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その者、音に聞く益荒男の如き乙女なり。  作者: ぶるどっく
第四章 城塞都市と交錯する数多の想い。

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再会を果たすは黄金の少女 前編。


 大きな石がまるで壁のように高く積み上げられた塀の中に広がる都市、城塞都市“エルネオア”。


 そんな都市の中心部にある一際眼を引く、年代を感じさせる大きな石造りの屋敷。


 それは、このエルネオアを中心とした地方を治めし貴族、エルンスター一族が住む屋敷であった。


 貴族の名に恥じぬ重厚な絨毯の引かれたエルンスター家の廊下を歩く二つの人影がある。


「……お嬢様、此方で旦那様がお待ちです。」


「ありがとう、爺や。」


 白髪を撫で上げ、一筋の乱れもなく整えた髪に、涼やかな目元には今まで歩んだ時間を感じさせる(しわ)が刻まれ、スッと通った鼻筋に、口元は穏やかな笑みを称えている老紳士。


 品の良さを感じさせる執事服に、年齢の割にはしっかりと鍛えられた身体を包んだ爺やと呼ばれた人物が、一人の肩の上で切り揃えられた黄金の髪の少女を先導する。


「あの、爺や……私の我が儘の所為で大切な孫であるオスカーを巻き込んでごめんなさい。」


 爺やに案内された旦那様こと、父親の書斎の扉を前に黄金の髪の少女、ノエルは俯きながら爺やへと謝罪の言葉を口にした。


「お嬢様…………我が孫のことは気にされないで下さいませ。

 由緒正しきエルンスター家に忠誠を誓いしシュバルツ一族たる者、お仕えせし主家のお嬢様のために命を懸けるは当然のこと。

 ……例え、騎士になれなかった我が孫であろうとも、その覚悟は持っております。」


 ノエルの言葉に、他者からすれば気付かない程に微かに眼を瞬かせた爺やは目尻の皺を深くして微笑む。


 そして、エルネオアを飛び出す前よりも大きく成長して戻ってきたノエルに向かって、温かな眼差しを向けた上で一礼を返しながら答える。


「ですが……!」


「爺にとっては、お嬢様のご無事がとても嬉しゅう御座います。

 そして、付け加えるならばエッケルハルトより、我が孫も塀の外で何方かに出会い、成長して帰って来ていると聞き及びました。

 惑い、苦しみ、進むべき道が分からず、大義を見失いかけていた我が孫の心が変化し、成長できたことが、私にとっては何よりの僥倖(ぎょうこう)に御座います。」


 更に言い募ろうとするノエルを優しく制し、爺やは穏やかに微笑みながら言葉を続けた。


「お嬢様、我が孫のことは本当に気にされずとも良いのです。

 それよりも、お嬢様のことを誰よりも心配されていた旦那様へとお会い下さいませ。」


「爺や……ありがとう。」


 穏やかに続けられた爺やの言葉にノエルは微かに微笑みを浮かべたが、父親のいる扉へと視線を向けた時にはその笑みは消えてしまった。


「…………」


 大きく深呼吸をしたノエルは、硬い表情を浮かべて目の前の大きな扉を数度叩く。


「……入りなさい。」


 大きな扉の向こう側から聞こえてきた父親の声に、ノエルはぎゅうっと手を握り締める。


「失礼します。」


 過去の己の犯した過ちや、理解出来ていなかった己の双肩に掛かる貴族としての責任も、エルネオアまでの道中に少しずつ考えることを覚えたノエルには分かるようになったこともあるのだ。


 歩き続けながら、夜空を見上げながら、ずっと考え続け、分からないことや疑問に思ったことを一つずつオスカーやアンジェ、ランスに問いかけていたノエル。


 だからこそ、過去の自分自身の愚かしさを少しは自覚することが出来ていた。


 しかし、自覚できたがゆえにノエルは父親の前に立つことが恐ろしくて仕方無かったのである。


「ノエル。」


 まるで葡萄酒のような色合いのカーテンの掛けられた大きな窓を背に、繊細な文様の施された大きな執務机の向こう側にノエルの父親はいた。


「……ノエル。」


 緩やかに波打った鳶色の髪、知性を称えた穏やかな藍色の瞳、細身の身体を華やかではないが、落ち着いた品の良い貴族服に身を包んだ紳士。


 ノエルの父親であり、エルネオアを中心とした領地を治める人物、“オスニエル・グラン・エルンスター”、その人だった。


 しかし、オスニエルの元々細身の身体は連日眠れていないためか更に細くなり、目元にくまがくっきりと見え、何処か疲れた様子を漂わせている。


 そんなオスニエルの横には、一人の護衛の人物が控えていた。


 漆黒の髪を爺やと同じように撫で付け、(はしばみ)色の鋭い眼光、ガッシリとした体躯の一目で騎士と分かる出で立ちの男。


 黒や濃紺など、暗い色の鎧や衣服で身を包んだ人物こそ、オスカーの父親で、爺やの息子である“レイフォード・シュバルツ”だった。


 大きな怪我もしていない愛娘の姿を視界に映し、一瞬だけ父親としての安堵の表情を浮かべてノエルの名を呟くが、すぐに領主としての表情へと切り替えて厳しい声音で再度名を紡ぐ。


「お父様、いえ、オスニエル様。

 このたびの一件、謝罪の言葉などで済むとは思ってはおりませんが、誠に申し訳御座いませんでした。 わたくしの愚かな行いにより、数多の者達に多大なる負担を強いてしまいました。

 特にわたくしの護衛であるオスカーには、何度も命を失いかねない状況へ追い込んでしまい、心より忠節を尽くしてくれいるシュバルツ家の主家の令嬢でありながら恥じ入るばかりです。

 栄えあるエルンスター家の血を継ぐ者の一人としてあるまじき行いの数々、心より申し訳なく思い深く反省しております。」


 腰掛けていた椅子より立ち上がり、厳しい表情を向けるオスニエルに対してノエルは深々と頭を下げて、謝罪と反省の言葉を口にする。


「……その通りだ。

 本来、我ら貴族は民の上に立つ以上、その手本となるように振る舞わねばならぬ。

 だが、そなたは他者の忠告する言葉に耳を貸すこともせずに塀の外へと無断で飛び出した。

 私が止める事がなければ、身勝手なそなたのために探索部隊を結成し、数多の魔物が蔓延るファモリットの森へと兵達を向かわせることになったであろう。」


 殊勝な態度で謝罪の言葉を口にするノエルの言動に一瞬だけ驚きから眼を瞬かせたオスニエルだったが、すぐに気を取り直して厳しい声を発した。


「はい、オスニエル様。

 ファモリットの森の魔物の恐ろしさは愚かなわたくしの想像を超えていました。

 そのような場所に兵とはいえど、大切な民である者達を向かわせるなど、(あまつさ)え身勝手な理由で飛び出したわたくしを探索するために派遣するなど有ってはならぬことだと痛感致しております。」


 オスニエルの厳しい言葉に、ノエルは更に頭を下げて反省の言葉を続ける。 


「「…………」」


 しかし、そんなノエルの殊勝な態度にオスニエルは奇妙な物を見たように驚いたような、不安そうな複雑な表情を浮かべ、本来は無表情に控えているレイフォードも眉を顰めてしまう。


「「………………」」


「あの……お父様?」


 公私のけじめをつけるためにも、父とは呼ばずに様付けするノエルだったが、何故か無言となってしまったオスニエルに対して、戸惑ったようにお父様?、と繰り返し呼ぶ。


「……ノエルが……ノエルが……まさしく心優しい貴族の令嬢の鏡のようなことを言っている……?!

 レイ! 今すぐに、医者を呼べ! きっと頭を激しく殴打したに違いないっ!!」


「御意っ! 誰か、今すぐに領内一の医者を呼べっ! ノエルお嬢様が頭を激しく殴打されているっっ!!」


 出合え、出合え、誰かおらぬかっ!、と叫ぶレイフォードと、取り敢えず安静にせねば!、と慌てるオスニエルに挟まれたノエルは頬を引き攣らせてしまうのだった。




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