第6話:ドキドキ恥ずかし冒険者登録!
ラグルは驚き、目を見開く。
防衛対象である小さな少女が、あろうことか荷台から降りてきてしまったのである。
心ここにあらず、という感じでゆらゆらと体を揺らしながら。
はっ! と我に返り。
「危ない! 戻れ――」
そこまで言って、ラグルは2回目の驚愕をすることになった。
ドン! と、衝撃音がすると共に、隣にいたサクヤが瞬時に……1回の瞬きする間もないまま、狼の体に抱きついていたのだ。
サクヤが立っていたところに視線だけを向けると、一箇所だけ地面が深く抉れていた。
たった1度の踏み込みだけで、6~7メートルは離れた狼のところへ? しかも、目に映らないほどのスピードで……。どうなってやがるんだ! ちくしょう!
混乱する中、サクヤを見ると、不思議な光を体全体から発しながら、「モフモフ~♪」などと嬉しそうに狼を撫で回している。
訪れる静寂……。『しまった! 隙をみせちまった! 狼が飛び掛ってくる!』慌てて盾を構え、迎撃体勢を取るが。
「「「「――はぁ?」」」」
仲間の3人も、同時になんとも間抜けな声をあげた。
狼の子分どもが、サクヤの光に吸い込まれるような視線を向けて、地面に伏せて尻尾を振っているではないか。ボス狼も、今や自分から『もっと撫でて~』というように、尻尾を振り、自らサクヤに体を擦り付けている。
「ラグル! 早くサクヤちゃんを!」
「――っ!」
急いで駆け寄り、サクヤを背中から抱き上げる。狼が『え~? もう終わり~?』という悲しげな視線を投げかけてくるが、そんなのもちろん無視だ!
「ばいば~い♪」
……♪ じゃね~~よ! こちとら命がけだっつ~の! なんなんだこの子は? 獣操士=ビーストテイマーの素質があるのか? いやいや、相手は魔物だぞ?
ラグルはサクヤを荷台に乗せ、めちゃくちゃ叱ったあと、目頭を押さえ考え込む。
この子を冒険者登録させてみるか……。適正職業がわかるかもな……。
☆☆☆
私達は途中の宿場町で一泊したあと、昼過ぎに目的地、ギュレールに到着した。
ラグルさん達冒険者の4人は、夜遅くまで護衛のフォーメーションとか、危険度が高い魔物との遭遇ポイントとかで話し合ってたみたいだけど、結局その日は魔物が出てこなかった。
代わりに、街道沿いにゴブリンやスライムの残骸? が放置されてた。
「あの狼達には笑っちまうな」
「ああ。これ見よがしに俺達の前に現れては、アピールするように尻尾を振りやがって」
「サクヤちゃんに懐いてついてきてたのか?」
「いや……。着いてきたというよりは、先回りして魔物を片付けてくれてたらしいな」
と、いうことみたい。『ほら! いい狼さんだったじゃない!』……言わないでおこうかな。また怒られるのが目に見えてるし。
ギュレールの中に入ってからすぐに、ラグルさんの仲間の冒険者さん達は「宿を取りにいく」と言い残して街中に行っちゃった。ヴェリエさんとも市場で別れて、ラグルさんと2人になった。
「ほぇ~」と、辺りをきょろきょろ見回しちゃう。門を通って真っ直ぐ伸びるメインストリートには、いたるところに露店が並んで、店員さん達が声を張り上げて呼び込みしてた。食品が多いようで周りからいい匂いがしている。
街自体は、私が住んでた街に比べると小さいけど、すごく活気があった。
「ここは王国南地区の要所だからね。東西南北の街道が交差していて、兵士の移動や商人達の通り道、そして俺達冒険者の拠点的な街だな」
「すごいんですね」
「そうだぞ~。すごいんだぞ~」
ガハハ! と、自慢気に笑ってるけど、『元の世界ではここよりすごいとこに住んでいたんです』なんて、言わないほうがいいよね。
それよりも……、歩いてるときに擦れ違う人達が、私をジッと見てくる視線が気になっちゃう。
「ラグルさん……」
ちょっと怖くなった私は、身長180センチはあるラグルさんの服の裾を後ろからキュッと掴む。
「うん? あ~、心配するな。その服がちょっと目立つだけさ。それとサクヤちゃんが可愛いからな! ハハハ」
そう言って笑うラグルさんの大きな体に隠れるように、距離を縮めた。
服を変えたら目立たなくなるかな……。
この街での私の目的地、冒険者ギルドに到着した。街の中心に一際大きく、ド~~~ン! と、その白い建物は存在を示すように建っていた。
ギルドの入り口前は、東西南北からのメインストリートが交わる場所で、大きな広場――公園みたいになっていた。公園の中心には噴水がある。街路樹やベンチもあるし、この街の憩いの場なのかな?
両開きの扉を開けて中に入っていく。中はホールのようになっていて、左右にテーブル席がおかれている。食堂にもなっているらしくて、数人の冒険者らしい人たちが食事をしていた。
その中の数人……ていうか、全員が驚いたように、ガタ! と椅子を倒しながら勢いよく立ち上がった。
「ラグル! 隠し子か!」
「違うわ!」
「じゃ~、これか?」
少し小太りの、口の周りに髭を生やしたおじさんが、小指を立ててニヤついてた。
顔全体がカ~~~~と熱くなって、咄嗟にラグルさんの腰に抱きつく。そんな私の頭をラグルさんの大きな手が優しく撫でてくれた。そして、剣の柄を持って少しだけ抜いてみせる。
「……斬るぞ?」
ラグルさんの覇気を波らんだ凄みのある声に、男たちは一斉に手を上げて首を横にプルプルと振った。
「あいつらにサクヤちゃんのことを説明してくるから、サクヤちゃんは奥のカウンターにいるお姉さんに、冒険者登録お願いしますって、声をかけてきな」
「はい!」
駆け出してカウンターに向かうと、後ろのほうから「青色だったな」と、聞こえた直後、バキ! と、何かが殴られた音がしたけど……今は気にしないことにした。
カウンターは140センチくらいの高さがあって、145センチしかない私だと、背伸びしても少し辛かった。……ごめんなさい。虚勢張りました。少しじゃなくて、すご~~く辛いです! 体全体がプルプル震えだしちゃった!
「あ~、ちょっと待ってね(笑)」
カウンターに居た、金髪でストレートロングヘアの似合う20歳くらいのお姉さんが、木の箱を持ってきてくれた。木の箱に乗ると、カウンターがちょうど胸の高さになった。
「お嬢さん、どんな御用かしら?」
「えっと……冒険者ちょろくしちゃいです!」
噛んだ~~~! 見事に噛んじゃったよ~~~!
お姉さんは、カウンターに屈伏して右手をバンバン! とカウンターに叩きつけてるし。こういうときは我慢しないで大笑いしてくれたほうがいいよ~~~! 余計に恥ずかしいよ~~~!
笑いを我慢して目尻に溜まった涙を拭きながら、お姉さんが真剣な目で私を見る。
「ごめんなさいね。冒険者は15歳以上からじゃないと登録できない決まりがあるの」
「あ、私いま15歳です」
「……え?」
「え?」
私とお姉さんは、お互い頭の上に ? を乗せて見つめ合う。私は嘘を言ってない。お姉さんは私が15歳に見えない。そんな感じで……。
そんな状況を助けてくれたのは、頼りになるおじさん、ラグルさんである。
あの村で、勝手に出来ちゃったキャラ設定を説明してくれた。
「でも、記憶喪失なんでしょ? 15歳というのも疑問ですけど……」
このお姉さん、意外と石頭……。
「身分証が必要だろ? ギルドカードはその代わりにもなるし、本当に15歳じゃなかったらカードその物が作られないはずだ」
「それは……魔法で作成されるカードは神が記す嘘偽り無い情報ですけど……。わかりました。やってみましょう」
紙に名前と住所とかそんなの書くだけじゃないの? ……魔法。そして神……見習いの女神……。いきなり海賊に襲われたの謝ってもらわないと! もう1度会えるのかもわからないけど!
「じゃ~、その魔法陣の上に右手を開いて置いてね」
赤いインクで円とその中心には☆マークが、円の外には読めない文字が書かれてた。その魔法陣にそっと右手を乗せると、お姉さんがブツブツと呪文みたいなのを唱え始めた。
「「キャ!」」
お姉さんと私が同時に驚きの声をあげた。
魔法陣が光輝き、直後にバリバリ! と、すごい音を響かせながら、黒い稲妻みたいなのが数本、渦を巻くように立ち昇ったから。
「おい! こんなの今まで見たことないぞ! 中止だ! 魔法陣から手を抜け!」
「ダメ! 手が吸いつけられてるようで動かないよ!」
「クッ!」
ラグルさんが肘のあたりを持って引っ張ってもビクともしない。
悪戦苦闘してると、稲妻は魔法陣から2メートル上の1点に集まっていって、バチン! と弾けたあと、1枚のカードが落ちてきた。
「出来たみたいですね……。あ、言っておきますけど、私は詠唱は間違ってないですよ!」
「ああ。わかってる」
お姉さんが落ちてきたカードを拾い上げて、ラグルさんも覗き込む。
「な!?」
「え!?」
2人同時に驚愕した顔で私を見た。それはもう、目が飛び出ちゃうんじゃないかってほどに。
「私のカードはどうだったんですか?」
私もお姉さんが持ってるカードを見ようとしたら、お姉さんが素早くカードを背中側に隠しちゃった。
「明日! ……いえ2日ほどこのあとの手続きにかかるから、また2日後に来てもらえるかな?」
「うん。そのほうがいいな! そうしよう! そうするべきだ!」
ラグルさんの様子が変だけど……。
「わかりました。楽しみにまってます」
そう返事をして、なんとなくソワソワしてるラグルさんと宿に向かった。
2日後、私の冒険者ライフが始まるぞ~~~!