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静夢と美麗と神様と  作者: 窓井来足
願いの代償は
9/9

願いの代償は その5

戦いの後、時も2カ月ほど過ぎて4月末。

ある町の神社にて、桃華と藤麻はある者と話し合っているようですが……。

 【願いの代償は その5】


 ☆ ☆ ☆


「ないじゃろ。それは」


 四月も終わりに近いある日。

 神社の境内には三人の者達がいた。

 いや。

 彼らは全員、厳密には人ではないから〈三人〉という表現が正しいのかはわからない。

 何せ、うち二人は元々は雛人形であり。

 残る一人はこの神社の神様である粟島葦子(あわしまよしこ)だからだ。

 で、葦子は二人の話を聞いてそれはないと否定したのだが。

 二人は何がないのかがわからなかった。

 ので、気の強い桃華の方が先に、


「おい! ないってどういうことだよ?」


 と意見し、それに続いて藤麻もまた、


「具体的に、どの部分がないのでしょうか?」


 と訊ねる。

 ちなみに。

 この際、桃華と藤麻の身長は人形サイズ。

 葦子は子どもぐらいとはいえ人間の背丈はあるので。

 神様と人形という身分以前に、体格の差がかなりあるのだが。

 二人……のうち、主に桃華がそんなことを気にしてものをいう性格ではなく。

 また、一見大人しい藤麻は冷静に対処できる限りにおいては、身分や力の差を考慮したうえではっきりものをいうタイプなので。

 別段、会話の際に遠慮というものはない。

 まあ、それはともかく。

 二人にそう問われた葦子は、


「そうじゃな? 一番ない部分は『厄の怪物を君たちが呼び寄せた』ってところじゃろうな」


 と返す。

 その、葦子の説明に、


「え? いや、そこを否定されちまったら」

「そもそも、この話全体が変わってしまうのでは?」


 と、納得がいかない二人だが。

 葦子はさも当たり前という堂々とした顔つきで、


「じゃって、そもそも単なる物でしかない状態の雛人形が『持ち主に好かれたい』と思う訳がなかろう」


 と告げた。


「……え、いやでもよ」

「そうすると、僕たちの存在は何なんです?」


 葦子の説明は自分たち雛人形がものを考えていることを否定しているような発言だったため、ますます理解できなくなった二人は更に訊ねる。

 これを受けて、このまま一つ一つ話していくと面倒だと思った葦子は、


「まず持ち主の女の子が『こんな人形はいらない』と思い、次に『だからこういう人形が欲しい』と思った。そしてその欲しかった人形のイメージという〈想い〉が集まった結果、君らが生まれた……と話せばわかるか?」


 と、一気にまとめて説明する。


「……あ、確かにそうかもしれません」


 そう、先に理解したのは藤麻である。

 これに対して、藤麻よりも長い間「自分の存在が厄の怪物を生み出した」と思っていた桃華はすぐにその説明が呑み込めず。

 結果として藤麻に対して、


「は? 何でだよ」


 と訊ねる。

 この桃華の質問を受けて、藤麻は、


「いや。もし僕たちがそういう理由で生まれたのなら。あの厄の怪物は〈人からもらった人形を要らないと言ってしまった〉女の子側の罪悪感から生まれたと考えられるってことです」


 と説明。

 この一見飛躍している話を受けて、桃華は自分が置かれていた状況から、


「なるほど。女の子が成長してから怪物が出るってのも、雛人形の値段とか知ったり、人から貰ったものに文句つけた事が悪かったって思える歳になったからって考えれば説明できるな」


 と更に話を進める。

 そのやり取りを聞いていた葦子は、


「そう考えるとこの話は、女の子自身の罪悪感から生まれた厄を、その女の子にとっての理想の雛人形が退治したっていうだけになる訳じゃが」


 とおよそ話をまとめようとするが。

 それに対して藤麻が、


「しかし、だとしたら。僕が持ち主の女の子との繋がりをエネルギーに変えてあれを倒したのは……?」


 と疑問を口にする。

 さて、これに関して葦子は、


「む? それはむしろ、持ち主の方から君らの記憶が消えたからじゃろ?」


 となんてことないという様子で答える。


「消えたから?」

「と、いうのは?」


 と言われてもすぐには理解できない二人がまた聞き返すが。

 そう来ることも予想していた葦子は、


「確かに雛人形を見れば、幼い頃の事を思い出すじゃろう。けれど、いつまでも事細かに覚えている人は稀じゃ」


 と言ってから人差し指で桃華と藤麻二人の間辺りを指し、そして、


「つまり、持ち主は漠然とした雛祭りの思い出は覚えていても、例えば自分が持っていた人形にどんな名前を付けたかとか、どんな性格とイメージしていたとか、そういう細かいことは忘れてしまうという事じゃ」


 と続けた。

 それを聞いて多少引っかかるものの、およそ納得した二人は。


「つまり、持ち主はあたしらの事を細かくは忘れてしまい」

「それと同時に、僕たちに対していらないと言った事への罪悪感も薄れていく……」


 と、自分たちの置かれている状態をまとめる。

 これに首を縦に振った葦子は、補足として、


「そして、その忘却のエネルギーが結果的に君らの力として作用したから、一見したら君らの方の繋がりが消費されたように見えたという訳じゃ」


 と説明。

 ちなみに、何故持ち主の女の子が忘れたタイミングと、厄の怪物を倒す技を使ったタイミングが一致するかといえば。

 そもそも、厄の怪物も意思を持った雛人形も、どちらも女の子が作り出した物語の登場人物なので、その持ち主の精神状態と物語がリンクする為である。

 ――と、葦子は推測しているが。

 それを説明するよりも、先に、


「うむ。じゃが残念がることはないぞ」


 と口にし、


「例え記憶が薄れ、忘れていこうとも、過去の気持ちは決して無駄にはならないからな……今、君たちがここにいるように」


 と諭すように話す。

 ここには、葦子が一応は人形供養を扱い、雛祭りを祭日とする神様だから、多少それっぽいところを見せておこうという彼女の見栄があったりするのだが。

 そんな事情はさておき、そう言われた二人は、


「まあ、確かに」

「そうかもしれねえな」


 と呟き。

 大人になって忘れてしまうような幼い頃の出来事もまた、その人の今に繋がっているのだろう。

 自分たち雛人形もそんな今に繋がるものの一つであれば。

 と考えて、前向きに事態を受け入れようとした。

 ……が、そのタイミングで、


「と言っても、怪物が持ち主の感情から生まれたというの自体、(わらわ)の推測なんじゃが」


 と、葦子が打ち明けたので、その不意打ちに二人はそれぞれ、


「え!? そうなんですか?」

「おい!! 適当かよ!!」


 と、反応。

 そんな一方は疑問、もう一方は批判のようにも取れる意見に、


「妾だって神とはいえ、何でも知っているわけじゃあないからのう」


 とのうのうと応じる葦子。

 そのあまりに、さも当たり前と行った様子を見て、体格差も考慮せずに掴みかかるような勢いで踏み出していた桃華も、


「まあ、そうかもしれねえけどよ」


 と、拍子抜けして一歩下がった。

 が、そんな二人の様子をぼんやりと見ていた藤麻は、


「…………でも」


 と、ぽつりと呟く。


「どうしたのじゃ?」


 一見、独り言かとさえ思えるような呟きに対して、すぐに反応したのは葦子である。

 さて、実のところ別段誰かに質問する気はなく、気がついたらうっかり先の言葉を口にしていた藤麻は、自分の考えを言うべきかしばし迷った。

 が、横にいた桃華が、


「でも何だよ?」


 と、強めの口調で聞いてきたので、結局、


「でももし仮に、あの怪物は僕たちが好かれたいと思ったから現れたのだったら……」


 という疑問を口にした。

 ちなみに。

 桃華が強めの口調で藤麻に訪ねたのは、先の葦子に対して突っかかろうとしたがそれが不発に終わった事の影響であり、特に藤麻に対して何かあった訳ではないのだが。

 それはさておき。

 藤麻が最終的に口にしたその疑問に対して葦子は、


「ん? 相手から好かれたいと願った事が厄の怪物を生むような邪な心であるはずなかろう」


 と、特に考える素振りもなく即座に答えた。

 その回答に、


「おい、 どうしてだよ?」


 と藤麻より早く反応したのは桃華である。

 藤麻よりも早くこの怪物の存在を知り、そして長年自身がそれを生み出してしまったのではという後悔によって自身を鍛えてきた彼女としては。

 仮に先ほどまでの葦子の説が間違いだったとしても、あの怪物と自分たちの願いは関係はないという意見は、藤麻以上に気になるところだったのだ。

 さて。

 そんな桃華に対して、あるいは最初に疑問を口にした藤麻に対して。

 葦子は、笑みを浮かべながら、優しいそっとした口調で、


「お前は子ども達に、物を好きにならない大人に育ってほしいか?」


 と訊ねる。


「え……いや」

「まあ、そうは思わねえけど……」


 最初、葦子の言いたい事がわからなかった二人だが。

 少しの間考え。

 そして、彼らの持ち主の女の子の視点からしたら、雛人形もまた一つの物だった事を思い出し。

 葦子の言いたい事を、なんとなくだが理解したのであった。


 ☆ ☆ ☆


 さて。

 こうして。

 自分達はとりあえずは罪はなく。

 あったとしても既に許されたのだと受け入れることにした桃華と藤麻は。

 そもそもが人形供養も扱っている神様である葦子の元で働くことになったのだが……。

 その活躍については、また機会があれば語るとしよう。

こうして、葦子の元に部下として二人の雛人形が所属することになったのですが。

彼らの活躍は……まあ、いずれまた。

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