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おまけ イールのその後

 あたしの名前はイール。ついこの間まで、ある星で「春の女王」をやっていた天使である。あたしは、ある日突然悪魔になってしまった。理由はわからないし、何の前触れも無かったので困惑のままに、世界の果てまで逃げてきた。


 幸いなことに天使としての力は健在のようだが、悪魔になった影響で変な作用が出るおそれもあるため、下手に行使する勇気もない。


 なぜ自分がこんな目にと思うと涙が枯れることはないが、自力でどうにかできるようなことではない。悪魔なら悪魔らしく、この世界を傾けるような悪事を働くこともできるのかもしれないが、小心者のあたしには土台無理な話だ。


 格上の天使にでも見つかってしまえば、問答無用で即座に消去デリートされる身であるから、もうこの世界に存在が許されるのもそれほど長くはないだろう。


 あたしは、本日の食事にありつくために、人目に付きにくい森の中で野草の採取に勤しんでいた。


「イールだな?」


 背後から男の声がした。心臓が飛び出そうなくらいにドキリとしたあたしは、蛇に睨まれた小動物のようにその場に固まってしまった。その後、ギリギリと音を立てるようにゆっくりと振り返った。


 そこには若い優男がいた。背は高いがひょろっとしており、復活を果たしたばかりの天使のように、あまり筋肉は発達していない。ただの人間であれば、見た目どおり弱い男なのだろうが、あたしの名前を知っている時点でその可能性はない。悪魔討伐を任務とする第一部隊が、あたしを追ってここまで来たのだと確信した。流石精鋭揃いと言われる第一部隊である。あたしに一週間の猶予すら与えてくれなかった。


「そうよ。あたしはイール。間違いないわ」


 格上の天使相手に逃げることなどできない。あたしは、覚悟せざるを得なかった。


「手間をかけさせやがって」


 男は不機嫌そうに呟いた。よくよく男を観察してみると、頭に光輪はなく、背中に翼もない。段々、この男が天使ではないような気がしてきた。


「貴方、誰なの?」


 思ったことを直接聞いてみた。もし任務で来た天使であるなら、しっかりと名乗るはずであった。


「幻界王アルファス」


 思いも寄らない答えが返ってきた。今まで幻界王の名前も顔も知らなかったが、私をこの広い幻界の中からすぐに見つけ出すという並外れた探知能力を考えると嘘を言っているようにも思えなかった。天使ではないから助かったということではない。天使以上の力をもって、確実に消去デリートできる者が目の前に現れたということを意味していた。顔が真っ青になった。


「一応聞いておこう。①この世から消滅する。②消滅は免れるが一生こき使われる。どっちがいい?」


 回答次第で助けてくれるということだろうか。淡い期待を抱きつつ答えた。


「…………②で」


 答えを聞いてアルファスは笑った。


「やっぱりそう答えるよなあ、普通。それじゃあとっとと消去デリートしてしまおうか」


 助かるかもしれないという希望は、泡のように一瞬にして消え去った。気まぐれだとは聞いていたが、人の心を弄ぶ最低な奴だった。会話などすることもなく淡々と消去デリートすることだってできるのに、わざわざ希望を持たせるようなことを唆して、期待から絶望へと表情を変えるあたしの様子を見て楽しんでいるのだ。


 口車に乗せられたあたしが馬鹿だった。もう、潔く消去デリートされるのが一番楽なのだろうと覚悟を決めた。


 アルファスは右手を伸ばし、あたしの体に触れた。そのままアルファスの手はズブズブとあたしの体の中に引き込まれていく。普通では触れることもできない領域に触れられていることは自覚できるのだが、目の焦点が合わなくなり、体も自由が利かなくなってしまったので抵抗することすらできない。あたしは、アルファスに為されるがままになった。


 アルファスの手が、何かに辿り着いたことがわかった。それはあたしの存在そのものであった。存在をこんな風に消す方法があるとは知らなかった。流石は、五大界の一つを支配する王である。いよいよ、その時が来たと覚悟したが、何かを抜き取られた感触がした後、あたしは消されることもなくまだそこに存在していた。


 あたしの体から引き抜かれたアルファスの手には、指と同じくらいの大きさの結晶のようなものがあった。


「悪魔の核?」


「そうだ」


 それは、そこら中に漂っている害が小さい悪魔の最小単位である。よほど濃度が高くならない限り、天使でさえ見向きもしない代物だ。アルファスが親指と人差し指に少し力を込めて核を潰すようにすると、それはあっけないほど簡単にはじけ飛んだ。


「はい、消去デリート完了」


「へ?」


 こんな方法聞いたことない。悪魔となった者は通常、派手な攻撃で物理的な肉体諸共、その存在を消されるというのが常識であった。


「大人しく俺の掌の上で転がっていればもっと簡単に済んだものを。もう余計な仕事を増やすなよ。わかったな?」


 混乱していたあたしは、アルファスの勢いに流されてとりあえず頷いた。


「さて、お前の処遇だが……」


 アルファスは、あたしの顎を引き寄せてまじまじと顔を覗き込んだ。顔が近い。


「改めて見るとお前、タイプだわ」


 急にそんなことを言われ、あたしは自分の顔は熱を帯びた。


「どうせ元の場所に戻ることはできないし、暫くの間は俺の世話役に決定」


 こうして、半ば強引にあたしは、幻界王の本拠に連れ去られた。




 あたしは、一度絶望の闇に閉ざされた。だけど、今は希望というものを改めて感じられるようになってきている。この延長線上に幸せがある。今はそう信じて生きるのみである。


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