第49話:形ある物はいつかは壊れるんだよ。それが伝説の物でもね……。
対面が終わって謁見の間を出ると、カスケールさんが呼び止めてきた。
想像して笑っちゃったから注意されちゃうのかな?
と思ったんだけど、凄くにこやかな顔してた。
「これから私の別宅まで来てくれないか?」
「いいですけど、王都の家が別宅なんですか?」
王都にある家が本宅じゃないの?
「私も領地を持っているからな。そっちにあるのが本宅なのだよ」
「お姉様にお会いするために領地を出て、王都まで来ているのですわ」
「あ~。なるほど」
うんうん。て、頷いて見せたけど、さっぱり分かんないや。
ま~、そんなやり取りがあって、カスケールさんの家に行くことになった。
お城を出て、大通りになっている道に出る。
さすがに王都だけあって、お城の周りには石造りの立派な建物が建ち並んでいる。
道も整備されていて、全部が石畳で出来てる。
「こっちじゃ。ついてきてくれ」
「は~い」
と、お城から出てT字路になっている道を右に進もうとしたとき、後ろから、ドドドっていう地鳴りに近い音が凄い速さで近づいてきた。
何だろう? て、振り返ろうとしたよりも早く、それは駆け抜けていった。
あっという間でよく見えなかったけど、大きい犬らしきものが、子供を3人背中に乗せて疾走してたような……。
「クックさん。今のって、もしかしてモフモフさんかな?」
「クックック。どうでしょう? 私でもあまり見えなかったですが」
「お姉様。きっと何かの勘違いですわ。街中で狼が走り回ってたら、大問題になりますもの」
「だよね~。ただでさえ、3メートルを超える狼だもんね~。馬か何かと勘違いしたんだよね~」
ということにしようとしたんだけど、直後に息をきらせてヨロヨロになった兵士さんが3人走ってきて、私達の前で力尽きたように座り込んじゃった。
「何か訓練で走ってるんですか?」
「い……いや。狼が街中を走り回っていて、それを追いかけてたんだけど、俺達が1周する間に何回も追い抜かれて、もうどっちが追いかけてるのかさえ分かんなくなった……」
何やってるんだか……。
て、モフモフさん本当に何やってるの!
追いかけても追いつけなくて、追い抜かれちゃうんだったら、逆の発想で逆走したらいいんじゃないかということで、兵士さん達が走ってきた方向に走っていく。
何回かすれ違ったけど、早すぎて止めることが出来なかったよ。
で、そのまま進んでいって、王都の入り口のところに着いたらね、小さい子供達が10人くらい列を作って並んでた。
その先頭には、リリーが列の誘導をしている姿が。
「リリー、なにやってるの?」
「あ! サクヤっち。これは違うの」
何が違うんだろう……。
「お姉ちゃん、順番飛ばしはダメだぞ。ちゃんと銅貨1枚払って後ろに並んでよね!」
「私は乗らないけど……お金取ってるの?」
「やば!」
と、言いつつ逃げ出したリリーだけど、そのリリーをクックさんが後ろから服の襟を掴んで持ち上げると、リリーは親猫に首筋を咥えられて大人しくなった子猫みたいにシュン……てなっちゃった。
そしてそのタイミングでモフモフさんが横滑りしながら止まって、背中に乗せた子供達を降ろすために伏せた。
私と目が合うと、勢い良く振ってた尻尾が元気なく垂れ下がった。
『ボス、これは違うんです』
「リリーと同じこと言うんだね。で? 何が違うの?」
『お金を儲けるためじゃなく、子供達を楽しませようと街の外周を疾風で1周……』
「楽しませるだけだったらお金取らなくてもいいよね!」
『キャイ~~~ン!』
許して! みたいな顔で見つめてくる。
まったく……疾風で街を1周なんて……私も乗ってみたい!
――違う違う! お金を取ってるなんて!
「クックック。おそらく、街を1周というのはともかく、お金を取ることを考えたのはリリーでしょう」
「さすがクックさん先輩! 大当たり!」
「……おだてても許しませんよ?」
小さい子からお金を取ることは許せないんだけど、その子供達がモフモフさんの背中に登ったり、体を撫でたりして楽しそうにしてるんだよね。
ていうかモフモフさん凄く懐かれてるな~。
まあね、私も鬼じゃないよ。
カスケールさんと相談した結果、お金を払った子はリリーが覚えてたから、その子達にお金を返して、今からはお金を取らずに遊んでいいってことになったよ。
「でも! 街中を疾風で走るのは禁止だよ! 道には人が歩いてるし、子供達が振り落とされたら危ないからね!」
『分かりましたボス!』
「わかったよ~」
と、勢い良く尻尾と手を振る2人と別れて、私とクックさんはカスケールさんの別宅に向かった。
リリーとモフモフさんを2人だけにしていいのか、凄く不安だけどね……。
で、着いたよ。
公爵のカスケールさんの別宅ということで、どんな立派な豪宅かと思ってたんだけどね、着いたところは、一般都民が暮らす住宅地の中の2階建ての普通の木造住宅。
中に入っても、普通の家だった。
玄関のドアを開けると、リビングがあって、その奥に階段があって、右側にダイニングキッチン。
想像してたのは、メイドさんがズラ~って並んでて、出迎えがある屋敷だったんだけど、外も中も全てが普通の家。
そんな家の2階に案内されて、部屋に入った。
そこで、壁に飾られてた鞘に入った剣を手に持って、驚くべきことを言われちゃった。
「これはその昔、善の元初の魔王が使っていた伝説の勇者の剣だ」
「どうして普通の民家にそんなものが飾られてるの!?」
驚いたよ。
だって、そんな大事なものは、お城の宝物庫とかに大事に護衛つきで保管されてるんじゃないの?
「城が攻められて落とされたとき、真っ先に調べられるのが宝物庫だからな。まさかこんな民家にこんな物があるとは思わんだろ。敵軍も盗賊もな」
「なるほど~」
そうなの? なるほどって言っちゃったけど、実際はよく分かんないな~。
そんな私の反応を見て、鞘から剣を抜いて見せてくれた。
普通の剣に見えるね。
武器とかの知識なんて全然ないから、普通の剣っていうのもサッパリだけど。
「素材が謎の金属で出来ていてな。伝承では、魔王が使うと、剣が輝いてどんな敵でも切り裂いたらしい。しかし、魔王以外の者が抜いても、見ての通り普通の剣なのだ」
そう説明してくれて、抜かれた剣を差し出してきた。
「これを授けよう。いや……今こそ、元初の魔王サクヤ様に返そう。受け取ってくれ」
「あ、はい。ありがとうございます」
差し出された剣の柄を握ろうとしたら、剣がわずかに光った。
凄い……本物だよ! 私って本物の魔王だったんだ!
て、だから違う違う! 本物の伝説の勇者の剣だよ!
興奮しながら柄を握って……。
「あ、おも!」
剣自体がとても重くて、当然、力のない女の子に片手で持てるわけもなく、ツルっと手から滑って、床に落ちて……。
ガス! パキン! ガランガランガラ~ン……。
「……」
「「「……」」」
1番聞きたくない音だよね……。
剣身は床に刺さって聳え立ち、根元から折れた柄の部分は床を転がったよ……。
空気の張り詰めた沈黙が痛いね……。
「ごめんなさい……」
温かいものが、両頬を伝って流れていった。
たぶん、真っ青な顔になって、泣いちゃってるよ。
「……クックック。サクヤ様は何も悪くありませんよ。何千年も経っていたら、脆くなっていて当たり前……」
「う……うむ。私も重さを考えないで、直に渡してしまったのがいけなかったのだ」
「そうですわ! お父様も悪かったですし、形ある物はいつかは壊れますのよ!」
みんなが庇ってくれて、なんとか涙は止まったよ。
でも、形ある物はいつかは壊れると言っても、伝説の剣がこんなに簡単に壊れるなんて……。
柄だけになった部分を拾い上げて鞘に収めておく。
これだけでも、鞘の中に剣があるように見える。うん、見えるね。
でも……折れた剣って、直せるのかな?