中世後期
中世後期の世界秩序
マナ教の崩壊後、いましめから解かれた世界は魔術に傾倒し、エルフ族が覇権を握り、そしてその帝国が崩れ去ったのち、世界は小康状態へと向かっていく。
大陸西部には、エルフス帝国に敗れたのちも強大な軍事力を保つ、リザード族による国が興った。中央部にはエルフス帝国が残り、依然としてその影響力を保っている。東部には広大な魔獣支配地域が広がり、百年二百年の時をかけながらエルフ帝国の手により開拓されていくことになる――
現在の世界の原型が作られたのはこの時期だった。種族ごとの魔術特性の発見により生まれた種族ヒエラルキーは、同種族内での横のつながり、協同、そして排他的意識を呼び起こし、単一種族国家という新たな概念を生み出した。
つまり、リザード族によるリザード族だけの国家、エルフ族によるエルフ族だけの国家、といった、現代では常識となった国家体制はこの時期にようやく生まれたものだったのだ。
しかし、すべての国家が単一種族国家となれたわけではない。むしろそれを成し遂げえたのはごく一部の国家のみだった。たとえばリザード族だ。彼らの戦闘教義を実行できたのはリザード族のみであり、その軍事力で領土を広げていくなか、リザード族の地位は上がり、そして相対的に他の種族の価値は下がっていった。戦争で新たに獲得した領土はリザード族のものとされ、そこに住んでいた他種族の住民は追放か、強制移住の憂き目にあった。次第に国内の他種族へも差別意識が芽生え始め、彼らは「自主的」に出ていくことになった。単一種族国家の誕生は、他種族への差別の始まりだった。
新たな国家
単一種族国家は、新たな宗教であるともいえる。国という幻想を信仰し、これを愛国という。愛国心は多くの活動の力の源となった。その活動がいい方へ向かうにせよ、悪い方へ向かうにせよ、だ。
そして単一種族国家となりえなかった国家も、どうにかこの愛国の精神を手に入れられないかと考えた。その代表例がハーフエルフ族が人口の大半を占めている国家、ブリッドだ。エルフス帝国の南東に位置するブリッドは、ちょうどヒト族・エルフ族・ドワーフ族の生息域の境目に領土を構えていた。そのため人口のほとんどが多かれ少なかれ混血しており、単一種族国家云々どころか、国への帰属意識すら薄いありさまだった。てんでんばらばらの種族をまとめて一か所に置き、我々は同じ国民だと言い聞かせてもそれには無理があろう。ただ、中世においてはこういった国家は珍しくもなかった。
さて、ブリッドは、ブリッド国民をブリッド国民たらしめるための、共通の何かが必要だった。中世、そして近世においてもその「共通の何か」として多くの国家でよく用いられたのは、国王への崇拝だった。しかしながらブリッドは国王をたてるわけにはいかない事情があった。国王をどの種族から選ぶのか――国王に選ばれなかった種族からの不満は避けられない。他種族国家ならではの悩みだ。
ちなみに、ブリッドは国王がいない状態でどのようにして国政を行ったかというと、各種族から一人ずつ選ばれた代表者による合議制だった。代表者は世襲され、言うなれば国王が複数人いるような状態だった。共和制のはしりだといえないこともないが、これ自体を共和制だというには無理がある。
話を戻そう。ブリッドは国家の固形化のため、偶像を求めていた。国王でも種族でもない何か。しかしブリッドはすぐに見つけ出した。
ブリッドの領土は東を魔獣支配地域に面していた。国民は魔獣討伐を切望し、ある宗教、つまり標準派を受け入れた。標準派はその地に根を下ろし、中央聖堂を建て、そしてマナ教との直接対決に挑んだ。
そう、ブリッドは標準派の中央聖堂のある、レレックスをその領土内に有していた。これにブリッドは目をつけた。