全ては神の導きか……。
それぞれに精一杯の色とりどりの衣装を身に纏い、花冠を被ったうら若き乙女達。
村の広場には結婚適齢期の青年達と踊ったり、会話を交わす乙女達の姿が明るい笑顔と共に広がっていた。
花祭りの乙女達は意中の相手に己が被っている花冠を渡し、想いを伝える習慣があるこの村では若者達が己の結婚相手を見つけようと互いに必死になっているのだ。
しかし、そんな祭りの喧騒とは裏腹に村はずれの大木の上には母リーシャと共に縫い上げた白いワンピースと、朝露を纏った美しい純白の花を花冠にしたアンジェの姿が有った。
そんなアンジェのいる大木に向かって小さな足音が聞こえ始める。
「やっぱり此処にいたわね!」
「……クリス。 どうして此処に?」
小さな足音は大木の下で止まり、アンジェが眼下へと視線を向けると肩で息をする薄い黄色いワンピースと、アンジェと同じ白い花で出来た花冠を被ったクリスの姿が有った。
「どうしてじゃないわ! アンジェを迎えに来たのよ。」
「……ありがとうございます、クリス。 では先に広場へと行ってて下さい。 私もその内に行きますから。」
苦笑を浮かべたアンジェの言葉に半眼になったクリスは、唇を尖らせる。
「その内って何時よ? 昔はそれで騙されてしまったけれど、もうその手には乗らないんだから!」
ムスッとした表情を浮かべるクリスへと、アンジェはクスクスと思わず笑みを溢してしまう。
「騙してなんていませんよ。 だって、その内に私は祭りの会場へと姿を現したでしょう?」
「お祭りが終わった後だったじゃない! それじゃあ、意味がないのよ。……私は、アンジェと一緒に踊りたいわ。 アンジェは私とは踊ってくれないの?」
飄々とした笑顔でクリスへと言葉を返すアンジェへと、クリスは悲しげな表情を浮かべて素直な気持ちを告げる。
「……クリスは狡いですね。 そんなことを言われてしまったら断れないじゃないですか。……でも、普通は花祭りで踊るのは男女だと思うのですが……」
「そんなの関係ないわ! だって、私は大切な幼なじみで、友達のアンジェと踊りたいもの。」
満面の笑みを浮かべて素直に思っていることを告げるクリスに、ますますアンジェは困った笑みを浮かべてしまう。
「……降参です。 クリスのお願いを無為にする訳にはいきません。 でも、本当に一曲だけ……」
苦笑を浮かべたアンジェが大木の枝より大地へと飛び降り、期待の籠もった眼差しを己へと向けるクリスの手を取ろうとした時、村の広場の方向より大きな爆発音が響き渡る。
驚愕の表情を浮かべたアンジェ達が、村の広場の方向へと視線を向ければ黒煙が上がっているのが視界に映った。
「一体何が起こってるの?!」
おろおろとどうして良いか分からずに、動揺する素振りを見せるクリスの頭を撫でて落ち着かせたアンジェは一人村の広場へと駆けつけようとする。
「クリス、貴女は私かご両親がが迎えに来るまで隠れて……」
「待ってっ! アンジェ、怖いから一人にしないで……お願い……。」
非日常の雰囲気を敏感に感じ取ったクリスはアンジェの服の裾を掴み、涙眼で一人になることを拒んでしまう。
「……分かりました。 その代わり……」
「きゃっ……」
「抱きかかえたまま移動しますよ。」
数秒の逡巡の後に、何かを覚悟したアンジェはクリスの華奢な身体を片腕で軽々と持ち上げて己の首に両手を回させる。
「しっかりと掴まっていて下さいね。 飛ばしますから!」
「うん!」
己の首に手を回し、しっかりとクリスが掴まったことを確認すると同時にアンジェは疾風のように駆け出したのだった……。
※※※※※※※※※※
花祭りの会場になっていた村の広場では、祭りの喧騒に紛れて村の中に入り込んでいた盗賊達がそれぞれに武器を構えて複数の村人を人質に取っている状況であった。
突然、降って湧いたように現れた盗賊達に村の住人達には恐怖から来る混乱が広がり、大小様々な悲鳴が至るところより上がり始める。
「あんたが冒険者上がりの村人か! さっさと武器を捨てちまいな! さもなきゃ人質になっている誰かの首が、胴体とおさらばしちまうことになるぜ!!」
悲鳴を聞いた村の中を巡回していたマーク達が広場に駆けつけると、多少は魔法の心得がある盗賊の頭が放ったであろう脅しの火炎球の犠牲になった一件の家から黒煙が上がっていた。
「……くっ……」
悔しげな表情を浮かべたマークと数人の自警団の村人達は人質の安全を最優先に考え、次々と武器から手を離していく。
「良い子じゃねえか。 じゃあ、まずは反抗する可能性の高いてめえらからこの世におさらばして貰おうか!」
ニヤニヤと嫌な笑いを浮かべた盗賊の頭の言葉を合図に、似たような嫌な笑みを浮かべた盗賊の下っ端達がマーク達へとジリジリと嬲るように距離を詰めてくる。
村人達の間に絶望した雰囲気が伝染病のように広がっていき、これから先の未来に待ち受けているであろう惨劇に誰もが悲壮感を漂わせていく。
形勢を逆転するための一手を考え続けるマークを嘲笑うかのように盗賊達との距離は縮まっていき、最前列にいたマークを攻撃の射程圏内に入った下っ端達の内の一人が剣を高々と構えた。
自警団の面々が振り下ろされる白刃がマークを貫くことを予想し固く目を瞑り、愛する夫の危機にリーシャの悲鳴のような声が木霊した…………その時。
「ここは剣舞の会場ではありませんよ。 花祭りの会場です。 花を愛でるべきなのに、剣を抜くなど余りに無粋でしょう。」
何処からともなく冷静な声が響き渡り、数多の黒い弾丸のような小さな影が四方に走った。
「アンジェっっ!! 人質をっ!!!」
「はい! 任せて下さいっ!!」
白いワンピースの裾をはためかせて、広場に駆けつけたアンジェは命の危機に瀕していた父を助けるために、ポケットに忍ばせていた小石を指弾術の要領で弾き飛ばしたのだ。
普通の人間が用いれば数mしか飛ばすことが出来ないかもしれないが、本気を出せば城さえも物理的に破壊することが出来るアンジェの筋肉で弾き飛ばされた小石は、弾丸のように次々と人質に対して向けている盗賊の下っ端達の武器を持つ手に命中し貫通していく。
アンジェの登場に攻勢に転じるならば今しかないと、マークの力強い声が自警団の若者達を叱咤激励しそれぞれが地面に置いた武器を再び構え、近くにいる盗賊を片っ端から打ち倒していく。
しっかりと目を瞑って己へと抱きつくクリスの身を案じながらも、及び腰になりつつも剣を構え向かってくる盗賊達にアンジェは丸太のように太い腕や脚を用いて、命まで奪う事がないように手加減をしながら着実に意識を刈り取っていった。
そして、アンジェの活躍もあり残るはマークに剣先を向けられた盗賊の親玉だけになった。
「諦めろ。 貴様の仲間は既に残っていない。」
油断無く周囲を警戒しながら盗賊の親玉に剣を向けるマークの姿を横目に見ながら、アンジェは抱えたままだったクリスをゆっくりと地面へと下ろしていく。
「くそっ!……だがなっ! 俺にはちゃーんと奥の手があるんだよっ!」
追い詰められ、劣勢になっていく雰囲気を感じ取りながらも、ニヤリと嫌な笑みを浮かべる盗賊の頭。
「……魔法でも放つつもりか。」
「その通り! 捕まるくらいなら俺は全部を巻き込んで死ぬことを選ぶね!!
てめえの剣が俺の息根を止めるのと、俺が自爆するのはどっちが早いか試してみるか?」
暗に自爆すると宣言する宣言する盗賊の頭の言葉に、マークの瞳に躊躇いが生まれてしまう。
部下達が殺られていくなかで、すでに魔法の準備を終わらせてしまっている盗賊の頭。
緊迫した空気が流れる中で、それを打ち破ったには予想外の行動に出た勇気と無謀をはき違えてしまった一人の少年の行動だった。
「巫山戯るなよ! お前の好きになんかさせるもんかっ!!」
「なっ?! この糞ガキっっ!! ちっ、だったらてめえを道連れにしてやらあっっ!!!」
冒険者としての経験で、すでに魔法をいつでも放てる状況であると悟っていたマークとは違い、只のはったりだと判断してしまったグウェンが父の助けになろうと、盗賊の頭の背後に回り込んで体当たりを決行してしまったのだ。
「グウェンっっ?!」
「いやあぁぁっっ! グウェンっっ!! マークっっ!!!」
魔法を放とうとする盗賊の頭の元へと一気に距離を詰めたマークは大切な息子を盗賊の頭の身体から引き離し、己の腕の中に抱き込んでグウェンだけでも助けるために身を挺して庇う。
「大爆え……がはっっ……」
自爆するための強い威力を秘めた魔法を放とうとした盗賊の頭。
……だが、その魔法が発動することはなかった。
「…………」
何故ならば魔法を放とうとした盗賊の頭の胸を貫通し、背中へと突き出た太い腕があったからだ。
それは、離れた場所にいたはずだったアンジェが神速の速さでマークとグウェンを巻き込み、魔法を放とうとした盗賊の頭へと一瞬で距離を詰め、魔法を放つことを阻止したからだった。
……盗賊の頭のその命を奪う事によって……。
何よりも大切な愛する父親と弟の命の危機を前にしたアンジェはこの日、この世界に生まれ落ちて初めて強すぎる力ゆえに心を律していた鎖を解き放ち、躊躇うことなく……人間の命を奪ってしまったのだった……。