現れしは貴族よりの迎え 後編
カキィィィンッッ、と冷気が漂う地下牢に硬質な音が響き渡る。
「「「………………」」」
クソ爺、と叫び声をあげたオスカーも、牢屋の中で騒いでいたランスとアンジェも、躊躇いなく降り下ろされた刃の発した音に驚き言葉を失ってしまう。
「……と、止めを指しやがった…………」
剣を降り下ろした体勢で動かない祖父セバスチャンの背中を青ざめた顔をして見ることしか出来ないオスカーが小さく呟く。
「おいおい…………どんだけ過激な起こし方だよ……。」
「え……えっと……いろいろ……だ、大丈夫なんすか……?」
牢屋の中で騒いでいたアンジェとランスも、突然の苛烈な出来事に戸惑った声をあげる。
「ちっ……殺り損ねましたか……」
戸惑うアンジェ達三人が次の行動を図りかねている中で、セバスチャンの心底残念そうな呟きが地下牢に響く。
「ふんがぁぁぁぁぁっっ!!!」
「「「っ!」」」
セバスチャンの呟きに反応するかのように、力のこもった雄叫びが地下牢一杯に響き渡る。
「こぉんの鬼畜じじいぃぃぃっっ!! 共に数多の戦場を駆け抜け、うんちくばかりで泣きべそをかいとった貴様を助けておった大恩ある、竹馬之友でもあるこの儂を躊躇うことなく亡きものにするつもりじゃったなっっ!!!」
真剣白羽取りの要領で合掌した手のひらの間で剣を受け止めたエッケルハルトが、血管がぶち切れそうな勢いで叫ぶ。
「ふん……誰が“うんちくばかりで泣きべそをかいとった貴様を助けておった大恩ある、竹馬之友”ですか? 戦況を読み、理路整然と状況判断を下す私の邪魔ばかりする猪武者の阿呆。 貴方のような兵法書に涎よだれを垂らす山猿などには竹馬之友と言う言葉は勿体ないでしょう。 腐れ縁と言う表現ですら美しすぎます。」
「むきぃぃぃぃっっ!!」
エッケルハルトの言葉を全否定しながら、降り下ろした剣を鞘へと慣れた手つきで戻すセバスチャン。
そんなセバスチャンの言葉へと立ち上り、地団太を踏むエッケルハルト。
「「「………」」」
ある意味では阿吽の呼吸で繰り広げられるやり取りに口を挟むことが出来ないアンジェ達。
「……これが犬猿之仲ってやつか? 止めを指す勢いのやり取りなんざ、見てるこっちの心臓が持たねぇよ。」
「なんだかびっくりするくらい仲が悪そうな感じっすねぇ。」
目の前で繰り広げられるやり取りでお互いに騒いでいたことすら忘れてしまったのか、アンジェとランスが顔を見合わせて話す。
「……おい、オスカー。 あの執事服のじーさんはいったい何もんだ?」
ギャーギャー騒ぐじーさん二人に生ぬるい視線を送るオスカーへとアンジェが問いかける。
「あー……なんと言うか…… あのクソじじ、じゃなくて、あの方は……」
「ふぎゃんっっ!」
アンジェの問いかけに視線を反らし、複雑そうな表情を浮かべたオスカーの声を遮り、嗄れた悲鳴が響いた。
「いい加減黙りなさい、戯け者。 貴方の戯れ言に付き合っている暇はありません。」
にょおおおっ、と妙な呻き声をあげながら、頭を押さえてバタバタと転げ回るエッケルハルト。
その側で拳を握って良い笑顔を浮かべるセバスチャン。
「「「…………」」」
その姿に再びアンジェ達は沈黙してしまう。
「ご挨拶が遅くなりまして大変失礼致しました。
そして、此方の不手際によりこのような場所へと大恩ある御仁を案内してしまい申し訳ございませんでした。」
完璧な謝罪の態度と言葉を告げたと思えば、一寸の隙もない完璧な微笑を浮かべ、アンジェとランスへとセバスチャンは一礼した。
「私はセバスチャン・シュバルツと申します。 この度は主家の一の姫様だけでなく、我が愚孫をも助けて頂き心より感謝申し上げます。」
顔をあげたセバスチャンは真面目な表情を浮かべ、アンジェとランスへと再び深く頭を下げた。
「……オスカーさんのお祖父さんっすか。」
「あんまり似てねーな。」
頭を下げるセバスチャンをじっと見詰めたランスとアンジェはそれぞれに感想を漏らす。
「ふん、似てなくて悪かったな。 どうせ目の色が違うと言うんだろう。」
アンジェの言葉にムスッとした表情でオスカーが拗ねたように呟く。
「は?俺は不貞腐れて曲がりまくった根性のあんたとは似ても似つかない丁寧な物言いのじーさんだな、と……」
「眼の色はよくわかんないっすけど、オスカーさんよりも真面目そうな……?
えっと、そうっす!捻くれてない落ち着いた雰囲気っすよねぇ。」
「そっちかよっ!!
つーかっ!誰が不貞腐れて曲がりまくった根性だっ!!」
オスカーが思わず身を乗り出して叫ぶ。
その勢いに、セバスチャンは一瞬だけ目を瞬かせた。
「(オスカーがこうも素直に反応するとは、珍しいと言うか……それだけ信に足る人物に出会えたということですか……)」
瞳の色を気にして周囲を威嚇するばかりだった孫の成長を垣間見て、セバスチャンは目を細める……が、
「いい加減、静かになさい。
大恩あるお客人の前で恥ずかしいと思いませんか?」
「ぎゃん!
た、大変……申し訳ありませんでした……!
(こんのっクソジジイッッ!!)」
ゴンッ!と鈍い音と共に、セバスチャンの拳がオスカーの頭頂に綺麗に落ちた。
「……なんつーか……取り敢えず大丈夫か?」
「すっっごく痛そうな音が響いたっすよ……」
頭を押さえてうずくまるオスカーをアンジェとランスは心配そうに見つめる。
「ご心配をお掛けしてしまい、大変申し訳ありません。
……この程度は日常茶飯事で御座いますので、どうぞお気になさらないで下さいませ。」
オスカーの唸る姿を、セバスチャンは軽く一瞥しただけで話を続ける。
「さて……主家の御当主より、娘の恩人に是非ともお目にかかりたいとの仰せです。
ご案内いたしましょう。
……………見苦しく右往左往していたかと思えば、安らかに眠るんじゃ有りませんよ、諸悪の根源。
さっさと鍵を出しなさい、戯け者。」
「ふぎっっ?!
な、何をっ、なんじゃっっふぎゃっっ?!」
頭に受けた拳骨のダメージでゴロゴロしていたエッケルハルトは、いつの間にか気持ちよさそうに眠りこけていた。
再度拳骨を落としたセバスチャンは、流れるような動作でエッケルハルトの上着から牢屋の鍵を取り出した。
「では参りましょう。」
「ヤベえくらいにバイオレンスな爺さんの登場に笑えねぇ……
(笑顔の圧がこんなにも怖い御仁との出会いは初めてです……。
え……?これは、これは大人しく付いて行ったら罠に掛けられて大変なことになったりしませんよね?)」
アンジェは、セバスチャンの曲者具合に頬を引きつらせてしまうのだった。




