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レベル1『並ぶ者なき』メリーポピー後前

 唐突に、脈絡もなく、エルフの森が燃えていた。


 千年二千年、それ以上に長い長い年月をかけて育った木々が、炎に包まれていく。


 この深い森は二度と再生する事はないだろう。そう思えるほど、巨大な炎だった。




「あ」




 エルフ達は、こんな時まで気ままだ。


 消火しようという者もあれば、さっさと逃げ出したエルフもいる。


 逆立ちしたままの奴だっているだろう。


 ただ、その誰の顔にもどこか他人事のような表情が浮かんでいる。


 積み重なった歳月と、復活の約束されたエルフがたかだか自分の生死であたふたするはずもない。




「う」




 そして、そのふたつがあるのに、あたふたしてるエルフがいる。そう、私だ。


 流れ込んでくる煙と熱は、いつの間にか覚えていた精霊魔法である程度は流せる。


 けど、ここから何をどうしていいか全然わからない。


 逃げる?どっちへ?


 消火する?私なんかよりよっぽど強いエルフ達が諦めてるのに?


 何をどうしていいかわからない私は、我ながらバカみたいに変わらずに三味線を弾いていた。


 なんでこんな時に!と怒ってくれる誰かがいれば、まだマシだったのかもしれないけれど、エルフにそんな協調性を期待する方が間違っている。


 それに、




「お」




 彼が戻ってきていない。


 火を見かけた瞬間、「ここで待ってて!」と言い残した彼はあっという間に駆け出してしまった。


 本当か嘘かわからないが、さすが勇者ご一行の一員だ。


 待ってて、と言われたからには待ってた方がいい……んだろうか。


 ひょっとしたら火に囲まれて、戻ってこれなくなってるかもしれないし、それならさっさと逃げた方がいいんじゃ。


 というより、そもそも戻って来ないだろう、わざわざ。


 これだけ大きな火だと、自然発生の山火事と思うより、どこかの軍隊が火を付けたと考えた方が自然な気もする。


 じゃあ、逃げた方がいいのか、ここにいた方がいいのか、という疑問はまた振り出しに戻ってしまうのだけど。


 ちまちまと害虫を駆除するエルフがいて、その青々とした麦畑は炎にまかれている。


 百発百中の弓を披露する相手だって、火をかけたであろう誰かではなく、動かない的だ。


 逃げる人は逃げて、日常生活を送り続けるエルフ達を見ていると、頭がおかしくなりそうだった。


 あまりの超絶弓術は、焼け落ちる的が地面に落ちるまで三射が入る。


 ふっ、と満足げな笑みをこぼすエルフも、炭になった手足が耐えられずに崩れ落ち、ひねり潰した虫と共にエルフが燃えていく。


 なんて頭のおかしい種族なんだろう。


 悲壮感を感じればいいのか、どう思えばいいのかすら私にはわからない。


 どうしよう、本当に何をどうしよう。


 私は冷たい人間だ。


 世界の裏側で知らない子供が餓死しようと、かわいそうだね、と思って終わりだ。


 近くの同僚が亡くなっても、せいぜいお線香をあげてご愁傷。


 激しい喪失感なんて味わった事はないけれど、これまで長い長い時間を過ごしてきたエルフの森自体には愛着がある。


 いや、それだって外を知らず、外が怖いだけか。


 彼の物語と、私の音楽を楽しんでくれた人達が焼け落ちた事自体にが辛いわけではないのだと思う。


 本当につらいなら、涙の一つくらい流すだろうに。


 私は私一人で完結していれば、それでいいダンゴムシだ。


 彼が戻ってくるはずなんて、ありはしない。


 こんな無価値な私に、誰が何の期待をするというのか。




「ああ」




 そうか。


 私は私の命だって、言ってしまえばどうでもいい。


 確かに音楽は好きだけれど、私を好きなわけでもないんだ。


 鍛えていない精霊魔法では耐えきれなくなった炎が、じりじりと私の肌を焼いていく。


 痛い。けれど、それは痛みでしかない。


 私のヘドロのように濁って詰まった魂を粉々に打ち砕くには、こんな火では熱量が足りていない。


 星さえ創ってしまうような音の群れに比べれば、炎すらキンキンに冷えたコーラのようなものだ。


 もう今さら逃げられるはずもない炎の中、その事に気付けた。




「うん」




 また来世。


 自然と、そんな言葉が零れた。




「いやいやいやいや、来世はちょいとおいら困っちゃうかなって」




 すっかり私を囲む炎の中から、彼が来た。


 額から流れる血を拭いもせず、荒い息を隠しもせず。


 そのくせへらへらと笑いながら、膝はがくがくと揺れている。


 右手には似合いもしない短剣、左手は何をどうしたのかぴくりとも動かしはしない。




「…………?」




 どうして彼は戻ってきたんだろう。


 この炎の中を?私のために?


 いや、それは自惚れ……いやでも、他に理由がある?


 頭の中に選択肢すら浮かばず、私は小首を傾げた。




「……そんなどうしてって顔されても困るかなって」




「私は」




 何を言おうとしてるんだ。


 それすら私はわからない。




「こ、こで燃え尽きても、いい」




「いや、それはおいらが困るんで」




「……そう?」




「あなたに生きて欲しいんで」




 困った。


 何が困ったかって、優しく微笑まれながら手を差し伸べられる経験がなくて、どうしたらいいかわからない。




「……バカなの?」




「あ、はい……」




 ああ、違う違う!?


 こんな事が言いたかったんじゃないのに、動き慣れていない口が勝手に!?


 いやでも、バカ以外のなんだっていうのさ!


 一人なら逃げられただろうに、わざわざ戻ってきて!炎の中に!


 つまり?




「キミは、私の事が、好き」




「ヒョエッ」




 思った事を口に出したら、彼はどこから声を出してるのかわからないような奇声をあげた。




「はっはっは、エルフさん。今はそんな事を言っている場合ではありません。早く逃げましょう」




 いくら人の心がわからない、ダンゴムシの私でも、熱さとは違う赤色に染まった彼の顔色は読めてしまった。


 差し出された手に、私は触れる。




「あ、あの」




 何年、何百年、ひょっとしたら生まれたての赤ん坊時代ぶりだろうか。


 少なくとも私が物心ついた時から、他人の手に触れた覚えがない。


 そういう意味では、初めて私は他人に触れた。


 女の私と大して変わらない、ホビットの小さな手。


 なのに、皮が厚くてごつごつとした触り心地だ。


 拳を握った時にぼこって出てくる骨が、めっちゃ大きい。すごい。




「あ、あの、エルフさん?」




「ん」




「ど、どうしたんでしょうか?」




「手?」




「はい?」




「手?」




 何が?いや、私もわからない。


 割とすべすべしてて、この触り心地好きかもしれないな、とはわかった。


 なんだろう……すごくたのしい!


 頭悪い感じだけど、私は今すごくたのしい!




「あはは」




「ええー……意味わかんないけど、笑顔ちょうかわいい」




 これが人間!


 生きている!


 彼は生きていて、私も生きている!


 たったそれだけが、何故かたのしくてしかたない!




「いいよ」




「へ?」




「行こ?私をあげるから」




「へっ?……そ、それはどういう意味で」




「……わかんない」




 私にしっかりした理性があれば、もっと上手く生きられたはず。


 つらいことも我慢して頑張っていただろう。


 所詮、私は快不快の反射でしか生きていない。


 だから、感情で生きよう。


 この生まれて始めての楽しさに、身を委ねてしまうのも悪くなさそうで。




「それとも、キミは、私をいらない?」




 あ、ヤバい、と思った時には遅かった。


 口に出した瞬間、自分でもびっくりするくらい涙が溢れてきている。


 なんでこんな程度で、と慌てる理性は一瞬にして塗り潰された。


 悲しい、悲しい、ただただ悲しい。


 それだけが私の中に残ったもので、




「な、何言ってるんすか!俺はあなたが欲しいに決まってます!」




「あ、そう?えへへへ」




「やばい、可愛死ぬ……」




 同じくらい一瞬で喜びに塗り変わる。


 ちょろーい。私ちょろーい!


 ……いや、十年くらいかけないと落ちないヒロインとか、まったくちょろくないな。




「ああもう!そうと決まれば早く逃げましょう!」




「うん。私を連れて行って」




 どこまでも。


 こんな所で死にたくない。


 今、はじめて心からそう思えて、私はぱちりぱちりとまばたきをした。




「おいおい、うちに挨拶はなしとはひでえじゃねえか、メリーポピー」




「あ?」




 まるで間違い探しのようだった。


 さあ、まばたきする前とした後、何が変わったでしょう?


 答えは簡単。




「矢?」




 彼の胸の真ん中から、矢が飛び出していた。

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