7話 魔王降臨:後編
前回の続きです。
隊長の思いつきに護衛隊全員の言葉が重なる。
アトレーユは今までに見たこともないくらい楽しそうな笑いを浮かべた。それはまるで悪魔のような、いやそれを通り越して魔王のような恐ろしい笑みだった。
「まぁそれはとても面白そうね。私も見てみたいわ」
キャルメ王女はにっこりと無邪気な笑みで、魔王の言葉を後押しする。その天使のような笑顔は、今はどす黒い(そう見える)魔王の隣にいるせいか、まるで魔女、いや魔界の女王のようだ(なぜか別の意味で胸がドキドキしたと後にアトスは語っている)
二人の魔界の王たちの妙な威圧感に負けてしまいそうになる護衛達だったが、身体のでかいガノンを盾に必死の抵抗を試みる。
「いやいやいやいや!いけませんて!王女殿下のお側を離れるなど、護衛としてはあるまじき行為ですから!はい!」
「そ、それに今から参戦しては、ラーデルス王国の兵士の方々の邪魔になってしまいますよ!ほら!彼等の誇りを踏みにじるわけには参りませんて!」
ぺらぺらと口をついて出る言い訳の言葉に、次第に魔王の表情が凍てつくものに変わっていくのにそう時間はかからなかった。
「ほぉ~……お前たちは彼らのように自らの肉体を虐めることもせずに、この高台でのんびりしているだけの軟弱者だと、そう言うのだな?」
美しい紫の瞳が、今は魔力をもったおぞましい魔石のようにしか見えない(セレスはこの時ほど死を覚悟したことはないという)
(死ぬ!まじで殺される!逃げたい!)
(お前行け!お前が死んで来い!!逃げたら俺がやられる~!!)
アトスとセレスはどちらも相手を犠牲にしようと、ガノンの背中の裏でお互い押し合いをしていた。その間、彼等の盾となっているガノンは、ピクリとも反応をしない。
「…………」
アトス達兄弟が必死に隠れようとガノンの背中でごそごそとしているのに、ガノンはそれにも反応せず、またアトレーユの鋭い眼差しにも動じないことに、流石に不思議に思った兄弟は恐る恐るガノンを覗き込んだ。
「ん?おい、どうした?ガノン?お前――まさかまた――」
アトレーユもその異変に気が付いて、ガノンに手を伸ばそうとした。しかしぐらりとその巨躯が傾いたかと思うと――
――バターンッ!!――
「いってぇぇぇ!おい!ガノン!お前何やってんだよ!」
「早くどけって!重いってかでかい!俺は野郎の下になって喜ぶ趣味はねぇんだよっ!」
ぎゃあぎゃあ騒ぎながら、必死に二人は倒れ込んできたガノンの身体をどけようとする。そんな彼らの様子に、アトレーユをはじめとした他の者達は呆気に取られていた。
しかし何故だか令嬢の一人、エレンだけは、ガノンの下敷きになっているアトスとセレスの様子を見ながら、顔を真っ赤にして悶えているようだ。護衛騎士の三角関係とかまじ萌えるとか、そのまま3人でしても美味しい!とかいう意味不明の言葉が聞こえてきたが、彼らの耳には届いていないようだ。
「――あ、逆転してる」
そんな騒ぎをしり目に、ポロリと言葉を発したのは、令嬢のミイナだった。劣勢だったはずの赤軍は、見事その状況を覆して、黒軍の軍旗を奪っていた。肝心のシーンを皆は護衛達のやり取りで全て見逃していた。
「……い、以上が模擬戦形式の訓練となります……」
ラーデルス王国の騎士団長も、この異様なやり取り、というかアトレーユの凍てつくような殺気を感じ取っているようで、なんとも言えない同情の眼差しをこちらへと向けている。(こんな優しい上司の元で働きたかったと後にセレスは語る。自分よりイケメンだが許してやるとのことだ)
「ふん、折角のいい場面を見逃してしまったな(訳:お前たちのせいだな!)
非常に残念だ(訳:お前たちの命が今日これまでなのが)
さてこれからどうしようか?(訳:さぁ、どうやって死にたい?)」
何故かアトレーユの言葉に、本来聞こえるはずのない心の声が重なって聞こえてくる。
ガクガクブルブル……
見ただけで射殺されそうなほど恐ろしい魔王の視線から逃れる為、アトス、セレスは兄弟で手を握り合い、じりじりと後ずさる。しかし逃げ場はない。
「ラーデルス王国の兵士の方々は、いつもこのように派手な訓練をなさっているのですか?」
その時まるで天からの助けのように、頭上からキャルメ王女の言葉が降ってきた。(この時ほど王女殿下が天使に見えたことはないとセレスは語る)
王女のおかげでどうやら隊長の関心が、ラスティグ騎士団長の方へと移ったようだ。
「いえ、これは日々の訓練の成果をそれぞれが示し合う場というか……そうですね。普段の訓練もお見せいたしましょうか?基礎訓練の一つなのですが、これが我が国伝統の地獄の猛特訓といいまして……」
「なに?!それは面白そうだ(訳:こいつらのお仕置きに丁度いい)
早速拝見させて……いや!今度は体験させてもらおう!(訳:くくく……処刑方法はこれで決まりだ)
うちの隊の者は少し体がなまっているらしいからな(キリッ)」
アトレーユはラスティグの言葉に若干食い気味に興奮しながら話すと、ギギギとその顔を彼等へ向けた。
そこにあったのは血を求めている残酷な魔王の笑みだった……(この時ほど隣国の騎士団よ滅びろ!と思ったことはないとセレスは語る。そして若干ちびりそうになったことは秘密だそうだ)
「あわわわわわわわ……ま、魔王が……」
「完全に……降……臨……」
「ん?なんだ?」
「「なっ……なんでもありませーーん!(死)」」
完全に降臨してしまった魔王アトレーユの前に、結局アトスとセレス兄弟はその後の地獄の猛訓練とやらをたっぷりと堪能させられた。
その内容と散々な結果は……まぁそれはあえて彼らの名誉の為に伏せておくが、その後しばらくの間、アトレーユを見るだけで足がすくむ結果となってしまったとだけ言っておこう。
――後日――
「……国境警備時代一体何があったんだろうな?ガノンの奴」
「そうだな……立ったまま気絶できるほどの事が隊長との間であったに違いない……」
「「俺も途中で意識を失いたかったよ……」」
深いため息とともに語られるアトス、セレス兄弟の言葉に、その日の記憶のほとんどが飛んでしまっているガノンは首を傾げるばかりだった。
ご覧いただきありがとうございました( *´艸`)
絡み合う男共……いかがでしたか?(BLじゃないですよ?w)
心の声を( )で書くのあまりやらないのですが、コメディだとなんか面白いですね☆
次回はクリスマス特別番外編の予定です(まだ執筆してないのでこれから頑張ります……)