特別編:嵌められた騎士団長
※本編とは違う形でアトレーユの男装がバレたというIF展開のラブコメ特別編です。
※作中のイラストは長岡更紗様主催の第五回イラスト交換企画で、ペアになった絵師様に描いていただいたイラストになります。
柴野いずみ様作画:キャルメ王女
ひだまりのねこ様作画:アトレーユ&ラスティグ
知様作画:ナイル
隣国ラーデルスに滞在しているロヴァンス王国の一行は、ラスティグの実家であるストラウス公爵家が持つ屋敷の一つへとやってきていた。
「や~本当にすごい屋敷ですね。あの真面目そうな騎士団長が、次期公爵様だなんて想像もしなかったな~」
「いやいや、あのお綺麗な顔だぞ?うちの隊長とタメ張れるくらいの美男子が、高貴な血筋なのはむしろ必然ってやつだな」
そう言って噂話に興じているのは、キャルメ王女護衛隊のアトス、セレス兄弟である。今は案内された客間の入り口で護衛をしながら、しきりにその内装の豪華さに目を丸くしていた。
一方のアトレーユは、客間のソファで寛ぐキャルメ王女の傍らで、冷ややかな視線を部下達へと向けている。主人の手前であるため表立って怒りはしないが、王族の護衛としては些か礼節が足りない。だが当のキャルメは彼らのやり取りを楽しそうに見守っていた。
「ふふ、アトレーユとあの騎士団長殿は、皆から見ると同じくらいの美形なのですって」
「はぁ、確かに整った顔かな……とは思いますが……」
悪戯っぽい笑みを浮かべて声をかけてきたキャルメに、アトレーユはなんと返してよいかわからずどこか気の抜けた返事をする。
ラーデルス王国へとやってきて初めて言葉を交わした相手が、あの騎士団長――ラスティグ・ハザク・ストラウスであった。初めはあまり良い印象を抱かなかった相手だったが、目の当たりにしたその剣技は騎士団長の名に相応しいもので、今ではアトレーユも一目置いている相手である。
キャルメからその名を聞いて思い出したが、いまいちその美醜に関してはピンときてはいない。印象に残っているのはラスティグが戦闘時に見せた、鋭い気迫と研ぎ澄まされた技ばかりだ。
そんなアトレーユの反応に、キャルメは少し考えるように首を傾げてから話を続ける。
「貴女は彼が美しいとは思わないの?ほら、凛々しい眉毛に、宝石のような金色の瞳と艶やかな黒髪。鼻筋はよく通っていて、唇の形まであれだけ綺麗なのよ?肌も男性にしては色が白くて肌理が細やかだし、それでいてあの見事な鍛えられた身体。神が作ったと言われても納得してしまうほどなのに…………」
そう言って頬に手を当てて熱い溜息を吐くキャルメは、まるであのラスティグという騎士に気があるかのような口ぶりだ。そのことにアトレーユは何故か面白くない気分になってくる。
「そうは言っても、綺麗すぎるのも男としてはどうでしょう?貴族然としているよりも、無骨な方が騎士らしいと思いますが……」
勿論騎士にとって一番大事なのは実力であり、そこに見た目など関係がないことはわかっている。それでもなんだかおもしろくなくて、ついつい相手を貶めるような物言いになってしまう。
明らかに気分を害したアトレーユに対し、傍らでそのやり取りを見ていたセレスとアトスは、ひそひそと内緒話を繰り広げていた。
(あれって完全に自分のこと棚に上げちゃってるよね。隊長ってば何にもしてなくても綺麗だし、貴族にしか見えないし)
(そうそう。何なら隊長の一族ってほとんど皆そうだから。次男のグリムネン様を見ろよ。あの体格でなけりゃ、誰よりも貴族らしい麗しい顔だぞ?)
扉の外側で護衛をしているガノンも、騎士兄弟の言葉に一人頷いている。どこか嬉しそうなのは、自分のような無骨な騎士の方が良いとアトレーユが明言したからだろう。
そんな風に護衛トリオが見守る中、キャルメとアトレーユの会話は続く。
「そうかしら?でも彼は公爵家の嫡男なのに、騎士団長まで上り詰めたのよ?しかもあれだけの若さで。それがどれだけ大変なことか、貴女ならわかるのではない?特にロヴァンスと違ってこのラーデルスは、騎士よりも貴族の方が力が強い国なわけだし」
「それはそうですが……」
妙にあの騎士団長の肩を持つキャルメに、アトレーユは悔しいような焦りのような感情が溢れてくる。確かにあの若さで騎士団長と聞いた時は、随分と驚いたものだ。騎士一族であるポワーグシャー家も負けてはいないが、ロヴァンスとラーデルスでは状況も違うだろう。
ロヴァンス王国は建国の際に騎士が尽力したこともあり、貴族といえどその家から騎士を輩出するのはごく普通のことで、むしろ名誉と言ってもいいくらいだ。男児として生まれれば騎士になることが推奨されるのが常である。筆頭公爵家のポワーグシャー家などそのいい例だろう。家長の公爵など(アトレーユの父セガロンのことであるが)、公爵とは名ばかりで領地の経営は妻と家令にほぼ任せきりで、自身は将軍として国の軍事の要職を担っているほどだ。
そんなロヴァンス王国と違い、ラーデルス王国では貴族が騎士になるというのは、いわゆる落ちこぼれの扱いであるという。何故騎士になるのが落ちこぼれになるのだと、内心憤慨していたアトレーユだが、それもまたお国柄というものなのだろう。
そうしたことを鑑みると、公爵家の嫡男でありながら騎士団長までなったラスティグという人物は、かなりの変人ということになるわけだが、いかに貴族としての家柄があったとしても、実力がなければ騎士団長など務まらないだろう。そこは認めるしかないとアトレーユもわかっていた。
だが理性と感情は別物である。自分でない騎士をやたらと褒めちぎるキャルメの姿に、彼女の騎士として面白いわけがない。
そんな内心を知ってか知らずか、キャルメはとんでもないことを言い出した。
「つまり私が言いたいのは、彼ならば貴女を任せてもいいのではないかと思って」
「えっ!?」
「「「えっ!!?」」」
この言葉には流石の護衛隊の面々も驚きに声を上げていた。一人扉の外にいるガノンの声は、広い離宮の廊下に虚しく響く。
「ど、どういうことですか……?」
「あら、自覚がないのかしら?貴女から他の男性について熱心に話をされたことなんてないから、てっきり気があるのかと……」
「そ、そんなわけないではないですか!私がいつそんなことをっ…………」
キャルメの言葉に目を丸くしたアトレーユは、口ではそう言いつつも内心ドキリとする。彼女の言うことに自覚があったからだ。
先日街へ出た際に裏路地で偶然ラスティグと遭遇し、彼の見事な剣技を目の当たりにしてその出来事をキャルメに熱心に語ったのは記憶に新しい。色恋とかそういうつもりではなかったのだが、騎士としてその技量に魅了されたのは間違いない。またその恵まれた体躯にも、嫉妬のような憧れのような感情を抱いているのは事実だった。
すっかり動揺してしまった愛すべき騎士に、王女は柔らかな笑みを向ける。
「ふふ、私としては貴女が女性らしい感情を持つことに反対する気はないわ。むしろ喜ぶべきことだと思っているのよ?それに私がこの国に嫁いだなら、ロヴァンスの騎士である貴女とはこのままお別れになってしまう。それよりもこの国で好きな人を見つけて一緒になってくれたら、そっちの方が嬉しいわ」
「そ、それは……」
キャルメの思ってもみない発言に、アトレーユの中に迷いが生まれた。騎士としていつまでも王女を守るつもりでいたが、彼女が異国の地へ嫁いでしまえばそれまでだ。だったら自分も同じように異国へ嫁ぎ、キャルメの側にいる方がいいのではないのかと。
(私があの騎士団長の嫁に……?)
貴婦人らしくドレスを着た自分が、ラスティグの横に妻として並び立つ姿を思い浮かべる。背が高く体格の良い彼の横にいれば、女性にしては大柄な自分でも少しは見れるだろう。
だが女性らしく過ごしてきた経験がほとんどない為、夫婦としてどのように接するのかは全くわからない。ぼんやりと思い浮かぶのは、ドレスを着てても剣を握りしめている己の姿のみである。
(ドレスを着るのはダンスの時だけでいいかな……?あ、でも女性のパートなんか踊れないぞ……その場合あちらに女性のパートを……ってそれは無理だろうし……)
うんうんと悩みだしたアトレーユを横目に、キャルメは優雅に紅茶のカップを傾ける。侍女に扮して給仕中のナイルは、一連のやり取りを呆れた様子で見守っていた。
(そうは言ってもあの騎士団長、隊長のこと絶対女だと思っていないと思うけど……)
王女付きの侍女としてラーデルス城のあちこちへと足を向ける機会があるナイルは、騎士団長であるラスティグのことも勿論知っていた。そして彼がアトレーユに対してあまり良い感情を持っていないということも。
(まさか王女殿下の秘密の恋人だと思われているなんて、当の本人達は想像もしてないんだろうけど…………)
しかしそんなことをこの場で言うつもりはない。ナイルに任されているのは諜報活動を兼ねた護衛だが、色恋に関しては管轄外だ。それが王女の危険につながるというのならば考えなくはないが、今この場でそれを話してアトレーユを王女から遠ざけるようにする方が、身の危険につながるだろう。だからと言って隊長が女性であると知られるのも、どこにいるかわからない敵に侮られる恐れがある。
つまりナイルは、この件に関しては何もしないのが得策であると判断した。すました笑顔で王女にお茶のお替りを勧めるのみである。
「キャルメ様、お茶のお替りはいかがですか?」
「いえ、そろそろ……ほら、来たわ」
王女の言葉が示すように、部屋の外に足音がいくつか響き、王太子のノルアードと騎士団長のラスティグが来たことが伝えられた。
「ご機嫌いかがですか?王女殿下。王都から離れているとはいえ過ごしやすい場所を選んだつもりですが、ご不便をおかけしていませんか?」
「いえ、大丈夫ですわ。王太子殿下。こんなに素敵なお屋敷をお持ちなんて、ストラウス公爵家はさぞかし素晴らしい一族でいらっしゃるのね」
にこやかに挨拶をするラーデルス王国の王太子ノルアードに対し、キャルメも負けずに微笑み返す。だがその内心ではかの騎士団長の一族である、ストラウス公爵家に関する情報を仕入れる気満々のようだ。
「ありがたきお言葉、恐縮にございます王女殿下。ここは先々代のストラウス公爵が愛する妻の為にと建てたものでして、今ではこうして客人を招いたりする以外には使ってはいないのですが、殿下に気に入っていただけたのなら彼も喜んでおりましょう」
キャルメの言葉に美しい顔に笑みを浮かべて返したのは、件の騎士団長のラスティグである。王族と言ってもおかしくはないほどの気品と華やかさを持つ人物だが、見事な体躯と腰に差した長剣が、彼が騎士であることを示していた。
そんな騎士団長を見つめるアトレーユの視線は、些か冷ややかなものである。眉間にしわが寄っていることなど、本人は気が付いていないだろう。少し揶揄いすぎたかしらとキャルメは内心想いながら、ラスティグとの会話を続けた。
「まぁ!では今後、騎士団長殿の愛する妻となる方が、この屋敷の女主人になるということですわね。その幸運な女性の名前は何とおっしゃるの?」
「え?……いえ、それは……」
キャルメの意表を突いた問いかけに、ラスティグはうろたえた。まさかそんなプライベートな会話を持ちかけられるとは思ってもみなかったのだ。しかしキャルメはニコニコとしたまま答えを待っている。哀れな騎士団長に助け舟を出したのは、ノルアードだった。
「ははは。残念ながらこの者は婚約者もまだいぬ身。剣に一途に生き過ぎて、女性と無縁の日々を送っているんですよ」
「まぁ、それでは恋人も?そんな風には見えませんが……」
キャルメは驚きに目を見開いているが、チャンセラー商会を通して既に騎士団長の交友関係は調べてある。婚約者や恋人がいないことは承知の上で、本気でアトレーユと騎士団長をくっつけようと画策しているようだ。
そんな色恋に妙に関心を持つキャルメに対し、ラスティグは困ったように眉を下げる。
「いえ、私は王太子殿下に仕えることが最優先ですので……あまりそういったことは……」
「でも公爵家の嫡男ということは、いずれは家を継ぐためにご結婚されるのでしょう?」
「まぁそうなるとは思いますが……」
「ではどのような女性が好みのタイプなのかしら?」
「え?」
「だって王太子殿下の側近ともいうべき貴方の伴侶となられる方ですもの。どういう方になるのか私も気になるわ。それにこういうお話は、女性の好みですもの、ねぇ?」
キャルメは揶揄うようにコロコロと微笑み、隣で控えていた侍女のナイルを見た。同意を求められたナイルも、内心やれやれと思いながらそれをおくびにも出さずに、にこやかに頷く。
「えぇ、殿下のおっしゃる通りです。是非ともお聞きしたいですわ」
そんな風に女性陣に言い切られては、ラスティグは退路を断たれたも同然だ。女性の好みについて皆の前で説明しなければならないという拷問に、変な汗が滲んでくる。
「えぇとそうですね……あまり考えたことはないですが…………しいて言うならば芯の強い女性でしょうか?」
「芯の強い女性?か弱い女性は好みではないと?」
「いや、その……自分はこうして剣の道に生きておりますので………普通の貴族令嬢ではその……あまり理解が及ばないかと」
「あぁ、なるほど。貴国では騎士という職は貴族社会では侮られるということでしたわね。では騎士であることに理解があり、かつ強い女性がお好みということですか?」
「え、えぇ……まぁそうなるのでしょうか……」
何とか絞り出した答えに王女が納得してくれたようで、ラスティグは安堵する。答えたことに偽りはないが、だからとそこまで女性に興味があるわけでもない。美しい女性に心惹かれたことがないと言えば嘘になるが、ノルアードの立太子を確実なものにする為に、自分の色恋など後回しにしてきたのは事実だ。いずれは公爵家を継ぐことになり伴侶も必要かもしれないが、今はまだその時ではない。
「ふふ……」
「王女殿下?」
ラスティグの言葉をどうとらえたのか、キャルメは思わずといった笑いを零し、そして今度はノルアードへと向き直ると、王族らしい笑みを浮かべた。
絵:柴野いずみ様
「いえ、何でも。それよりも王太子殿下、私少し気になることがございますの」
「気になること?それは一体何でしょう?」
「せっかく王都を離れて遊びに来たのですし、少しばかり羽目を外したいと思いまして。それに私の騎士たちも随分と退屈しているようですから」
キャルメの言葉に戸惑ったのはラーデルスの者達ばかりでなくロヴァンスの者達もだ。悪戯好きの王女がただ提案しただけとは思えない。
「そちらの騎士団長と私の護衛隊長、そのどちらが強いのか気になりませんこと?」
そう言ってキャルメは、まるで小悪魔のように可愛らしく首を傾げて微笑んだ。
********
「ミローザ、貴女の騎士として必ずや勝利を捧げることを誓いましょう」
麗しの騎士アトレーユが、膝をつきキャルメの手の甲へ口づけと誓いの言葉を贈る。その美しい光景に、屋敷のメイド達は黄色い声を上げていた。
王女の思惑通り、アトレーユとラスティグは花咲く庭園の一角で剣による試合を行うことになった。単なる王女の暇つぶしと思われたが、ラスティグとノルアードはそうは思ってはいない。
ロヴァンスの王女についてきた護衛騎士隊長というアトレーユという騎士は、誰が見ても大層な美男子だ。また王女に接する距離が近いことと、王女がかの騎士にその距離を許していることから、秘密の恋人同士ではないかとラスティグは睨んでいた。
(……まさか自分の恋人の強さを見せつけたいのか?それでノルアードを牽制しようとでもいうのだろうか……)
王女に勝利を約束するアトレーユの姿に、ラスティグは苛立ちと疑念を募らせる。己の主である王太子を馬鹿にされたような心地がして、静かな怒りに燃えていた。
(このまま王女がこの国に嫁いできたとして、あのアトレーユとかいう騎士まで残るようならば……どう排除するか考えねば………)
その為にもこの闘いは相手の技量を知るいい機会だろう。先日の路地裏での動きを見る限り、アトレーユはかなりの手練れのようだ。剣を使っていなかったから騎士としての動きはまだわからないが、素早さで言えば彼の方が上かもしれない。
そんな風に不穏な考えを巡らせているラスティグに対し、アトレーユの方は純粋にこの対決を喜んでいた。
(まさかこの場で闘えるなんて……)
直接闘う機会が与えられるのなら願ってもない。先日目の当たりにした凄まじい剣技に、一度刃を合わせてみたいと思ったのは事実だが、何よりラスティグをほめちぎっていたキャルメの目の前で自分の方が強いことを示さなければ、王女の騎士として立つ瀬がない。
「両者とも構え!……始め!!」
剣を構えて真っすぐに相手を見据える。戯れの闘いとはいえ、使うのは真剣だ。キャルメは木剣を使うようにと反対していたが、アトレーユとラスティグ双方の提案で、普段から使っている真剣の方が良いだろうとなったのだ。
勿論大きな怪我となるような攻撃は寸止めをするようにと決められたが、体術などの攻撃を入れるのは認められている。アトレーユは思ってもみない真剣勝負に、己の騎士としての血が騒ぐのを感じていた。
静かに剣を構える相手。恵まれた体躯に見合う長剣を装備している。路地裏で見た闘いでは、大きく踏み込んだと同時に繰り出した突きの威力は相当なものだった。おそらくあれがラスティグの得意とする技なのだろう。
それを見越した上でアトレーユは先に仕掛けることにした。
「はぁっ!!」
「っ――」
――ビュッ!!――
(来たっ!!)
間合いを詰めようと踏み込んだところで繰り出されるその腕の長さを生かした攻撃は、思っているよりもずっと早くこちらへ届く。
だがあらかじめ予想していたから問題はない。また相手も寸止めをすることを念頭に置いていたせいか、前に見た時よりも威力はそれほどではなかった。
瞬時に身を屈めてそれを避け、しゃがみこんだと同時に足元へと剣を薙ぐ。こちらの動きに気が付いた相手が咄嗟に後方へと飛びのいた。軍靴を刃が掠める音と感触だけが手元に残る。
避けられることは想定内。だがそうして崩した相手の体勢をそのままでいさせるほど、アトレーユも甘くはない。
低い姿勢のまま剣の勢いに任せて体を回転させ足を蹴り上げれば、それは見事に相手の手元に命中した。
――ガッ!!――
「くっ……!」
怯んだすきにこちらも体勢を立て直し、追撃を試みる。しかしそこは腐っても騎士団長。蹴りによる攻撃もさほどダメージがなかったのか、一瞬で体勢を立て直したかと思うとすさまじい一閃がこめかみのすぐ横を突き抜ける。
「っ――!」
はらりと舞うのは、その身の代わりに切り刻まれた銀の髪。陽光による反射が一瞬その角度を変えたことで、その攻撃をかろうじて見切れたが、そうでなければ目を潰されていたかもしれない。
相手の本気にヒヤリとしたものが背中を伝うも、だからと言って挫けるような弱い心をアトレーユはしていない。
だが相手の方はアトレーユの身のこなしに、驚いているようだ。目を瞠り思わずつぶやく。
「まさかこれも避けるとは……」
「つまり本気で潰しにかかったと?」
暗に寸止めをする気がなかったのかと問えば、くしゃりとその顔が歪んだ。
(……その技術がないわけではないだろうが……何やら私怨でも持たれているのか……)
騎士団長に恨みを持たれるような覚えはないが、相手は異国の騎士。自分の知らない思惑があってもおかしくはない。だが闘いの約束事を忘れるような相手を慮ってやる必要はないだろう。
「私の顔がよほど気に食わないのか、騎士団長殿は忘れっぽいと見える。もしかして寸止めをする技量をお持ちではないのかな?」
「…………貴殿なら避けるだろうとそう思ったまでだ」
嘲るようにそう言えば、表情を歪めた相手は苦し紛れにそう言った。それが本心かどうかはわからないが、事実アトレーユはそれを避けてみせた。その技量は確かに人々の前に示されたのだ。だがそれだけでは不十分だ。
「なら貴殿はこれを避けられるかな?」
「何っ?」
――ヒュンッ!ヒュンッ!ガッ!!ヒュンッ!!――
話に夢中になっている相手の懐に飛び込み、アトレーユは素早い連撃を繰り返す。踊るようなステップで踏み込んでは、上下左右にとその剣を突き出していく。
相手は手元にその剣を引き戻して対処するも、利点であるリーチの長さを生かせずに防御に徹していた。
だがアトレーユは剣をがっつりと交えることだけはしなかった。力で対抗しようとすれば、男女の体格差もあり負けるとわかっているからだ。
(つかず離れず、速さを生かした剣で攻めなければ……)
だがそうした戦術は直ぐに相手の見破るところとなった。
――ギャンッ!!ガッ!!――
「うっ!!」
「アトレーユっ!」
剣を弾かれたと同時に胴へ蹴りを喰らう。重たいその一撃に胃液がせりあがるも、倒れ込みそうになる寸でのところで踏ん張る。だが上体が前のめりになったその一瞬の隙を相手は見逃さなかった。
――ビュッ!!――
首筋へと振り下ろされる刃。今度こそきちんと肌に触れるか触れないかの距離で止められた刃は、本物の戦場であれば確実にその命を奪うものだっただろう。
「勝者、ラスティグ!!」
無情にも響く勝敗を決するその声を、地面を見つめたままのアトレーユは悔しさに歯を食いしばりながら聞くしかなかった。
「アトレーユっ!ごめんなさい!私がわがままを言ったばかりに……」
「ミローザ……」
勝負を終えたアトレーユの下に、キャルメが今にも泣きそうな顔で近づいてくる。きっと自分の悪戯によってアトレーユが思わぬ怪我をしてしまったことに、酷い罪悪感を抱いているのだろう。
「大丈夫です。これくらい何ともありません」
「でもっ――」
「ガノン、殿下を頼む」
アトレーユは胸に飛び込んできたキャルメの背を宥めながら、部下のガノンに彼女を任せた。
ガノンも心得ていたようで、黙って頷きを返すとキャルメの手を取りアトレーユから引き離す。王女が離れたところでアトレーユは再びラスティグに対峙した。
「ラスティグ殿……見事な技だった。私もまだまだだ」
「いや……貴殿もなかなかのものだった。つい我を忘れて本気になってしまうほどに」
「ははっ、そうか。貴殿ほどの剣の腕の者にそう言ってもらえるとは光栄だな」
アトレーユは顔が引き攣りそうになるのを必死に堪えて笑みを返す。キャルメが取り乱している今、自分が荒れては余計に心配をかけるだろう。なるべく平静を装うように心がけ、この場を乗り切るしかない。
だが思っていたよりも腹に受けた蹴りの一撃が重く、長くは持たなそうだった。そこへ助け船を出したのは侍女に扮したナイルだった。
「アトレーユ様、着替えを――」
「あ、あぁ……そうだな。少々汚れてしまいましたので、御前を失礼いたします」
闘いによって汚れてしまったことを理由に、アトレーユは辞去する旨を伝えた。キャルメの側を離れるのは心配だったが、ナイルが目配せで大丈夫だと告げていたので何とかしてくれるだろう。何よりこれ以上みっともない姿を晒すわけにはいかない。
アトレーユは悔しい想いをかみしめながら、その場を後にした。
********
「クソっ……」
先ほどの闘いを思い出し、アトレーユは水面に映る己の顔を騎士服の上着で叩きつけた。バシャンと水が跳ね、波紋が大きく広がっていく。
着替えをと言われてあの場を離れたが、この屋敷に来たばかりで騎士である自分たちの荷物の搬入はまだ途中のはずだ。男装していることもあって離宮の使用人に手伝いを頼むこともできないので、せめてもと水で洗い流そうと離宮近くの小川へと来ていた。
さやさやと水が流れる小川の水面をのぞき込み、アトレーユは一人呟く。
「あそこでもう一手、別の攻め込み方ができていれば……」
素早さでは勝っていると慢心していた己が許せない。小手先の技術だけでは通じないとわかっていたはずなのに、防戦一方になっていた相手に油断した。
「私にあれだけの力と体格があれば…………」
これまで何度そう思ってきただろう。今でこそ隊長職につき皆からその強さを称えられているが、女であることによる力の差を感じなかったわけではない。
男女の歴然とした体格差。どれだけ鍛えても力で男に敵うはずがなく、何度負けという屈辱を味わったか知れない。
「……っ……悔しいっ……」
大切な姫君の前で無様に負かされたのだ。勝ちを期待していた彼女に、あんな泣きそうな顔をさせて何が騎士だ。悔しさに胸をかきむしりたくなってくる。だがそれをしたとして何になるだろう?自己憐憫に浸るだけでは強くなりはしない。
「……はぁ……」
一つ大きなため息をついて、アトレーユは持っていた上着を草の上に放り投げた。
騎士服の上着は先ほど水につけたから濡れてしまっている。暑い日だからこうして広げておけば、しばらくすれば乾くだろう。汚れもさほどついてはいないから、戻る時にそのまま着ればいいだけだ。
悔しさを必死に飲み込んで、アトレーユはシャツを捲り上げた。胸元からあばらを覆うように締め付けている布を緩める為だ。胸を押さえつける為のサラシが、今は少しきつかった。
「……うわ……これは中々に酷いな……」
赤紫に変色し始めている肌に、思わず呟く。痛みの感じでは骨は折れていないだろうが、しばらく動きに支障がでそうなほどの怪我だ。
益々この件はキャルメには内緒にしなければと思ったところで、望まぬ来訪者が現れた。
「こんなところにいたのか……」
「っ!!?」
庭園の木々を抜けてやって来たのは、先ほどまで闘っていた相手である騎士団長のラスティグだった。
アトレーユは慌ててシャツの前を合わせて、首だけを相手に向ける。
「何故ここに……?」
「いや、それはこちらのセリフだ。使用人が貴殿が屋敷に入らずにどこかへ行ったと言っていたから……」
見られていたのだと内心舌打ちをする。着替えの準備ができていないなどただの言い訳だ。だが負けが悔しくて一人になりたかったなどと、本人を目の前にして言えるわけがない。
しかしそんなアトレーユの内心に気づかずに、相手は川辺にしゃがむアトレーユのすぐそばにやって来る。
「……怪我の具合が悪いのか?」
「……」
うずくまっているからか、相手は心配そうな声で聞いてきた。だがそれを肯定するのもなんだか癪だと思ったアトレーユは、顔を背けて黙り込む。不機嫌さを滲ませたつもりだったが、相手はそうは捉えなかったようだ。
「思ったよりも強く蹴ってしまったからな。医者に見せた方が良い、ほら」
そう言って腕を取り自分の方を向かせようとするラスティグに、アトレーユは慌てて身をよじって抵抗した。
「っ――放せっ」
「あっ!おいっ!」
――バシャンっ!!――
無理に振り払おうとしたせいで、アトレーユは川の中へ倒れこんでしまった。ラスティグが慌てて近寄りその体を抱き起す。だが彼はその時、思ってもみないものを目撃した。
「は――?」
濡れてはだけたシャツの間に見えたのは、布で巻かれた華奢な胴にあるまじき胸のふくらみ。その谷間がはっきりとそこにはあったのだ。
(どういうことだ……?)
突きつけられた事実に完全に思考が停止するラスティグ。その隙にアトレーユは自らの足で立ち上がり、騎士団長の腕から抜け出した。
シャツまで完全に濡れてしまったアトレーユは、これ以上ここにいても仕方ないと未だ濡れたままの上着を拾い肩に羽織る。そうしてその場を離れようとしたところで、ようやく意識を取り戻したラスティグが彼女を引き留めた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!君は女性なのかっ!?」
「……それがどうしたっていうんだ?」
女だからと負けた理由にされたくないアトレーユは、全身ずぶ濡れになったこともあって不機嫌に返す。だがラスティグはそんなことはどうでもいいと言うように、尚も問いかける。
「そんなっ……そうだとわかっていたなら……」
「……先ほどの闘いで手加減をしたとでも?」
相手の言葉の意図を汲み、アトレーユは嘲るように笑った。自嘲しているのかこちらを馬鹿にしているのかラスティグにはわからなかったが、それでも己が過ちを重ねてしまったことだけはひしひしと感じる。
(まさか彼が――いや彼女が女性だったなんて……)
今の今までアトレーユのことを、王女殿下の秘密の恋人だと信じて疑っていなかった。先ほどの闘いの後も、この騎士を心配してその胸に飛び込んでいった王女にラスティグは怒りを覚えていたのに。
だが彼女が女性ならば王女との距離の近さも頷ける。そしてそれを王女が何の抵抗もなく受け入れていることも。
「……何てことだ……」
今更ながらに己の愚かさに気づかされるラスティグであったが、当の本人であるアトレーユは気にしてはいない。むしろ闘いの際に女性であるがゆえに手加減されたかもしれないと思うと、憎たらしいという思いさえ湧いてくるほどだ。
「もういいか?これ以上私を惨めな気持ちにさせないでくれ」
そう言って立ち去ろうとするアトレーユを、ラスティグはその肩を掴んで引き留めた。
「だ、ダメだ!いや、そんな濡れたままでは風邪を引く!それに怪我もしているんだぞ!」
相手が女性だったということでラスティグはかなり焦っていた。何の手加減もなしに腹部に蹴りを入れたのだ。今思えば女性の華奢な体にそんなことをしていたのだと思うと、ぞっとする。
「それなら気にすることはない。元々真剣勝負だったのだし……」
「いや!ダメだ!」
手を離せばすぐに行ってしまいそうな様子に、ラスティグは彼女を強引に引き戻した。ラスティグが力を入れれば、簡単に潰してしまいそうなほど華奢な肩。騎士として鍛えてはいるが男女の体格差は明確だ。その細さにラスティグの焦りは一層加速した。
「濡れたままではダメだ!早く脱がなくては……」
「え?!ちょっ……!」
ずぶ濡れの上着は再び放り投げられ、薄手の白いシャツも剥がされる。だが肌を覆うのがサラシだけになったところで、ようやくラスティグも己の所業に気が付いたようだ。
「はっ!す、すまないっ……そういうつもりではっ!」
「いや……それはわかってるけど……」
慌てふためくラスティグの様子に、アトレーユはすっかり毒気が抜かれていた。こんなに自分の身を心配してくれてる相手に対し、いつまでも怒っていても仕方ない。
「そうだ!これを…………俺ので悪いがそのままでいるよりはいいだろう。き、着てくれ!」
そう言ってラスティグは己の上着を脱ぎだした。そのままではごわつくだろうと肌着も一緒に渡してくる。
「その………後ろを向いているから………」
耳まで真っ赤にしてそう伝えるラスティグに、アトレーユは観念してありがたく彼の服を借りることにした。
サラシはすっかり濡れてしまってるので、後で替えなければいけない。だがこの場で流石に解く気はないのでそのまま借りた服を着ることにした。
(うわっ……大きい……)
元々随分と体の大きな人だと思ってはいたが、いざ着てみるとその大きさに驚くばかりだ。先ほどまで着ていたからか、まだほんのりと温かい。
(これだけの体格差だ……負けても仕方ない、か……)
「はぁ……」
改めて己が敵わない相手だと思うと、益々落ち込んできてしまう。それでため息を吐いたのだが――
「い、痛みが酷いのかっ!?た、大変だ!!」
「え?――うわっ!!」
痛みが酷いと勘違いしたラスティグは、慌ててアトレーユの体を抱き上げる。
「……すまないがしばらく我慢してくれ」
絵:ひだまりのねこ様
真っ赤な顔で視線を逸らして呟くと、ラスティグはアトレーユを腕に抱いたまま一目散に離宮へと走り出す。
突然横抱きにされたアトレーユの目の前には、分厚い半裸の胸板が視界いっぱいに広がっている。逞しいその腕はしっかりとアトレーユの体を包み込み、流れる景色は驚くほどに早い。
鬼気迫るその様子に降ろしてと言うこともできず、あっという間にアトレーユは屋敷の一室へと連れていかれた。
バタン!と大きく音を立てて扉を開いたところで、ようやく声をかけることができた。
「あ、あの………」
だが戸惑うアトレーユの言葉に返事をすることなく、ラスティグはずかずかと部屋の奥へと進んでいく。内扉を開ければその奥は寝室のようだった。
「え?ここは……」
どう見ても護衛騎士である自分に割り振られた客室ではない。キャルメ王女の隣の部屋だったはずだが、ここは違う部屋のようだ。
「すぐに医者を呼ぶつもりだが、先に軽く手当てをしよう」
「えぇ?」
「ちゃんとした着替えも用意しないと……」
それはまるで独り言のようで、アトレーユの戸惑いに対する答えになってはいない。そのまま彼は大きな寝台に彼女を降ろそうとした。
「ま、待って!!」
大きな声で止めたことで、ようやくラスティグの意識がアトレーユの言葉へと向いた。
「ど、どうした?やはり具合が……」
サッと顔を青ざめさせるラスティグに、アトレーユは必死に首を横に振る。
「こ、このままだと寝具が濡れてしまうので……」
「あ……あぁ、そうか」
上着はラスティグの物を借りたが、下は濡れた服のままである。床に降ろしてもらいアトレーユはズボンを脱ごうとしたのだが……
「つっ…………」
「だ、大丈夫か?!」
濡れて肌に張り付いたズボンは、なかなか脱げてはくれない。しかも腹部の怪我のせいでかがみながら力を入れると鋭い痛みが走った。
「だ、大丈夫……だから………」
「そんな脂汗を流していて、大丈夫なことはないだろう?!手伝う!」
「で、でも……」
アトレーユを助けるという使命感にかられたラスティグは、通常では考えられないような女性の着替えを手伝うなどというとんでもない提案を言ってのけた。
だがアトレーユとて流石に羞恥心はある。騎士として自分のことは自分でしてきた人間だし、そもそも使用人の女性に手伝ってもらうならいざ知らず、よく知らない男性に着替えの補助を頼むのはさすがにはばかられた。
しかし今この離宮において、自分の事情を知っている女性はキャルメしかいない。侍女として共に来ているナイルは男性だし、他の護衛騎士たちは言わずもがなである。
つまりラスティグの提案は、この場では最も効率がよく最善なのだ。アトレーユは渋々頷きを返し、脱ぐのを手伝ってもらうことにした。
どこかに座るのは濡れてしまうからと、立ったままの状態で脱がせることになり、ラスティグが目の前に跪く。傅かれるような形になって、しかも服を脱がされるという特殊な状況に、羞恥が限界まで達していた。
(は、恥ずかしいっ――)
顔から火が出そうというのは、まさに今の状態を指すのだろう。相手もそれは同じらしく、耳や首筋まで真っ赤にして俯いていた。
「い、いくぞ……」
「は、はい……」
何の意気込みかよくわからないままに互いに声を掛け合い、ごくりと唾を飲み込む。そうして大きな手がアトレーユの下肢へと伸ばされ、服を脱がし始めたその時――
「きゃぁぁぁぁぁ!!な、なにをなさっているのですか?!」
「「えっ!?」」
突然響いた甲高い……というよりは女性にしては少し低めの悲鳴が部屋に響き渡る。はっとして振り返れば、開かれた扉の向こうにこちらを見て驚く侍女の姿が見えた。
「騎士団長ともあろう方が、王女殿下の大切な騎士様を自室に連れ込み手籠めになさろうとはっ……!」
「い、いやっ!違う!!これはそうではなくてっ――!!」
騒ぎ出す侍女に、必死で弁明するラスティグ。相手が女性であるならば、確かに今の状況は誤解されても仕方ない。というか既に完全にアウトなのだが。
騎士団長の願いも虚しく、騒ぎは大きくなってしまったようだ。侍女の後ろに、王女をはじめとしたロヴァンスの一行、そして王太子のノルアードまで来ている。
「ラスティグ……お前………」
「ち、違う!本当に誤解だ!!」
ノルアードには冷ややかな目で見られ必死に否定するも、諦めろとでも言うようにため息とともに首を横に振られる。傍らではキャルメ王女がその美しい眉を顰めながら、厳しい言葉を突き付ける。
「まさか……私の大切な女性騎士を寝室へ連れ込み、服を脱がせようとまでしていて、何もないとおっしゃるの?」
「そ、それはその……」
「こんなことになって、貴族令嬢である彼女は他所へお嫁に行けなくなってしまいますわ。騎士団長殿はどのように責任を取ってくださいますの?」
「うっ……」
キャルメの厳しい言葉に、ラスティグはすっかり萎縮してしまっている。事情がどうであれ女性の、しかも貴族令嬢を寝室へと連れ込んだのだ。もはや言い逃れはできようもない。
「諦めろ、ラスティグ。これはお前が悪い」
ノルアードからのとどめの一言で、ラスティグはその場へと崩れ落ちた。ラーデルス一の剣豪とまで謳われた騎士団長の情けない姿に、傍らで見守っていたアトレーユは申し訳ない気持ちになってくる。
「う………申し訳ない……アトレーユ殿もこんなことになってしまって………」
「いえ……こっちも悪かったから……」
今にも泣きだしそうなラスティグに、アトレーユはそれだけしか言えなかった。彼を責め立てているキャルメは、一見怒っているようにも見えるが、内心は喜んでいるに違いない。彼女の思い描いていた展開になったのだから。
「さぁさ。ティアンナ様。あとのお話は殿下方と騎士団長殿でされるようですので、お着替えを――」
「あ、あぁ……」
そう言ってアトレーユを促したのは、先ほど騒ぎ立てた侍女だ。勿論その正体は護衛騎士の一人、ナイルである。なんだかんだで、キャルメ王女の企みに乗ることにしたのだ。
(二人がくっつけば騎士団長はこっちの味方になるってことだからね。うまく立ち回った俺にみんな感謝してよね)
絵:知様
騎士同士の真剣勝負から一転、こんな騒ぎになると思っていなかったアトレーユは、気まずさもあって促されるままに部屋を出ていく。その後に自分とラスティグの婚約話がまとめられることなど知る由もないのだった。
柴野いずみ様、ひだまりのねこ様、知様☆
素敵なイラストをありがとうございました!