願いの代償は その2
前回、何故かカッコいい恰好をしている女雛と、派手な花柄の羽織を着た男雛が。
二月末の寒い日に出会ったのですが。
さて、果たして彼らが抱えている事情とは?
と、どうやらその前に……。
【願いの代償は その2】
☆ ☆ ☆
こいつに熱いコーヒーを差し出して、あたしは昔話を始めることにした。
が、その前に、
「桃華、あたしの名前は鎖倉桃華だ」
と名乗っておく。
あたしとしては流石に、お互いの名前も知らねえまま、過去の話しするのもどうかと思ったからだ。
なんで、当然名乗ったあたしは、こいつに、
「で、お前の名前は?」
とも訊ねた。
――んだが。
こいつは、自分の名前を、
「僕ですか? 僕は笹倉、笹倉藤麻です」
と名乗りやがった。
…………いや。
名前を聞かれたから自分の名前を名乗るってのはごく普通なんだが。
あたしの名前と。
こいつの名前。
口に出して言ってみると。
「サクラとササクラで。トウカとトウマって……ややこしいだろうが!!」
偶然か?
偶然なのか?
まあ、大体の場合、あたしたちは苗字の方は普通は元の持ち主の家のを名乗るし。
名前は自称だったり、あるいは持ち主がつけたのを名乗っているから。
偶然なんだろうが。
それにしても、なんだこの組み合わせは。
と言いたいところである。
だが、あたしの言ったことに対して、
「とは言われましても。ちなみに、藤麻っていうのは本当は〈討魔〉という意味なんですが。名前に〈魔〉では縁起が……」
と、藤麻のやつがわざわざ自身の名前の由来を説明してきたから。
あたしは思わず、
「お前の名前の由来なんて聞いてねえよ!!」
と、怒鳴ってしまった。
いや、勿論。
冷静に考えれば。
たまたま似たような名前の二人が出会ったからって、それで揉めるのはおかしいし。
まして、先に名乗った方が後に名乗った方に対して、一方的につっかかるのはますますおかしいんだが。
怒鳴った時には当然、そんな冷静な判断ができたわけじゃあねえんだから仕方がないだろう。
さて、とはいえ。
流石のあたしも「一方的に、理不尽な理由で怒鳴るやつ」と扱われたら嫌だなとは、怒鳴った後から思ったんで。
ここは、
「ま、まあ本当はあたしの名前〈モモカ〉なんだが、似合ってねーから〈トウカ〉って呼ばせてんだがな、あたしの都合で」
と、こっちの方も自分の名前について説明して、一方的に藤麻のせいじゃあねえってことを伝えて話しやすい雰囲気に――
「名前ややこしくしているの、あなたじゃないですか!!」
って、おい。
いくら何でもストレート過ぎんだろ。そのツッコミ。
無論。当たり前のことだが。
あたしも、ツッコまれるつもりで自分の事情明かしたんだけど。
それでも流石に、あんまりにも間髪入れずにツッコんできやがったんで、
こっちも思わず咄嗟に、
「っせーな!! 漢字表記したらどっちがどっちだか間違えるはずねーからいいんだよ!!」
と返しちまった。
が、この仮にこのやり取りが文章だったらメタにさえ思える発言に更に藤麻は、
「読みがややこしいって話、あなたがしたんですよね? 桃華さん?」
と指摘。
流石にこれにはあたしも、
「ま、まあそうなんだが」
って言っとくしかねえ。
というか。
いつまでも名前について話してんじゃなくて、あたしの過去について話すんだったぜ。
――が、仕方がねえ。
この名前の話からうまく繋げていくか。
「でだ。何であたしが桃華、いや華の字が本当は違うんだが、ともかく。何で〈モモカ〉って名前名乗ってんのかっていうと、あたしの持ち主の女の子、そいつの祖母がつけたからだ」
「え? 名前の話、まだ続けるんですか?」
「せっかくだからな。ここからあたしの事情について話してやるよ」
「ここからねぇ」
「あ、てめぇ、信用してねーな?」
「い、いえ……どうぞ」
ったく。
まだ会ったばかりなのに、何でここまで疑われてんだ?
こっちがこいつにやったことは、怪我してたのを助けた事ぐらいで。
むしろ感謝されてもおかしくないんだぜ?
――と、愚痴の一つも言いたくなったが。
まあ、そんなことはともかく、許可ももらったんで話を進めよう。
「あたしを女の子に送った祖母は、彼女に『可愛い女の子』ってのになって欲しかった。だが」
「その女の子は、カッコよくなりたかった……と?」
「そういう事だ」
なんだ。
大体わかってんじゃねーか。
まあ、お互いに似たような事情抱えているから、あんま説明する必要性もなんだろうが。
一応、このまま話を進めておくと。
世の中、カッコいいものが好きになる女の子にも色々なタイプがいるが、
「そいつの場合、兄貴の影響か、あれだ。カッコいいヒーローとか、アニメに出てくる戦う少年キャラとかに憧れてててだな」
という事情もあったりする。
勿論、ここでいう「憧れ」は恋愛とかの対象じゃなくて、自分がそうなりたいって意味での憧れだ。
そしてその結果として、
「そんなヤツだから、そいつ視点では『可愛い人形』って事になってる、女雛……ってか雛人形に大して興味を持たなかった」
ここにはおそらく「可愛い女の子」になるように勧める祖母への抵抗もあったんだろう。
だから〈おばあちゃんからのプレゼント〉である雛人形があまり好きでなかったんじゃねーか。
って、いう気もする。
とはいえ、それでも彼女は。
男雛が持っている刀とか、そっちは興味があったみてぇだが。
それはともかく。
彼女が祖母にあまりいい印象を抱いていなかったから、雛人形に興味を持たなかった。
なんてことは今になってから冷静に考えたらそうだって話で。
当時のあたしは、おそらくそんなことは考えておらず、
「んであたしは。彼女に喜んでもらうために贈られてんのに、自分が好かれてねえってことが気になって、いつの間にか『もっと自分がカッコよければ』って考えるようになった」
って事になる。
勿論、人形という〈もの自体〉が変化するわけじゃあねえから、あたしがカッコよくなりたいって思っても、彼女との関係が変わるわけでもねーんだが。
まあ、それでも思っちまったってことだ。
で、その結果、
「その想いがこうして人格を持つようなったのが今のあたしってわけだが――さて」
(続く)
とりあえず自己紹介と過去の話を済ませた二人は。
本題である今の問題に移ることにしたのですが……。