8話 お着換えナイル
本編『薔薇騎士物語』の【1章5話チャンセラー商会】の辺りの裏話です。
本編を読まなくてもこれだけで楽しめます。
「えーっと、商人として王城に呼ばれてるの?」
「そうそう。王女殿下の護衛隊長殿が朝方来られてね。届け物をしてほしいんだ。いくつかこちらでも用意してあるから、それも届けてもらえるかい?ナイル」
「ん、わかったよ。僕もあっちに顔を出さないとね」
ここはラーデルス王国の首都ラデルセンにある商店の一つ、チャンセラー商会の中にある部屋の一室である。
話している人物は、ウェーブがかった栗色の髪に、クリっとした焦げ茶の瞳の可愛らしいナイルという男。
もう一人の恰幅のいい、いかにも商人といった風の人物は、ラーデルス王国内のチャンセラー商会を取り仕切る主人である。
チャンセラー商会はロヴァンス王国の商会であり、最近ラーデルス王国へと出店してきた。しかしその実状はロヴァンス王国の特務師団を支援する組織の隠れ蓑である。
勿論ここの主人も表向きは手広く商売をしているが、裏では様々な情報を仕入れ、それを自国へと伝える役目を担っている。
ロヴァンス王国は元々商業の発展している国であるので、国外にこうして商会が出店することも珍しくはない。その商業ネットワークを利用して諜報活動を行い、またそこで仕入れた情報を商売に活かすという好循環をみせていた。
「ふ~ん、商人、商人ねぇ……」
このナイルという男もまた諜報活動を担う者の一人である。今はラーデルス王国へとやってきたロヴァンス王国の姫君の護衛隊の一人として任務についている。
「着替えるならあっちの部屋を使え。風呂も沸いてる」
商会の主人が親指で奥の部屋の出入り口を指さした。
「ほいほ~い」
ナイルはロヴァンス王国から早馬を飛ばしてようやくラデルセン入りしたばかりである。国境近くの森での襲撃の調査、またそれを上司のジェデオンへと報告、そして別の情報を仕入れながらやっと戻ってきたのだ。
「ふっろ風呂~♪」
汗まみれ埃まみれの身体をやっと綺麗にできると鼻歌交じりに風呂場へと向かう。
ここチャンセラー商会は諜報に携わる者の為に、いつでも風呂の用意ができていた。勿論表向きは、力仕事の多い商会の人間が、客の前に出る際に汗臭いといけないという理由だ。
「おぉーっ!広いな!!てか個室っ!!騎士団の宿舎とは大違いっ!!」
風呂場はとても広く、そして非常に清潔な状態であった。装飾は必要最小限であるが、使われている素材はどれも上質な物であるのが見て取れる。チャンセラー商会の総元締めは、ロヴァンス王国の筆頭公爵家のポワーグシャー家の一族であるため、こういうところにも金をかけられるのだろう。
「いいな~、こんな待遇なんだったら俺も本格的に商人になろうかなぁ?騎士団の宿舎ってなんだか臭いし……風呂もなんだかいつも汚れているし……」
ブツブツ言いながらもご機嫌な様子で、ナイルはどんどん服を脱いでいく。あっという間に裸になると、なんとなく鏡の前でポーズを決める。
色白で小柄な身体は、しなやかで引き締まった筋肉を纏い、着やせをするナイルを確かに男だと示していた。
しかしこの小柄な身体と可愛らしい顔は、ある種の男性を惹きつけてしまう。キュッと綺麗に上がったお尻なんかは自分でもすごく形がいいと思うが、ナイルは男に尻を撫でまわされて喜ぶ趣味はないのである。
鏡の中で男らしい自分の筋肉を堪能すると、勢いよく真新しい湯が張られた浴槽へ飛び込む。少し熱めの湯がナイルの好みに丁度合っていた。
「あぁぁ~……極楽極楽♪」
まるで年寄りみたいな声を上げながら湯に首までつかると、自然と瞼が降りてくる。
「ん~……こりゃダメだ……気持ちよすぎて……」
ここ最近の忙しさのせいで、ナイルは強烈な眠気に逆らうことはできなかった。
――ぴちょん――
「……ん…………」
ナイルが気が付いた時には、熱かった湯はすでに大分冷めていた。
「やっべ!」
寝てしまってからかなりの時間が経っていたことをようやく理解すると、ぼんやりとしていた頭が一気に覚醒した。
慌てて風呂から上がると、そこには真新しい着替えが用意されてあった。そして脱ぎ散らかしてあった衣服もどこかへと消えている。どうやら商会の主人が気を使ってナイルを起こさずにいてくれたようだ。
忙しい日々に久しぶりにゆっくりできたことにナイルは気をよくすると、早速用意されている着替えへと手をのばした。
「………………ん?」
何かがおかしい。着替えの中から下着を探しているナイルの手が一瞬止まった。
「んんんっ???」
―――そこにあったのは紐状の何か――
……どんなに漁ってもそれ以外に下着らしきものは見受けられない。
「…………えーっと…………商人だよね?」
それは夜のお仕事をしている女性の間で最近流行っているという、紐状の下着のようだった。ちなみにどうやって装着するのかはナイルは知らない。
「これ……全然大事なところが隠れないじゃん……」
ナイルも任務の為に女装をすることはあったが、それでも下に履くモノは男物を貫き通していた(ちなみに上の部分は女性特有の膨らみを偽装する為に、泣く泣くレースで縁どられた可愛らしいモノをつけている)
「他にないのっ?!」
紐パンからもろもろはみ出してしまっている自分の姿を想像し、真っ青になったナイルは、着替えの山をひっかきまわして他の下着がないか探した。しかしそんなナイルを嘲笑うかのようにそれらしきものは紐パンしかないようだった。
「うっげぇ~……どういう趣味だよ全く。あれか?あの主人、実はそういう趣味なのか?」
どういう趣味なのかわからないが、商会を統べる主人がこれを用意したのだと思うとゾッとする。
それでもこれをつけるのも憚られるし、だからといって何も下に履かないというのもスースーして心許ない。やはり大事な息子は然るべき布を纏っていないと落ち着かないものだ。
ナイルは腰にタオルを巻き、新たな男物の下着を得る為に、意を決して浴室のドアを開けようとした。
もしここから半裸の状態で出て行って、あの変態(商会の主人)に襲われることになったとしても、ナイルは現役の諜報部員だ。いざとなれば相手を気絶させるくらいの技量は持ち合わせている。
――勝てる、絶対に勝てる!
ナイルはそう自らを奮い立たせるが、あの恰幅のいい中年男に、裸の自分が迫られる姿を想像し、何故だかドアを開くことができない。風呂で温まったはずの身体は、湯冷めを通り越して寒気がしてきていた。
「……大丈夫、大丈夫……俺の方が強い……相手は非戦闘員だし、おっさんだし、俺は現役……」
ブツブツと呪文のような言葉を唱えていると、突然目の前のドアが開いた。
「きゃぁっ!」
「うぉっ!」
開いたドアの向こうには、たくさんのタオルを抱えた可愛らしい女性がいた。どうやら使用人のようである。
突然の事にナイルは呆気に取られていたが、相手の女性はナイルが手に握っている紐パンを目にすると、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「……き」
「き?」
「気持ち悪いっ!」
――ガーーーーン――
……はらり……
紐状のそれはナイルの手から離れ、はらりと床へ落ちていった。
き、気持ち悪い……(泣)
なんで俺が……(死)
もはや言葉も出ないナイルは、呆然と立ち尽くすのみだったが、事態はそれだけでは終わらなかった。
……はらり……
「!!!」
「きゃーーーーーーーーーっっっ!!!!!!!!」
大事な所を隠していたタオルが、ナイルの落ち込んだ気持ちを受けてか、床にはらりと落ちていった。
「わぁぁぁぁぁぁっぁあっ!!!!」
慌ててしゃがんで大事な所を隠しつつ落ちたタオルをひっつかむ。
「いやぁぁぁぁ!へんたぁぁぁぁぁーーーーーいっっ!!!」
女性は力いっぱい叫ぶと、抱えていたタオルを投げ出して、ナイルの頬を思い切りひっぱたいた。
――バッチーーーン!――
鈍い音が浴室の中をこだまする。
色々とナイルに会心の一撃を食らわせたその女性は、スカートを翻しあっという間に部屋から逃げていった。
ナイルはガックシと四つん這い状態で、大事なところを隠すことも忘れ暫し落ち込む。
「――どうした?ナイル?なんだか随分と騒がしかったが……」
向こうの部屋から、騒ぎを聞きつけてきたのか、商会の主人がやってきた。
「……なんで真っ裸でそんなポーズをしているんだ?風邪をひくぞ?」
「ううぅ……」
主人に色々と見られてしまっているのも気にせず、ナイルは真っ裸のまま浴室に男泣きの嗚咽を漏らした。
結局紐パンは間違って着替えの中に紛れていただけで、その後ナイルはちゃんとした男性用の下着をゲットした。
しかし彼が失ったものはいろいろと大きかった――――
ご覧いただきありがとうございました(/・ω・)/♡
こんなコメディなお話が、本編の裏であったとかなかったとか……w
今回は背景をしっかり描いたので、いつもの画風とちょっと違って真面目っぽい……。
やっぱコメディはもうちょっとチープな方が合うかなぁ?
まだまだですね(´・ω・`)
今後もイラスト付きでがんばっていきます!