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レベル48『山賊王』アグネス・デルジタ前

 流れる汗の感覚が、ひどく鮮明だった。

 炎を吸い込むような呼吸の熱さに痛む肺胞の一つ一つまで、認識が出来る。

 じりじりと死んでいく細胞の一つ一つ、燃え盛る炎に炙られていく草花の断末魔まで聞こえるような、そんな感覚。

 ボロボロになるまで使い潰したヘッドフォンを、お高い最新の物に買い換えたような鮮烈さ。

 まるで映画のスタッフロールのように、眼球の裏側から連続して何かが流れていく。


『LEVEL UP』

『LEVEL UP』

『LEVEL UP』


 まるでゲームのようでありながら、腕の中に残る肉の重さだけは、どこまでも現実だった。

 耐え難い温度にまで上がった炎の渦の中、彼の身体から溢れ続ける血は落ちた側から蒸発していく。

 そういう肉の重さとは違う何かが、すっかり抜け落ちていく事すら、今の私にはわかった。


「お、おい、メリーポピー!そろそろヤベーんじゃねーか!うちも鬼じゃねえんだ、ちっと頭下げたら許してやるからよ!」


 彼の胸に刺さっていた、私が刺した短剣を引き抜く。

 死後硬直で固まった肉も、炎の渦も、するりと斬れる。

 斬れて、しまう。


「……んだ、てめえ」


 斬った炎の先にいたのは、女だ。

 炎のように真っ赤な長い髪、褐色の肌を包むのも派手で真っ赤な皮鎧。

 昔、教科書か何かで見たような大きな和弓とは違って、彼女が手にしているのは森の中でも使いやすそうな小さな短弓だ。

 訝しげな表情を浮かべる彼女は、どこか幼い。

 無意味に大きな胸とは妙に印象がズレて、変に無垢な物を感じさせる、子供がそのまま大きくなったような、そんな女だ。


「てめえ、おい。……何を抱いてやがる」


 多分、嫌な奴じゃあない。

 図々しくて、無神経で、私からは絶対に近付かないような女だけれど。


 私は一歩、前に出た。


 それでもきっと、嫌な奴じゃない。


「そいつは誰だって聞いてるんだよぉォォォォ!」


 涙を流していた。

 ぴくりとも動かない彼を見て、仲間の姿を見て、彼女は、『山賊王キングオブバンデット』は泣いていた。

 反射的につがえられた矢は同時に三矢、ぶるぶると震える手は今にも手を滑らせてしまいそうな危うさがある。


「お前が」


 仲間想いの優しい娘だ。

 彼が話していた通り、口は悪いが何度も何度も勇者パーティの危機を救った『山賊王』の姿が、そこにあった。

 距離にして、二十メートル。


「お前が泣く資格なんて、ない」


「っ!」


 それは、それなりのステータスがある者なら、ゼロとしか言えない距離だ。

 踏み込み、身体の動き、短剣を振るうルート。

 その全てを剣術スキルは教えてくれる。

 私にとって煩わしいだけだったスキルが、今は必要だった。

 短剣の先に僅かな手応え、即座に断ち切られた弓を手離した『山賊王』は、すでに腰に下げていた鉈に手をかけている。

 反射が早い。


「お前が殺した」


 私の言葉に意味があったのかは、わからない。

 だが視線は遠く、私を素通りして置いてきてしまった彼の元に。

 彼女が鉈を抜くには、すでに間に合わない。

 その事に、ひどくいらつきを覚えた。


「て」


 一振りで右の手首を落とした。二振りで左の手首を落とした。三振りで両膝を落とした。


「めえが」


 四振り、は間に合わず。

 すでに後ろへと地面を蹴っていた彼女は、四肢を失いながら、倒れ込んでいく。


「ヤったな!?」


 彼女の頭の後ろで、突然の光。

 何が起きている、と反射的に歩を止めてしまった。

 受け身とは真逆に力一杯叩き付けるように彼女の頭は、地面に落ちる。

 同時にガシャンというガラスが砕ける音と、冗談のような光景が目の前に広がっていた。


「虎の子のエリクサーまで切らされちまった……アニキに頼まれた、こんな簡単な仕事でよォ……」


「…………」


 言葉には出なかったが、死ぬほど驚いた。

 斬ったはずの手足が、一瞬にして再生している。

 落とした手足は、まるで引き抜かれた大根のように地面に転がっていて、あまりの出来事に目の前で豹のような身のこなしでバク転してみせた『山賊王』を追う事すら忘れてしまった。


「姐御!?大丈夫ですかい!?」


「うるせえ、黙ってみてろ!タイマンだ!」


 百人の部下、と言っていたのは何一つ誇張はなかったらしい。

 彼女しか見えなかったせいで気付かなかったが、私を囲むようにずらりと並んでいた。


「なんてきたねえ奴なんだ、てめえは……」


「……何を言ってるの」


 俯き加減の彼女の顔は、よく見えない。

 だが、震える声には、間違いようのない心情がこめられているように聞こえる。


「逃げ足だけはうちよりはええ、あのメリーポピーが適当に撃った矢に当たるはずねえだろうが!?……なんで矢傷の他に、もう一つ傷があるんだよ」


 顔を上げた彼女は、血の涙を流していた。

 私が憎くて憎くてたまらない、誰が見たって理解出来る。そんな表情。


「あいつはよォ……口ではなんだかんだ言いながら、ぜってーに友達は見捨てねえよ。うちだって何回も助けられたさ。……だから、うちらはあいつに声かけねえでエルフの森を焼いた。とりあえずとっ捕まえて、縛り上げておきゃ大丈夫だろってな」


 光が生まれる。今度は身体の左右。

 目を離していた、なんて事は絶対に有り得ない。


「なのに……そんな友達想いのあいつを……てめえを助けにきたメリーポピーを、そのきたねえ短剣で、騙し討ちにした。そうだろ?」


「はあ?」


 なのに、彼女の右手と左手には、鉈が一本ずつ握られている。

 今のは何なのか、どうやって再生したのか。

 剣術スキル一本で、百戦錬磨の勇者パーティの一人を倒せるのか。


「名乗ってやるぜ、クソエルフ……『山賊王』アグネス・デルジタ。うちがあんたを殺す」


 そんな事は、知った事か。

 レベルが違う、才能スキルが違う、経験が違う、手札が違う。

 ダメな理由を並べようと、何一つ結論は変わらなかった。


「キミを、斬る」


 ゴミのように、斬って捨てる。

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