クリスマス特別番外編 聖なる夜の贈り物 後編
前回に引き続き、クリスマス特別編となります。
投稿遅れてごめんなさい<(_ _*)>
「アトレーユ殿!!」
――バキッ!――
アトスの腕がアトレーユを捕らえる前に、するりと横から彼女を攫った者がいた。ようやく動揺という名の石化状態から回復した騎士団長のラスティグその人である。
「大丈夫ですか?」
「は、はい……」
ラスティグの力強い腕が、怯えた様子のアトレーユを守るように優しく包みこむ。そして反対側の手では不埒な言動をしていたアトスに対して、望み通りの鉄拳をお見舞いしていた。
意識を失ったアトスは、セレスと重なるようにして床に倒れ伏した。
「……つい殴ってしまったが大丈夫だっただろうか?」
怯えていたアトレーユの為とはいえ、アトスは他国の王女の護衛騎士。殴って気絶させてしまったことに些か不安を覚えた。
「大丈夫だ。割と……その、いつものことだし……」
安心させようと口を開いたアトレーユの言葉は次第に力を失っていく。それはラスティグが懸念しているようなことが原因ではなく、最近顕著になりつつあるアトスの変わった性癖による精神的疲れからだった。
しかしそんなことを知りもしないラスティグはその様子を心配した。
「具合が悪そうだ。休んだほうがいい」
するとその提案をすかさずキャルメ王女が援護する。
「まぁ!それはいけないわ!アトレーユ、すぐにお部屋で休みなさい。
さ、ラスティグ様、アトレーユを連れていって、部屋でお世話をお願いいたしますね。
――二人きりでゆっくりと♪」
何故か楽し気な様子のキャルメ王女。
しかしいくらなんでも部屋で二人きりになるのはマズイ。
「いや……誰か看病する侍女の者を……」
「それは必要ないだろう?――なぁ?」
王太子のノルアードがニヤリと笑って周囲にいる使用人や侍女達に視線を回す。それを受けて満面の笑みを浮かべた彼らは、うんうんと頷いて答えた。
どうやら誰もラスティグがアトレーユの看病をするのを手伝う気はないらしい。生暖かい視線がラスティグ達に注がれている。
「酒や食べ物は運ばせるから安心してくれ。こちらはこちらで楽しむから、そちらはそちらでゆっくりと夜を過ごすといい」
有無を言わさぬ口調でそう言い切ると、ノルアードは使用人達に指示を出してその準備を始めてしまった。
アトレーユを腕に抱えたラスティグは唖然としてそれを見守るが、二人の主であるノルアードとキャルメにここまで言われてしまっては、従わないわけにはいかない。
「すまない……部屋に戻ろう」
気まずさと気恥ずかしさを抱えながら、二人はアトレーユの部屋に向かった。
二人が部屋を出ると、中からは楽し気な声が聞こえてくる。どうやらパーティーが始まったようだ。その様子に安堵を覚えるが、それでもアトレーユの気持ちは沈んだままだ。思わずため息が漏れる。
「……せっかくのパーティーを台無しにしてしまう所だった」
すっかりしょげてしまった彼女の肩を支えながらラスティグは、なんとか励まそうと必死で言葉を探した。
「その……似合っているよ」
「え?」
「いや……」
アトスやセレスと違って、ラスティグは女性の容姿を褒める言葉を言い慣れていない。なんとか絞り出した言葉を聞き返されて動揺してしまった。
瞬く星のように煌めく紫の瞳が、不思議そうにこちらを見つめている。その視線から逃げるように顔を逸らす。
「ラスティグ……?」
「……っ」
彼女の瑞々しく熟れた果実のような唇が、彼の名を紡ぐ。
耳から入ったその言葉が脳髄を蕩かすのではないかと思うほどに甘く響く。
――胸の鼓動が激しさを増していった。
「顔が赤い」
「……!」
不意にアトレーユに指摘された。
ラスティグは恥ずかしさと動揺とで思わず顔を顰める。心の中にある邪な想いに気付かれるのではないかと、焦りと不安が広がっていく。
「熱があるんじゃないか?そっちこそ具合が悪そうだ」
「いや……これは違……」
ラスティグの複雑な心中など知りもしないアトレーユは、心配して顔を覗き込んだ。そしてぐいと服を掴んで思い切り自分の方へと引っ張る。
驚き目を瞠るラスティグをよそに、顔を近づけ自らの額をラスティグの額へとくっつけた。
「!!??」
「ん……ちょっと熱い」
突然の事にラスティグの心臓の鼓動が一段と跳ねた。
間近には美しいアトレーユの身体。少し手を延ばせば触れられる距離――いや、すでに身体の一部はもう触れている。
肌を通して感じるアトレーユの熱。それは優しくもラスティグの理性を揺るがせるのには十分なものであった。
ゴクリと唾を飲み込み視線を落とせば、普段はかっちりとした騎士服に隠されているアトレーユの見事な身体。大きな胸の谷間がすぐそこに――淫らな芳香を漂わせ、彼を欲望の谷底へ導かんとしている。
必死にその誘惑に耐えようとして、身体が小刻みに震えだした。
そんなラスティグの様子に、アトレーユが更に心配そうに顔を覗き込む。
「大丈夫か?むしろそっちの部屋で看病したほうがいいのでは……」
喋る度に甘い吐息がラスティグの頬を掠めていく。視線を戻せば天使のように無垢な瞳がこちらを心配そうに見つめていた。
少し紅潮した頬はしっとりとした熱を帯び、そしてすぐそこには甘く柔らかそうな唇が、食べてくれと言わんばかりにこちらを誘ってくる。
――きっとそれは極上の果実――
蕩けるほどに甘く、滴るほどに瑞々しいのだろう。その禁断の実は一度味わってしまったら……きっともう後戻りはできない。
……だけどそう、もう少しだけ顔を寄せれば……。
「だ、ダメだ!これ以上は……っ」
「えっ?」
騎士団長としての強い責任感と理性を総動員して、なんとかその禁断の誘惑に耐える。アトレーユの肩を掴んで引き離した。
するとアトレーユは一瞬だが少しだけ寂しそうな表情をした。その事実に再び淫らな欲望が頭をもたげてくる。
これではいけないと頭を振ってその劣情を必死に振り払う。そして心を落ち着ける為ゆっくりと息を吐くと、ラスティグは諭すように静かに口を開いた。
「あまり近づきすぎてはダメだ……その……俺も男だから……」
隠していた不埒な心情を正直に告げた。
男装している時とは違い、女性らしい姿のアトレーユはあまりにも魅力的だ。たとえ彼女自身がそれを意図していなくても、彼女の存在は浅ましい男の欲望を掻き立ててしまう。
ラスティグは焼ききれそうになる理性を何とか保ちながら、その危うさを伝えた。
「アトレーユ、いや……ティアンナ。君は美しく魅力的だ。ましてやその恰好では男の理性は簡単に吹き飛ぶだろう」
「ラスティグ?」
何を言われているのか分からないといった風に、首を傾げるアトレーユ。ラスティグはあえて女性として、ティアンナとその名を呼んだ。
「……こういうのをうまく伝えられないのだが……ティアンナ、あまりそのような格好はしないほうがいい」
ティアンナは小さく息を飲む。その表情には驚きと落胆の感情が現れていた。
「……そんな……やはり私には似合わなかったんだな……これ……着るのに、結構……勇気がいったんだ……」
恥じらいながらも、自分なりにサントクロストとしての役目を務めようとやってきたのだろう。大きな瞳が一層潤んでいく。
「いやっ……そうじゃないんだ!……クソッ……」
「ぅ……」
もはやこの姿は耐えられないと言ったように、彼女は自らの長い銀糸の髪を両手で掴みそれで顔を隠す。
背を向けて俯いている華奢な肩が小さく震えていた。
「あぁ……違うんだ、ティアンナ……」
どうやって伝えればいいのか分からない。話し上手でないのを自覚していたラスティグは、自らの言葉が招いた事態に戸惑いを隠せなかった。
普段の男装時とは違って、女性としてのティアンナはとても繊細だ。着慣れないものを身に着けてさぞかし不安も大きかったのだろう。それなのに不用意な言葉でティアンナの心を傷つけるような事を言ってしまったのだ。
ラスティグは自らの失言を呪った。話し上手ではないなどただの言い訳だ。
(俺はなんて愚かなんだ。
そう、彼女の為と思っていった言葉のつもりでいた。
しかし本当はそうじゃない……それは自分が一番よくわかっている……)
意を決して一歩踏み出す。
「顔を……上げてくれないか?」
俯く彼女の肩を優しく掴む。そしてゆっくりとこちらへと身体を向けさせた。
「…………」
目が少し赤い。唇を引き結び涙が零れ落ちないように必死に堪えているようだ。
「……すまない」
「……なんでもないから……気にしないで……っ」
誤魔化すような強がりの言葉。しかしその瞳からは雫が一つ、堪え切れなくなったように零れ落ちた。
「――っ」
その涙を見て思わず華奢な身体を抱きしめた。手から伝わってくる柔らかな感触。彼女がか弱い女性であるという事実が、痛いほど胸に突き刺さる。
「ごめん……似合ってないなんてことはないんだ……。ただ俺が耐えられないだけで」
「……え……?それってどういう……」
驚きに腕の中で顔を上げるティアンナ。少しだけ腕を緩めて彼女と視線を合わせる。先ほどよりも体が密着した状態。宝石のように輝く美しい瞳に怯みながらも、それを真っ直ぐに見つめ返した。
「……他の男が君を見るのが許せない」
己の中にある嫉妬心を包み隠さずに伝える。思わず声が低く響いた。
その語気の強さにびくりとティアンナの肩が揺れる。
「……どうして?」
恐る恐るといった様子でティアンナが尋ねた。もはやここまで話したのなら、全てを曝け出すしかないとラスティグは思った。
「あまりに綺麗だから――他の奴らに君が……
君の美しい姿が見られているかと思うと……
……俺は嫉妬でどうにかなってしまう」
「――っ」
美しい紫の瞳が動揺して揺らめいた。みるみる白い真珠のような頬が薔薇色に染まっていく。その頬を優しく手のひらで包み込み指で撫でると、甘い吐息が彼女の柔らかく艶やかな唇から漏れ出た。
「ん……そんな……どうして嫉妬なんか……」
何かを期待するような熱い眼差しが注がれる。ドクリと一際大きく心臓が撥ねた。もうこのまま自分の中から溢れ出る想いに蓋をしておくことはできない。
大きく息を吸い込み、この胸の想いを告げる為に口を開いた。
「それは、俺が――っ」
――ガタン!!――
「!?」
突然の物音に、後ろを振り向く。
「ちょっ!押すなよ!セレス!」
「だって大事なシーン見逃せないだろ!!」
「あら、見つかっちゃったわ」
「あぁ~いい所だったのにねぇ。ラスティグも中々やるじゃないか」
わーきゃーとわめいているのは、部屋の扉の陰からひしめく様にこちらを窺う男女たち。先ほどまでパーティーをしていたはずのキャルメ王女やノルアード王太子、護衛隊の面々だ。
「…………何をしているんです?」
低く響く声で問い正す。何故か分からないが、見られたという焦りよりも、冷静な怒りの感情の方が勝った。
「「「いや~あはははは……」」」
こちらの様子を窺っていた全員が、誤魔化すように笑いを浮かべる。
「まったく……何が楽しくて覗きなんて……」
呆れてそう呟くと、腕の中で震えるティアンナの様子にようやく気が付いた。
「……うぅ……恥ずかしすぎる……」
もはや耐えられないといった様子で、ティアンナは腕の中から飛び出して走り出す。
「ティアンナっ!!」
全速力で走っていくティアンナの姿があっという間に小さくなっていく。
「あ!ほら!追いかけないと!」
「隊長を早く慰めてあげて!」
無神経な野次馬たちの言葉が次々とかけられる。
「あぁ……もう!クソッ!」
苛立ちながらも彼らの相手をしている余裕はもはやなかった。
「おぉー!頑張れよー!!」
「隊長をよろしくーー!!」
「ティアンナをお願いね」
「彼女をしっかり捉まえるんだぞー!」
野次馬の声援を遠く耳にしながら、走り去るティアンナの下へと駆け出す。長い廊下をひた走り、幾度か曲がり角を越えて必死に追いかけるが、ティアンナは流石騎士だけあって足が速い。広大な城の中をあっという間に駆けていく。
走って、走って、走って――
部屋から大分離れた中庭を望むテラスまでやってきて、ラスティグはようやくティアンナに追いついた。
「待ってくれ!」
未だ逃げようとするティアンナ。その華奢な手首を掴んで引き留める。
「あっ――」
バランスを崩して倒れ込む彼女を、そのまま背中から抱き留めた。
「……体が冷たい……」
露わになった肩が、廊下の冷気でかなり冷えてしまっている。包み込むようにして彼女を優しく抱きしめた。
「……このままじゃ風邪をひく。早く着替えた方がいい。……部屋まで送るよ」
こんなに体が冷えるまで、ティアンナを走らせてしまったことを思い胸が痛む。自分のつまらない気持ちよりも、もっとずっと彼女の方が大事なのだと思い知らされた気がした。
しかしティアンナは身じろぎ一つせず黙ったままだ。少しだけ不安を感じてその名を呼ぶ。
「……ティアンナ?」
「……その……さっきの話って……」
俯くティアンナの可愛らしい耳や華奢な首筋が綺麗な薔薇色に染まる。恥ずかしさに小さく震えながらも、何かをじっと待っているようだ。それを見てティアンナが求めている言葉に気が付いた。
彼女の健気な勇気に心が震え、感情が昂っていくのを感じる。
「……俺は――」
その時、ふわりと冷たい風がテラスから吹いたかと思うと、白いものが目の前に舞った。
「あ……」
「……雪……」
見上げるとすっかり暗くなった夜空から、天使が舞い降りて来たかのように、次々と真っ白な雪の結晶が降ってきた。それはまるで羽のようにふわふわと舞い、温かく柔らかな光で二人を包みこむ。幻想的な冬の夜空がそこに広がっていた。
その様子を見上げながら、腕の中でティアンナが呟く。
「……そういえばサントクロストからのプレゼント。皆にあげそびれちゃった……」
「……まさかこんな可愛いサントクロストが来るとは思わなかったよ」
未だ自分の役目を果たせなかったことを気にする真面目で可愛すぎるサントクロストに、少しだけ可笑しくなってわざとおどけてそう言った。
すると不満そうに可愛らしいサントクロストが頬を膨らませる。
「こっちは真剣にやってたのに!」
「ははっ君は本当に真面目だな」
そう、そこがティアンナの良い所だ。
そんな彼女だからこそ――こんなにも心惹かれるんだ。
何気ない会話に二人の間に笑みが零れる。
吐く息が白くなるほどに寒い夜。
けれど温かな気持ちが胸の奥に広がっていった。
「……その恰好、すごく似合っているよ。
……その……綺麗すぎて……本当に困るな」
正直に自分の中の気持ちを伝えると、嬉しそうに瞳を輝かしたサントクロストが振り返った。
そして少し背伸びをして顔を寄せる。
――ちゅっ――
「っっ―――!!」
少し冷たい唇が頬に触れた。触れた場所から、痺れるような熱が全身をぐるぐると回っていく。
「……プレゼント……部屋に置いてきちゃったから……」
ティアンナは自分のした行為に恥ずかしくなったのか、また後ろを向き真っ赤になって俯いてしまった。
思わぬティアンナの言動に戸惑いながらも、その華奢な身体をぎゅっと抱きしめた。そのまま彼女の真っ赤に染まる耳元で小さく囁く。
「……今夜は……俺だけのサントクロストでいてほしい」
可愛いその人は、俺の言葉に一瞬驚いて肩を揺らした。
けれど、戸惑いながらも腕の中で小さく頷く。
しんしんと降り積もる雪。
彼女が寒くないようにと肌を寄せる。
お互いの熱だけを感じていたい。
その熱で雪が解けていくように、彼女の心も溶かしたい。
聖なる夜、恋という名の贈り物を受け取った二人の男女。
その結末は夜空に舞い散る雪だけが知っていた――――
お読みいただきありがとうございました(*^-^*)
今回の挿絵はラスティグとアトレーユを別々で表示できるように描きました。
ラスティグ→アトレーユ→ラスティグ腕→アトレーユ腕
ってな感じで身体が重なっているので、完全にレイヤーの階層を2パターンだけでいけるわけじゃないので、すんごく大変でした……。
てことでラス君のみの表示の挿絵がこちら☆
衣装が完全に洋風じゃないのがポイント(*^-^*)
んでアトレーユさんのみバージョンですが……こちらはないですwクリスマス衣装については前回の挿絵ですでに描いてますので(´・ω・`)
代わりと言ってはなんですが、実は衣装を脱いだバージョンを作りました!( *´艸`)
……しかしちょっとこちらでは載せられないセクシーさwそのうちお月様のサイトの方にでもアップする予定です(#^.^#)
ついでにクリスマス特別編のアフターストーリーでも……とか思ってますがまだ未定☆
気になる方は今後の割烹をチェックしてみてくださいね♪