごく深い【闇】がある。
この部分については、後々に伝えることになる。
投資の場合は、リスクであるお金をかけて、上手にリターンを得ることだ。
価値のあるモノを安く買いたたき、よそでボッタくりのように高い値段で売却する。
右から左にモノを流すだけで、大金を一瞬にして稼ぐのだ。
そして、ひとつのカゴに全部の資産をのせず、たえず色々な所にリスク分散をしている。
倒産や失敗のリスクを限りなくゼロに近づけようとしいる。
失敗しないように上手に対応することが、投資の世界では大切なのだ。
ゼルトブルクも、毎年10%以上のリターンを出しているようである。
もし、毎年10%のリターンがあれば、7.2年で元の2倍の金額となる。
つまり、7.2年で、お金が倍に増えてしまうのだ。
別名で、『72の法則』とも言われている。
何年で、お金が倍になるか分かるのである。
このお金がドンドン増えることは、【複利】と呼ばれている。
毎年ただ10%ずつ増える場合は、【単利】と言う。
【単利】場合、10年かかって、やっと倍となる。
【単利】と【複利】では、伸び方が全然異なるのである。
しかも、投資は【複利】で計算するモノでもある。
逆に、この【複利】を知らなければ、投資をすることもできないのかもしれない。
ゼルトブルクでは、自分達は投機であるギャンブルをせずに、上手いこと相手をギャンブルの土壌に乗せてくる。
ゼルトブルクのような国は商人でもあり、気を抜くことが出来ないので、手の内を明かさないようにしなければならないだろう。
少しでも弱みを見せるとダメなのだ。
現実世界では、マフィアなんかの部類が、ギャンブルの会社の経営していることもある。
ラスベガスのようなカジノを想像すれば、すぐにわかるだろうか。
表の部分だけでは、世の中は回っていない。
「カジノなんかやって、そうそう勝てるヤツがいない」
「そりゃー、1万人に1人位は、カジノでも大勝ちするかもしれない」
「スッテンテンになってもいいなら、やればいいだろう」
その1万人に1人を目指すことが正解なのか、考えたら誰でもわかることだ。
掛け金の60%から80%しか、返ってこないようにできているのがギャンブル。
胴元が儲かるように設計されており、お金をつぎ込むと借金地獄になるのがギャンブルなのだ。
今回のエルフとドワーフの人材を雇うことについては、投資が成立すると判断した。
それは、短期的に儲けることではなく、長期的な視野で、資金を事業に投じることになると感じたからだ。
エルフとドワーフの雇用は、短期的に儲けようとするギャンブルではない。
つまり、短期的な儲けではなく、長い目でリスク・コントロールをすることもできると踏んだのだ。
もちろん、結果として、短期的にも信じられないの成長曲線を描くことになるだろう。
S級冒険者のカンとメグミの予想数字から判断することができる。
でも、今の何もない辺境で、金も技術も無いヤツが色んなことを言っても、ただの空想の話となる。
空想の話を声高に叫んでも、虚しくなるだけでろう。
それだけの覚悟を持って、結果を残す為に真剣にやるしかないのだ。
私には、偉大なる勇者としての名誉とお金がある。
つまり、人・モノ・金のすべてが万全の状態なのだ。
このリソースを使わない手はない。
チートと言った、有りえないような才能で、状況を切り抜けて行く話もある。
または、神のご加護で何とかなってしまうストーリーもある。
それはそれでいいだろう。
でも、再現性のない方法は、投機やギャンブルと同じなのかもしれない。
たまたまも重要だが、何度やっても成功する再現性が、最後には重要となると考える。
【運】任せで無茶をすれば、すぐにスッテンテンになって、簡単に終わってしまうからだ。
それが、数字である確率に現れる。
数字が嫌いな人も多いが、数字には真実が現れることもある。
保険なんかは、そのもっともたるモノだ。
いちかばちかのギャンブルに挑戦することは、自分自身でなければ止めることはない。
でも、ギャンブルでは失敗する確率が高くなる。
自分自身で、一から内政をすることは、貴重な体験になるかもしれない。
でも、ワザワザ遠回りをして、自分自身で町をつくることに意味があるのだろうか?
それならば、専門家にちゃんとしたお金を支払って、準備をすることも重要だと感じるのだ。
つまり、分かりやすく言えば、過程ではなく、結果が重要なのだ。
才能のないモノが、いくら頑張ってもできない世界がある。
または、才能がある人がやれば、とんもない成果を出せる世界がある。
このことを知っていなければ、自分の不得意分野に、時間とお金を浪費してしまうことになるだろう。
投資とギャンブルについては、しっかりと分けて考えなければならない。