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The world is beautiful.

「一時間ほど断水しぁーす。宜しくお願いしぁーす」


 "ま"の字が言えない業者の通告に、

「はーい」

 と答えてから三〇分はったろうか。

 安藤は午後に提出のレポートを書き終え、珈琲に口をつけ一服いっぷくしていた。

 飲み終わる。レポートを再読さいどくしてみる。尿意にょういをもよおす。便意べんいももよおす。持たない。共同トイレへ。


『断水中です』

「なん、だと?」


 ロイドの言葉にこの世の終わりを見た。

 トイレに行けば修理中の立て看板が。部屋に戻る。


『あと二〇五分。一〇秒、九秒、八秒――』

「やめろ!!」

 ロイドの言葉に安藤は悲鳴を上げた。

 逆効果だ。発射はっしゃ一〇秒前。九、八、七――Lift Off!

宇宙へ向けた浪漫ろまんも場合をわきまえなくてはならない。

 盛大な貧乏ゆすり。机がれる。わずかに残った珈琲が波打つ。

居ても立ってもいられない。部屋の中を歩き回る。おどる。

たまらず花畑をける少女のようにらんらんと駆け回る。

下の階からどんどんと天井を叩く音がした。

――いたのか。こんな真昼間まっぴるまから部屋に閉じこもってんじゃありません!


「あと何分だ?」

『一〇分です』

――うおぉぉぉおお!

 しゃかりきに耐える。耐える体勢が悩みどころだ。

「あと何分だ?」

『一〇分です』

「壊れてんじゃない?」

 安藤の目にスーパーのビニール袋がとまった。


――だめだ


 それはだめだろ。文明人なんだからと、何度も自分をいましめる。

 夏の蒸し暑さ。尿意と便意のダブルパンチ。流した汗がもはや、純粋な汗であるかも疑わしい。


 安藤の目に田舎いなかのお祖母ばあちゃんがおきょうとなえている姿が浮かんだ。目に涙が浮かんだ。


――こんなのやってられっかよ!


――お祖母ちゃん……ごめん。ひどいこと言って。こんなことなら俺もお経を覚えたらよかった。

 お経をとなえたら無心むしんになれる。こんな有効な使い道があったなんて。ひとはその時にならないとわからないものだ。

 足がガタガタと猛烈もうれつふるえている。


『あと三分です。トイレに行かれたら宜しいかと』


 ロイドの言葉にダッシュした。玄関をね開けた。くつき忘れた。

 黄色い立看板を折りたたんでいる業者と目があった。

――オワタ?


「あ、お待たせしぁしたー」

「……ぃ……ッ」

 "ま"の字が言えない業者の言葉に、安藤は言葉にならない言葉を返す。

トイレに駆け込んだ。


――……にぁぁぅっ……ぁぁっ……!


 しばらくは花畑の映像をご想像ください。


  ※  ※


 汗ばんだほほを、夏の木陰こかげを抜けた風がひんやりとでる。

――ああ……。

 屋外廊下から見える樹木じゅき。青々とした葉っぱ。その葉っぱの上で乱反射した日光がきらめき光る。木漏こもれ日のかおり。生き生きとしたせみの鳴き声。普段と何も変わらないはずなのに――。



――世界はこんなにも、美しかった。



 安藤は部屋に戻った。

『あ、間に合いましたか?』

 ロイドが話しかけてくる。思えば電子レンジとは言え心配をかけた。

「ふ、らしはせん。俺を誰だと思っている? ことは穏便おんびんませたわ」

『そうですか。それは重良じゅうりょうです。――ただ、その靴下はさっさと脱いでくださいよ。靴もかずに飛び出したでしょう? 同じ部屋のものとしてはいただけません』

「あ、そっか」

 安藤は素直に靴下を脱ぐ。


――……。

――待て?


「お前……見えているのか?」

『…………』

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