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その者、音に聞く益荒男の如き乙女なり。  作者: ぶるどっく
第一章 旅立つ漢は蒼天を仰ぐ。
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死してなお刻み込まれた魂の教え。


 家の庭先にある大木を輪切りにして切り出しただけの椅子とも言えないものの上で、アンジェは一人日課の瞑想を行っていた。


 雨が降るなど天気が悪い日以外は、寝る前に必ず剣の稽古と瞑想を欠かさずに行うことが生前の“北条 雅”の時からの習慣の一つとなっていたのだ。


 剣の稽古や瞑想をする中で、いつもアンジェが心に思い出すのは現在の父の教えだけでなく、生前の警察官であった父を支え続けた母より耳にタコができるほどに繰り返し聞かされた教えも含まれていた。


“一つ、他者にも、己の心にも嘘をついてはならない。”


“二つ、己の心と魂に背き、大切な者達の心を裏切るような真似はしてはならない。”


“三つ、大和撫子たる者、心も体もしなやかな強さをその身に纏いなさい。”


 歴史が大好きで、特に戦国武将などの生き様を好んでいた母のちょっとだけ時代錯誤な教育目標により鍛え上げられた“北条 雅”は、その影響を受けながらもしっかりとした少女へと成長していったのだ。


「……懐かしいことを思い出してしまいましたね。 ふふ、瞑想をしていると時々過去を思い出してしまうのは、果たして私の弱さなのでしょうか……?」 


 穏やかだが何処か寂しげな笑みを溢すアンジェの心には、別れも告げずに置いて来てしまった前世の両親の姿が思い浮かんでいた。


 優しくも、厳しかった凛とした空気を纏った母。


 穏やかで、人好きのする笑顔の似合っていた父。


「二人の教えがなければ早々に全てを嘆き諦めて、望まぬにしろ与えられた力に傲慢になり滅びの道を突き進んでいたかもしれませんね。」


 母が三つの教えをアンジェに説いたならば、父は己の生き様を照れくさそうに教えてくれたのだ。


 アンジェが“雅”だった幼い頃、派出所勤務で誰にでも出来るような事をするよりも、正義の味方のドラマの刑事のように華々しく活躍して欲しいと望んだ娘へと父は優しく語ってくれた言葉。


“いいかい、雅? 確かに、悪い犯人を捕まえるのも立派な仕事だよ。 お父さんの仕事は誰にでも出来る当たり前のことかもしれないね。

 でもね、華々しい活躍は出来ないけれど困っている人がいるならば、その人を助ける小さな正義の味方がいても良いとは思わないかい?

 テレビに登場するような英雄にはなれないけど、身近な人達を見守るちっちゃいお地蔵さんみたいな存在にお父さんはなりたいな。”


 当時の幼い頃には分からなかった父の思いは、今ならばこそ分かることが出来る気がした。


「ちっちゃいお地蔵さん……今思えば、本当に父らしい言葉です。……出来ることならば、私もそんな存在になりたいと思っています……。」


 ちっちゃなお地蔵さんとはほど遠い己の今生の姿に苦笑したアンジェはゆっくりと立ち上がり、家の中へと入っていく。


 家の居間には小さな明かりが灯り、寝る前に温かな湯気の立ち上る白湯を二人で飲んでいる今生での両親の姿が其処にあった。


「お父さん、お母さん、まだ起きていらしゃったんですね。」


 出来る限り物音を立てないように家の中へと歩を進めていたアンジェは、居間にいた二人の姿に小さな笑みを浮かべる。


「アンジェ、毎日精が出るな。 流石は俺とリーシャの娘だ。」

「あら、マークったら! うふふ、でも本当に私達の可愛い子供達は二人とも元気で良い子に育ってくれてお母さんは嬉しいわ。」


 穏やかに夫婦の時間と会話を堪能していたであろう二人は、アンジェへと愛しさの籠もった眼差しを送る。


 その二人の眼差しに生前の両親の姿が重なり、アンジェは心の底から思ってしまう。


「……ねえ、お父さん、お母さん。 私は二人の間に生まれることが出来て本当に幸せ者だと思います。」 


 神によって与えられた過剰な力の数々を平常心を失えば制御出来なくなる可能性があろうとも、それに押し潰されること無く、己の全てを否定し世界に背を向け絶望することも無く、十五の年まで生きてくること出来たのは無条件の愛情を示してくれる家族達のお陰だとアンジェは身に染みて分かっていた。


「大好きですよ、お父さん、お母さん。」


 背一杯の優しい微笑を浮かべるアンジェを近付いてきたリーシャがしっかりと抱きしめる。


「お母さんも、アンジェのお母さんになれてとっても幸せよ。 愛してるわ、可愛い私達の娘。」


 しっかりと娘を抱擁する妻の姿に穏やかな表情を浮かべたマークも、背伸びをしてアンジェの頭を撫でる。


「お父さんも、アンジェのようにしっかり者で、心優しい娘を持てて幸せだ。 愛している、優しい俺達の娘。」


 親子三人は暫し穏やかな時間を過ごし、何時までもこの幸せが続けばいいと心から願うのだった……。



 ……だが、そんな彼等の願いとは裏腹にアンジェの運命は大きく動き出そうとしていたのである。



※※※※※※※※※※



 夜の薄暗い森の中で蠢く複数の影があった。


 か細い月明かりで照らし出されたのは人相の悪い小汚い複数の男達だった。


「頭っ!」


 そんな小汚い男達の中で一回りほど大きな体躯を持った男の元へと、商人風の衣装を纏った男が一人駆け寄ってくる。


「おお、帰ったか。 それで、あの集落の様子はどんなもんだった?」

「へい! 多少有名だったとかいう冒険者上がりの野郎が一人いるみたいでしたが、それ以外は普通の村人が自警団なんざ大層な名前を付けた若い衆がチラホラいるくらいのもんみたいでしたぜ。」


 商人風の衣装を身に纏ったその男は、アンジェ達に声を掛けてきた商人の男だった。


「冒険者上がりの野郎なんざ、目じゃねえな! いつも通りにやりゃあ全く持って問題ねえ!」


 頭と呼ばれた大柄な男は、商人風の男の言葉に満足そうに嫌な笑みを浮かべて頷く。


「……ただ……」

「ただ、何だって言うんだ?」


 何か気になることがあるのか言い難そうに言葉を濁す商人風の男へ、頭と呼ばれた男はギロリと視線を向ける。


「いやいやっ! 頭にケチを付けるつもりは無いんですよ!……ただね、化けもんみたいな強烈な村娘には見えないけれど、村娘だっつぅ妙な野郎がいましてね……。」

「化けもんみたいに強烈な村娘だあ?」


 頭と呼ばれた男の視線に慌てて釈明するように発した商人風の男の言葉に、頭と呼ばれた男の眉間に皺が寄る。


「へい。 頭よりも大柄な筋肉質な体躯の野郎で、何処からどう見ても同業者にしか見えねえ野郎なんですよ。……ありゃあ、絶対ぇに数十人単位で殺ってる野郎の目ですぜ。」


 その殺気に満ちた鋭い視線を思い出したのか、ぶるりと身体を震わせた商人風の男の言葉を頭と呼ばれた男は鼻で嗤う。


「けっ! くだらねえことを言ってんじゃねえよ。 そんな化けもん見てえな村娘がいるってんなら見世物小屋にでも売り飛ばしちまえばいい。 そうすりゃあ、多少は金になるだろうよ!」

「おお! さっすがお頭! いつも増して、冴えてますねえ!!」


 頭と呼ばれた男は商人風の男の言葉に気をよくしてガハハハっ、と大きな笑い声を夜の森に響き渡らせる。


 

 全ては神の導きなのか……まさにアンジェの住む村へと悪意の塊が押し寄せようとしている……。


 普通に最後まで生きることだけを願ったアンジェの前に、大きな転換期が訪れようとしているのだった……。


 


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