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その者、音に聞く益荒男の如き乙女なり。  作者: ぶるどっく
第四章 城塞都市と交錯する数多の想い。

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悪夢と言われしは黄金の乙女 後編。


「……で?……なんで俺は牢にぶち込まれるのはごめんだと言っていたにも関わらず、牢屋にぶち込まれてんだよっっ?!」


 ガシャンッッと大きな音を立てて、己と外部を遮る鉄格子を掴んだアンジェは心の底より叫ぶ。


「ひょっひょっひょっ! それはお嬢様の一存ではお前さんに対する対応を決めることは出来んからじゃよ。」


 ニッコリと良い笑顔で答えたのは、牢の中にいるアンジェの鉄格子を挟んで目の前に立つエッケルハルトだった。


「おいおい、ご老公さん! 俺は別に、この街にこだわらねえって言ったよな? 聞こえたよな……?

 それが何でこんなことになるんだよ、畜生……」


 俺、何も悪いことしてないのに……と、アンジェは四肢を地面に付けて項垂れてしまう。


「アンジェさん、大丈夫っすよ。 誰が何と言おうと僕はアンジェさんが悪いことをしていないことを知ってやす。 僕がちゃんと証言するっすよ!」


 アンジェの役に立てることが心から嬉しそうに、項垂れるアンジェの横にちょこんっと座ったランスが笑みを浮かべる。


「……ありがとな、ランス…………でもな、そう言うお前も何故か檻の中……」


 簡単に別れようとしたことに警戒心を抱いているのか、周囲が止めても頑として一緒の檻の中に入ると主張し、己の服の裾から手を離さないランスへ複雑な視線をアンジェは向けずにはいられなかった。


「すまん、アンジェ……一応、おそらく、多分、お嬢様が父親であるエルンスター様へと事情を説明して、すぐに出す事が出来ると思うから……その、少しだけ我慢してくれ。」


 牢屋の中に入れられているアンジェに対して申し訳なさそうな表情を浮かべるオスカーだったが、その視線は不自然なほどに泳いでいた。


「……目茶苦茶視線が泳いでいる上に、“一応”“多分”“おそらく”って付けすぎ……じぇねえな……お嬢ちゃんだもんな。」


 牢屋に入る原因となったお嬢ちゃんこと、ノエルの姿と経緯を脳裏に思い浮かべたアンジェは深々とため息を付くのだった。



※※※※※※※※※※



 アンジェが牢屋の中で叫ぶことになった経緯……それは数時間ほど前に時間は遡る。


「この際、私の過去の過ちに関しては後で関係閣僚の皆様に謝罪するとして、今はアンジェさんの誤解を解くことが先決です!」


 アンジェを逃がさないためにも、エッケルハルト達の誤解を解いて気持ちよくエルネオアの門を潜って貰うことが一番だとノエルは考え、宣言するように言葉を発する。


 そのためにも、アンジェの服の裾をランスと一緒にしっかりと逃がすものかと掴みながら、ノエルはエッケルハルトへと視線を向けた。


「カーレルスマイアー卿、恐れ多くも国王陛下より、数百年にわたりこの城塞都市エルネオアを中心とした地方を預けられているエルンスターの血筋の者の一人である私、ノエル・リア・エルンスターは、この者達に命の危機を助けられました。

 このアンジェとランスの二人がエルネオアの民、並びに領主であるお父様に刃を向けぬことは、我が名の下にお約束致します! ゆえに、我が命の恩人に対する礼を失した態度を改めて下さいませ!」


 真っ直ぐに強い意志を宿したノエルの眼差しを正面から受け止めたエッケルハルトは、オスカーに向けていた飄々とした笑みを引っ込める。


「それは出来ませんな。」


 自慢の髭を撫でながら、とりつく島もない様子で答えたエッケルハルトの姿に、ノエルはアンジェ達と出会う前と同じように大きな声で問い返したい気持ちをグッと堪え、静かに問いかけた。


「……理由を聞かせて頂けますか?」


「オスニエル様よりのご命令ですじゃ。」


 この短期で本当に成長されたのだな、とノエルの言動にしみじみと感慨深い物を感じながら、エッケルハルトは簡潔明瞭に答える。


「お父様の……? 一体どういう事なのですか?」


 城塞都市エルネオアを中心にした領地の領主でもあり、己の父親でもある人物の予想外の命令にノエルは目を瞬かせた。


「ふむ……お嬢様の父君であり、領主であるオスニエル様より、命令が下っております。 身勝手な理由で飛び出したお嬢様の探索をする必要は無く、もし万が一に発見した際には有無を言わせずに館に連行するように、と。」


「……っ……」


 凪いだ瞳で語るエッケルハルトの言葉に、ノエルは瞳を揺らしてしまう。


「……身から出た錆という物なのでしょうね……」


 心の中で優しい父との思い出が巡り、ノエルは過去の己の愚かさを心底後悔して両手を強く握り締める。


 もっと周囲の声に耳を傾け、貴族としての自覚を持って行動していたならば、優しい父にこんな命令をさせることも、沢山の心労をかけることも無かったのだと。


 父だけでなく、沢山の人達に迷惑を掛けてしまったことを改めて突きつけられたノエルは、今更どうしようも無いことだとは言え、過去の己を平手打ちにして消え入りたい気持ちで一杯だった。


「……カーレルスマイアー卿、私の身柄に関してはお父様の命令通りに連行して下さいませ。 ですが、アンジェさんとランスさんが、私とオスカーの命の恩人であることは真実です。 ゆえに、彼等に対して恩を仇で返すような真似だけはしたくありません。」


「カーレルスマイアー卿、エルンスター様の命令を邪魔することは致しません。 ですが……お嬢様のお言葉通り恥ずかしい話しですが、この二人に出会わなければ私自身はいざ知らずお嬢様の命も危うかったのは事実です。」


 色が白くなるほどに手を握り締めてノエルは訴え、その言葉に賛同するようにオスカーがジッとエッケルハルトを見詰めて呟く。

 

「オスカー……ありがとう。カーレルスマイアー卿、二人のことは私からお父様に話します。 ですから、その後にお二人への対応をお父様が決めるまで、どうか引き留めておいて頂けませんか?」


「おい、ちょっと待て! 俺は別の街に……」


「引き留めるどころか、ガッシリと保護しとかないと顔に似合わず奥ゆかしい、遠慮深い性格ですからすぐに姿を眩ましますよ。」


 ノエルの言葉に雲行きの怪しさを感じたアンジェが慌てて口を挟もうとしたが、その声をオスカーが遮ってしまう。


「おまっ! 誰が顔に似合わねえ性格だ、コラっっ!! 俺は別の街に行く……」


「分かりましたぞっ、お嬢様! 不肖、エッケルハルト・アクス・カーレルスマイアーっ!! お嬢様の恩人であるこの者達を、我が部隊が責任もって保護致しましょうぞっっ!!!」


 己の言葉を遮ったオスカーに対して抗議の声を上げたアンジェだったが、今度はエッケルハルトにその声を遮られることとなってしまった。


「ちょっっ?! 待て待て待てっっ! 俺の意志は何処に行ったっっ?! 俺は絶対にエルネオアには行かね……」


「良かったですね、アンジェさん! これで無事にエルネオアに入れますよ。」


「アンジェさん、一緒に冒険者ギルドにも行きやしょうね。 こんな大きな街に来たのは初めてっすよ! ちょっとだけでも、一緒に観光とかできたら嬉しいっす!!」


 エルネオアに行かないという意志を示そうとするアンジェの両脇をいつの間に固めたのか、ノエルとランスがガッシリとアンジェの両腕を抱え込む。


「いやいやいや……だから、俺は……」


「ぐぅおっほっっ……げっほ、ごぉほっっ……お、お前さんは、この老い先短い老人に鞭打つような真似をするのかのう……こんなか弱い儂に折角命令をして下さったお嬢様の……最後になるかもしれぬ命令すら守らせて貰えんのかのう……?」


 カーレルスマイアー様っっ!、と周囲の兵達が駆け寄る中心で、エッケルハルトは大きな咳を繰り返し、弱々しい声でアンジェへと訴える。


「…………いや、ご老公さん……あんた、生涯現役とか……」


 わざとらしく咳を繰り返すエッケルハルトの姿に、アンジェは頬を引き攣らせながら何とか抵抗を試みた。


「儂、そんなこと言っとらんもん。 儂、か弱いお年寄りじゃもん。」


「そうだ、そうだ! お年寄りは大切にしなきゃダメなんだぞ!」


「持病があっても頑張ってるカーレルスマイアー様にこれ以上の無理を強いるのか!」


「老骨に鞭打つなんて……お前には赤い血が流れていないのかっ!」


 無害でか弱い老人だと主張し始めたエッケルハルトを援護するように、抜群のチームワークで何でも屋部隊と呼ばれる兵達が声を上げ始め、鬼か、悪魔かとアンジェを責め始める。


「……俺か?……俺が間違ってんのか……?

 いやいやいや……俺、別の街に大人しく移動するって言ってるだけじゃねえか……」


「……諦めろ、アンジェ。 お嬢様に関わったのが運の尽きだ。」


 何でこんなことに……?、と項垂れ始めたアンジェの肩をオスカーがポンッと叩き、止めを刺すのだった。


 

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