地下牢で怒りを滾らせし亜麻色の少年。
「……結局、あのお嬢ちゃんが領主様とやらを説得することが出来ずに、地下牢で一泊する羽目になる訳か……。」
様々な誤解から一番奥の地下牢に押し込められることとなった一人の益荒男の如き容姿の持ち主こと、アンジェが溜め息混じりに呟く。
「本当にすまん……」
溜め息を付くアンジェに対してバツが悪そうに目線を逸らす濡れ羽色の髪の持ち主であり、アンジェへと現在時刻を告げたノエルの護衛であるオスカーが謝罪の言葉を口にする。
昼頃に城塞都市エルネオアに到着し、一悶着有った後に何故かアンジェ達が地下牢へと入れられてしまってからすでに数時間が経過していた。
地下牢の外に広がる大空は闇色に染まり、騎士団の詰め所は幾つもの魔法の明りや松明の炎が揺れている。
「あんただけが悪い訳じゃねえ。 まあ、出来ればランスだけでも……」
「いやっすよ! 僕はアンジェさんと一緒にいやす。」
達観したかのように遠い目をしていたアンジェは再び小さな溜め息を付き、己の服の裾を握って座る少年、ランスだけでも地下牢から出せないかをオスカーへ確認しようとした。
しかし、アンジェの言葉は件のランスによって遮られてしまう。
「……ランス、お前は俺と違って細っこいし、体力もねえから、風邪をこじら……」
「いやっす!!」
ランスは癖のない真っ直ぐな亜麻色の髪を揺らし、浅葱色の眼に涙を浮かべ、頬を興奮からか薄紅色に染め、可愛らしい顔立ちを泣きそうに歪めながら叫ぶ。
「でもな、ランス……」
「アンジェさんは僕の気持ちを無視して一人で旅立とうとしやした!
僕は確かに足手まといっす! そんなの自分でも分かってやす!!
でも、でも……僕は、アンジェさんに恩返しをしたいし……まだっ、一緒にいたいっすよ!!!」
激情を耐えることが出来なくなったのか、大きな瞳から大粒の涙を溢し始める。
「……ぼ、く……もう、ひとりはいやっす……!」
ひくつく喉に耐えながら、ランスはアンジェへと一人にしないで欲しいとか細い声で訴えた。
「ちょっ?! ラ、ランスっ?!
急に泣かれても……ど、どうすれば良いんだ、俺?!」
アンジェ本来の性格的には抱きしめたり、頭を撫でたりする所だが、性格や口調だけで無く男装して男だと偽っている以上は、どのように慰めることが正解なのか分からず慌ててしまう。
「オスカー! ど、どうすれば良いんだよ?!」
自分だけでは泣き止ませることが出来ないと悟ったアンジェが、鉄格子を挟んで側にいるオスカーへと助けを求めて問いかける。
「俺に聞かれても分かる訳無いだろうっ!
お嬢様はほっとけば復活するが、ランスにもそれが当て嵌まるとは思えんっ!」
「……そういえば、オスカーは……すまん、俺が悪かった。」
年下の世話などしたことがないから分からないっ!、と返すオスカーの言葉に、アンジェは、こいつもボッチだった……と、思い至った。
「微妙に哀れんだ眼で俺を見るんじゃねえっ!!」
アンジェの気の毒そうな視線に含まれた意味を敏感に察知したオスカーは、怒気を纏い抗議の声を上げる。
「なんちゅうかのう……小童もはっきりと言えば良いじゃろうに。
眼の色を理由にヘソ曲げてしまったのは仕方無いことじゃし、お前さんの祖父であるセバスに叩きのめされるまで、一匹狼もとい、独りぼっちを貫いとった、とな。」
地下牢の中にアンジェ達を入れている以上は、ノエルが領主である父親へと説明して、アンジェ達が出られるようになるまで一緒に居るつもりのエッケルハルトがボソリと呟く。
「おそらく持って生まれた性格なんじゃろうが、表面上は一応整えることは出来るんじゃけどのう。
頑固で、融通が利かなくて、意地っ張りの負けず嫌い。 大人の気が惹きたくて悪さをしては、儂やセバスに叱られて、木に吊されては……」
「人の過去をぺらぺらとっ! 余計なことをこいつらに吹き込むんじゃねえぇぇっっ!!!」
夜の地下牢の中は冷えるために数枚の毛布を持ちだして、まん丸くくるまっているエッケルハルトがしみじみと呟き続ける。
そんな己の恥ずかしい過去の話を掘り起こすエッケルハルトに対して怒り、もしくは羞恥から顔を赤くしたオスカーが声を荒げた。
背後でぎゃいぎゃいと騒ぐオスカーとエッケルハルトを当てにならないと無視して、アンジェは微かに震えながら涙を流し続けるランスと向き合う。
「あー……その、な……はあ……」
どうしたらランスが泣き止むのかも、どうしてランスが自分に付いてくることに拘るのかも分からないアンジェは、途方に暮れて頭をガシガシと掻きむしり、小さく溜め息を付く。
しかし、そんなアンジェの溜め息にすらビクリと身体を震わせるランス。
「あ、のな……悪いんだが、俺にはどうしてランスが俺に置いて行かれることを嫌がるのか、正直に言えば全く分からん。」
「ア、ンジェさん……?」
眉間に眉を寄せ、口元を引き結んだ困惑した表情は、初対面の人間が見れば十分に恐怖を抱くであろう凶悪な表情だった。
「……俺に付いて来ても嫌な思いしか……しない、と正直に言えば思うんだが……」
「……あんじぇさん……」
ほらよ、こんな凶悪な顔出しな、と困ったように笑うアンジェ。
だが、他者から見ればどんなに凶悪な顔面であったとしても、ランスは知っている。
困惑した表情以上に、アンジェの瞳が悲しみや戸惑いに満ちており、その心を現していることを。
「ぼくは……知ってるっすよ。 アンジェさんは誰よりも強いけど、それ以上に優しい人だって。」
小さな村での生活しか知らず、アンジェの過去を知っている訳でもないランスが、アンジェの心の内全てを理解することなど不可能である。
そんなことは、ほんの数十年しか生きていないまだ人生経験の少ないランスにだって理解出来ていた。
「僕なんかが、アンジェさんのことを分かるなんて言えないっす。 でも、でもっ……!」
城塞都市エルネオアに到着するまでの道中、何時だってアンジェはランス達を気遣ってくれていた。
……だが、ランスは気付いてしまった。
夜の見張りの時、道を歩いている時、焚き火を見詰めている時……ふとした瞬間、アンジェの瞳が悲しげに、寂しそうに揺れることに。
その外見から恐れられ、ろくに言葉を交わさぬ内から怯えられるアンジェ。
他者に怯えられることは慣れていると苦笑するアンジェだが、ランスは傷付かないはずがないと分かってしまった。
恐れられ、怯えられ、負の感情を向けられることを喜ぶ人間は余りいない。
だから、アンジェは他人と距離を取ろうと、近付き過ぎないようにしているのではないかと、ずっと考えていた。
「……独りぼっちで歩き続けるのは寂しいっすよ……!」
「……!」
自分の服を皺になることも厭わずにぎゅうっと握り締め、アンジェの心の痛みを思ってランスは涙を流す。
ランスの一途で、健気に紡がれた言葉にアンジェは眼を瞬かせてしまう。
「心配してくれてるってことか?
ありがとよ、ランス。 でもな、俺にはちゃんと故郷に家族や親友がいるし、別に一人って訳じゃ無い。
俺のためにランスが心配したり、無理して側にいてくれなくても大丈夫だ。」
ランスが自分のことを心配してくれているのだと悟ったアンジェは、困ったように微笑みながら答える。
「無理なんかしてやせんっっ!!」
「うおっ?!」
ランスを宥めるために目線を合わせようと屈んだアンジェ。
だが、涙を溢しながら怒ったように目尻を釣り上げ、声を荒げたランスはアンジェに比べれば遥かに小さな手で、アンジェの胸ぐらを掴んだ。
「どうしていつもは悔しいくらいに察しが良いのに、こんな時ばっかり鈍感なんすかっ!」
「え……えっ?! す、すまん?」
うぅぅぅっっ!!、と小型犬の子犬が一生懸命に威嚇するように、唇を尖らせ、頬を紅く染めて怒るランスは、怖いと言うよりも可愛らしかった。
「あ、あの……ランスさん?」
何故ランスが突然怒り出したのか分からないアンジェは戸惑い、鉄格子の向こう側にいるはずのオスカーとエッケルハルトへと助けを求めようと視線を向ける。
「……ぐ、ぐー……ぐー……」
「ふごー、ふごー……」
しかし、オスカーとエッケルハルトはアンジェへと背中を向け、椅子に座った状態で眠っていた……というか、全力で狸寝入りを決めていた。
「お、お前ら……」
すぐに狸寝入りだと分かる二人の様子にアンジェは頬を引き攣らせてしまう。
「アンジェさん! 聞いているんすかっ!!」
「お、おうっ! 聞いてる、ちゃんと聞いてるっ!!」
アンジェの意識が己へと向いていないと気が付いたランスが詰め寄ってくるのを制しながら、アンジェはどうしてこうなったと項垂れるのだった。




