悪夢と言われしは黄金の乙女 中編。
徐々に曇り始めた空を見上げた何でも屋部隊こと、カーレルスマイアー部隊の面々は遠い目をして呟く。
「……やっぱり、急に空が曇り始めましたね。」
「こりゃあ、大きな嵐が来ますよ!」
「カーレルスマイアー様! 街の人達に避難命令を出すように領主様に進言した方が良く無いですか?」
「そうじゃのう……嵐で済めば良いが……」
口々に不安そうに己へと声を発する若い兵達に応えるように、エッケルハルトは眉間に皺を寄せて難しい表情を浮かべる。
「……あの……本人を目の前にして失礼ではないでしょうか……? そんなに私が言ったことの内容が可笑しかったのですか?」
自分が言った言葉へのあまりな反応に、微かに涙眼になってしまったノエルは小さな抗議を試みる。
「いや、お嬢様。彼等の反応は正常だと思いますが?
……口を開けば中身の伴わない理想論ばかり。 己の力で実現できる範囲の事柄だけだったならば彼等も彼処まで反応はしないでしょう。
ですが、以前のお嬢様は口先だけで終わった挙げ句の果てに過程をすっ飛ばして結論のみを口にし、剰えその結果へと導くための周囲の労力・迷惑などを全く考えずに発言されていましたよね?」
ノエルの巻き起こした騒動の数々を走馬燈が蘇るが如く、一つ一つ脳裏に思い浮かべたオスカーは大きなため息を付いてしまう。
「あうっ?! そ、それは……否定できませんわ……。 己の身から出た錆とは言え、今の私は考え無しに意見を発し、皆様に要らぬ混乱を与えてしまったことを申し訳なく思っております。……本当にごめんなさい。」
エッケルハルトやカーレルスマイアー部隊の面々だけでなく、オスカーにまで言われてしまったノエルは、申し訳なさそうに俯いてしまう。
「……あの……あの暴走した暴れ馬こと、走り出したら止まらない、目標目掛けて一直線なお嬢様が謝ったっ?!」
「ありえない……絶対にありえんっっ!!」
「やはり、天変地異の前触れじゃっっ!!」
「いえ、此処は槍が降ってくるか、子供の頭部大の雹でも降るんでは無いですか?」
素直に過去の己の浅慮な行動を反省し、謝罪の言葉を口にするノエルに対してカーレルスマイアー部隊は揃って驚愕の声を上げ、しれっとオスカーも思っていたことを呟く。
「自業自得とは言え、天変地異や暴れ馬だなんて年若い女の子に向かってあんまりですっ!
アンジェさんっ! 私は少しは変わりましたよね? 暴れ馬では無くなりましたよね? 雹なんて降りませんよね?」
追い打ちを掛けるような言葉の数々に、溢れ落ちそうな程に涙をためたノエルは味方になってくれるかもしれないアンジェへと視線を向ける。
「……“獲物を求めて流離う凶悪犯”……“獰猛な魔物”……」
「元気を出して下さいっす、アンジェさんっっ! 僕はそんなこと全く思っていやせんからっ!! 世間知らずのお嬢さんの言葉なんかに惑わされちゃダメっすよ!!!」
だが、ノエルの向けた視線の先には地面に三角座りをして“の”の字を書いているアンジェを必死に元気付けようとするランスの姿が映った。
「……えっと……ア、アンジェさん……? ランスさ……」
「なんすか、お嬢さん? 今、お嬢さんの言葉で傷ついたアンジェさんを元気付けることで忙しいんすよ! 自分のゴタゴタは自分で解決してくれやすか?」
アンジェへと心配そうな眼差しを向けるランスはノエルの言葉に反応してムスッとした表情を浮かべて振り返る。
「はうっ?! ア、アンジェさんっ! 私は決して悪い意味で言ったつもりは……そ、そんな人じゃないって言いたかっただけで……いっやあぁぁぁっっ! ごめんなさい、ごめんなさいっ!! 冬眠の準備を始めないでぇぇぇぇっっ!!!」
「ダメっすよぉぉぉっっ!! お願いっすから寝床を探して籠もろうとしないで下さいっすぅぅぅぅっっ!!!」
ふらふらと立ち上がり、寝床を探して歩き出そうとしたアンジェの服の裾を必死で掴み、ノエルとランスは慌てた様子で制止の叫び声を上げるのだった。
肩で大きく息をするランスとノエルの姿を横目に見て、何処か申し訳なさそうな表情をアンジェは浮かべていた。
「ああ……なんつーか、その……見苦しい所を見せて悪かったな。 取り敢えず、出直してくるぜ。」
あばよ、と手を振って一人で歩き出そうとしたアンジェだったが、その服を再び掴んだ二人の人影があった。
「アンジェさんっ! 僕を置いて何処に行く気っすか?!」
「そうですわ! アンジェさんの目的地はエルネオアなのでしょう?!」
決して離すものかという想いを込めてアンジェの服をギュッと掴んだのは泣きそうな表情を浮かべたランスと、不安そうな眼差しを向けるノエルだった。
「……あんまり歓迎されてねーし、牢にぶち込まれるのもごめんだ。 第一、エルネオアには到着したからランスはもう俺の話し相手をする必要はねえし、お嬢ちゃんは早く親御さんの元へと帰って安心させてやりな。」
俺のことは気にする必要がないと、服を掴むランスとノエルの手を優しく振りほどこうと試みるが、二人はアンジェを掴む手に益々力を込めた。
「……嫌っす……僕は嫌っす! 約束がエルネオアに到着するまでなら、まだ街の中に入ってないから到着してないっす!! それに、短剣だって……」
大きな目に涙を浮かべて悲しげに見上げてくるランスの姿に、置いて行かないでと訴える子犬の幻影がアンジェには見えてしまう。
「私は……私は、沢山ご迷惑をお掛けしてしまったばかりか……誰も指摘してくれなかった愚かさを正してくれたアンジェさんに、まだ何のお礼も出来ておりませんっっ!!」
同じく瞳に涙を浮かべながらも、口を引き結んで真っ直ぐに見上げてくるノエルの姿に、主人を待ち続ける忠犬の目を思い出してしまった。
「……俺にどうしろと……」
振り払うに振り払えぬ状況に陥ってしまったアンジェは、どうした物かと途方に暮れてしまう。
「……エッケルハルトのじーさん。」
子犬のような瞳を向けてくるランスとノエルを相手に動けなくなってしまったアンジェの姿を静かに見守っていたオスカーは、エッケルハルトへと視線を向けて声を掛ける。
「何じゃ、シュバルツの小童。」
同じく静かにことの成り行きを見守っていたエッケルハルトは、オスカーの言葉にピクリと眉を上げて応えた。
「あんた、気付いてるだろ。」
「はて? 何のことか儂にはさっぱりじゃのう。」
探るようなオスカーの視線に、エッケルハルトは自慢の口ひげを撫でながら空惚けて応える。
「惚けるな、エッケルハルトのじーさん。 あんたは“騎士たる者、いつ何時も戦場の心構えであるべし!”とかいう性格だから、必要ならばアンジェに対して闇討ちするくらいのことはしたはずだ。
“忠孝の剣”と謳われた騎士であるエッケルハルト・アクス・カーレルスマイアーは、闇討ちで傷つくかもしれない己の誇りよりも、主たるエルンスター様のお嬢様をお守りすることを優先するはずだからな。」
「昔の二つ名を持ち出しおってからに。 年老いた儂など只の偏屈なクソ爺じゃよ! 若い時の血気盛んじゃった頃の悪い癖が出て、強者と渡り合ってみたくなっただけじゃ。」
オスカーの視線を物ともせずに、エッケルハルトは茶目っ気溢れる笑みを浮かべた。
「じゃが、そのお陰でお嬢様の成長を垣間見ることができ……小童、遠目に見た時は目を疑ったが、どうやら一皮剥けることが出来たようじゃのう。 全ては、あのような外見ゆえに惑わされそうになってしまうが、心に一本の筋を感じる強者の影響かの。」
「…………」
エッケルハルトの何か言いたげな眼差しに、バツが悪そうに顔を背けてしまうのだった。




