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その者、音に聞く益荒男の如き乙女なり。  作者: ぶるどっく
第四章 城塞都市と交錯する数多の想い。

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現れしは貴族よりの迎え 前編。


 東の空から白く染まり初め、徐々に昇り始めた朝日が山際の輪郭をなぞるように照らし始める前。


 大半の住人達が夢に微睡み、微かな寝息を立てている街並みをガラガラと轍と、蹄の音を響かせながら走る一台の馬車があった。


 二頭の馬に引かれて走り続ける一目で貴族の、しかも家紋が刻まれているがゆえに持ち主すらも一目瞭然なその馬車。


 安らかに眠る住人達がいる街並みを抜けて、騎士団の詰め所がある一角へと差し掛かると音を立てて一軒の建物の前で止まった。


「早朝より失礼致します。」


 早朝という通常ならば有り得ない時間帯に現れただけで無く、一体を治める貴族の家紋が刻まれた馬車の存在に緊張に身体を硬くする入り口に立つ二人の見張りの兵士達。


 そんな兵士達の反応に応えるように馬車の中から一人の人物が姿を現す。


「オスニエル・グラン・エルンスター様にお仕えする執事のセバスチャン・シュバルツと申します。

 我が主、オスニエル様より先触れが出されているかと存じますが、その火急の用件にて参りました。」


 白髪を撫で上げ、一筋の乱れもなく整えた髪に、涼やかな目元には今まで歩んだ時間を感じさせるしわが刻まれ、スッと通った鼻筋に、口元は穏やかな笑みを称えている老紳士。


 品の良さを感じさせる黒い執事服に、年齢の割にはしっかりと鍛えられた身体を包んだ人物。


 流れるように優雅な仕草で一礼したセバスチャンは、緊張している面持ちの二人の兵士へと穏やかな笑みを向ける。


「お、お待ちしておりましたっ! シュバルツ騎士団長っ!!」


 ビシリと姿勢を正した二人の兵士の片方、もう一人に比べてやや年配の中年の兵士の叫んだ懐かしい呼び名にセバスチャンは思わず苦笑してしまう。


「私如きに様付けなど必要有りませんよ。

 今の私は現役を退いた、“元”騎士団長でしか有りません。

 しかも、変わらずに主に仕えているとは言え、今は只のしがない執事でしかない以上は畏まる必要など無いかと。」


「そのような事はありませんっ!

 現役を退かれたとは言え、貴方様とエッケルハルト様の武勇伝は有名ですっ!!」


 苦笑しながら呟いたセバスチャンの言葉に中年の兵士は間髪入れずに応えた。


「……今振り返れば若気のいたりと言わずにはおれぬ、恥ずかしい物なのですがね。

 まあ、私の過去はどうでも良いのです。 今すぐに我が主の命を果たすため、エッケルハルトの元へと案内して頂きたい。」


「御意!!」


 決して強い口調ではないセバスチャンの言葉に、中年の兵士はビシリと姿勢を正して指示に従うのだった。



※※※※※※※※※※



「シュバルツ騎士団長、こちらに件の方々はエッケルハルト様の命にていらっしゃいます。」


 灯りを手に持った中年の兵士に先導されたセバスチャンは、騎士団の建物の中でも特に薄暗い地下牢へと案内された。


「…………。」


 己の手の者より事前に報告は受けていたとは言え、まさか本当に同期の桜である腐れ縁のアホ……では無く、友人の行動に深々と溜め息を付きたい気持ちで一杯となる。


 己の主の一の姫であるお嬢様の……いや、お嬢様だけでなく己の手の掛かる孫の命の恩人でもある方々に対するあまりな対応にセバスチャンは頭痛を覚えた。


 元騎士団長として、執事として、決して表面上には出さなかったが、セバスチャンは必ず落とし前を着けさせねばいけませんね……、と心の中で算段するのだった。


「……っ!……、……。」


「っっ?!…………、……。」


 コツン、コツン……、と地下へと続く階段を下りて行き、重い年代を感じさせる扉の向こう側よりセバスチャン達の耳に何やら微かな人の話し声が届く。


 主のお嬢様と己の孫の恩人の中には、成人前の十代前半の少年がいたことを聞き及んでいたセバスチャン。


 微かに聞こえてくるこの声の正体は、その少年がこのような暗く、冷たい地下牢で眠ることも出来ずに怯え、共に居るという人物が慰めている声だろうか、とセバスチャンは推測する。

 

「ア…ジ……んっ! 僕の話……ゃんと聞……いるっすかっっ!!」


「ラ、……スっ?! 取り……ず、お、落…着けっ! 頼………落ち着い……れっ!!」


 しかし、重い扉を開いて敬礼した中年の兵士を残し、徐々に地下牢の奥へと歩みを進めていく己の耳が拾った音は、セバスチャンの推測を裏切っているように感じて首を傾げてしまう。


 足を進めた先の牢屋の中に広がる光景を視界に収めたセバスチャンは、暫し声を掛けることを躊躇ってしまった。


「…………ふう……」


 牢屋の中の光景に対して、これはいけませんね、と小さくかぶりを振ったセバスチャン。


 小さな溜め息を一つ付いて、顔を引き攣らせながらただ眺めているだけの己の孫の背後へと、セバスチャンは足音を立てることなく近付いていく。


「オスカー、彼のお二人は何をされているのですか?」


 そして、気配を消したままのセバスチャンは己の孫、オスカーの肩をぽんっと軽く叩きながら声を掛けた。


「うわっ?!……く、クソ爺っ! 一体いつの間に現れやがっ、うぐっっ」


 この場にはいないと思っていた人物の声にオスカーは驚き、ビクリと肩を揺らしてしまう。


 驚きに染まり、思わず口を突いて出た言葉に対し、ニコリと笑顔を浮かべたセバスチャンの鉄拳が容赦なくオスカーの頭を捕らえた。


「騎士たる者、口の利き方には気を付けなさい、といつも言っているでしょう?

 いい加減、学習することをお薦めしますよ? 未熟でお馬鹿な、可愛い我が孫。」


 頭を襲った眼から火花が散るような痛みに無言で悶えるオスカーへと、相も変わらず飄々とした笑みを浮かべたセバスチャンの声が掛かる。


「……っっ……っの、クソ狸っっ……!」


 あまりの痛みに微妙に涙眼になっているオスカーは、未だに敵わない祖父であるセバスチャンに聞こえないように小さな声で悪態をつく。


「おやおや、オスカー?

 言いたいことが有るならば、はっきりと言って下さって構いませんよ?」


「申し訳ありませんでしたっ! 尊敬するお爺さまっっ!!」


 ニッコリと笑顔を浮かべ、拳を鳴らすセバスチャンの姿にオスカーの頬は引きつり、勢いよく頭を下げて謝罪の言葉を口にした。


 己へと慌てて頭を下げる大切な孫の姿に、セバスチャンの顔に一瞬だけ安心したような優しい笑みが浮かぶ。


「オスカー、此度の一件に関して言いたいことは少なくは有りません。

 ですが、まずはこの腐れ縁のアホを……失礼、エッケルハルトを起こして牢屋の鍵を手に入れなければなりません。」


 しかし、主の命令を一早く達成するためにも、その笑みをすぐに消し去り、もう一人のアホ……ではなく、問題児を起こすためにセバスチャンは行動を開始する。


「……今すぐ起きなさい、エッケルハルト。

 五秒だけ時間を差し上げます。 五秒以内に目覚めなければ、何が有っても苦情は受け付けませんよ。」


 セバスチャンの視線の先には、ふごーふごー、と未だに気持ちよさそうに寝息を立てているエッケルハルトの姿が有った。


「え……お、お爺さま……?

 さすがに、それはやばいんじゃ……。」


 輝かんばかりの笑顔で何処からともなく取り出した剣を構える祖父、セバスチャンの姿に顔を上げたオスカーは気まずげに制止の声を掛ける。


 気まずげなオスカーの言葉を聞き流し、気持ちよさそうに眠るエッケルハルトに向けてセバスチャンは剣を上段に構えた。


「5……4……321、0っ!」


「ちょっっ、まじかっっ?! クソ爺ぃぃぃぃっっっ!!!」


 そして、セバスチャンは予告通りにエッケルハルトに向けて構えた剣を躊躇うことなく振り下ろすのだった。




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