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その者、音に聞く益荒男の如き乙女なり。  作者: ぶるどっく
第三章 神に仕えし乙女と予言の英雄。

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数多の出会いを与えし森との別れ。


 数多の強暴な魔物が(うごめ)く暗く、深いファモリットの森。


 そんな危険な森の出口で別れを惜しむ大柄な体躯を持つ若者の姿が有った。


「……ハニ子、元気で暮らすんだぞ。 あんまり無茶はしちゃ駄目だからな。」


 フサフサの体毛を撫で回し、涙を耐えるためか口をへの字に曲げるアンジェは己の使い魔としたグラウ・グリズリーのハニ子へと別れの言葉を告げていた。


「グギャウッ!!」


 大きな頭を甘えるように擦り寄せるハニ子をアンジェはしっかりと抱きしめる。


「そうか……お前の気持ちは嬉しいぜ。 だけどな、ハニ子……お前を人間の街の側へと連れて行くと危険なんだ。 沢山の人間に追いかけ回されて、怪我をするかもしれねえ。 そんな危険な場所にお前を連れて行く訳にはいかねえんだ。」


「……グルゥ……」


 ぎゅうっと抱きしめたフサフサの身体を離し、アンジェがハニ子の頭を撫で回せば気持ちよさそうに眼を細め、小さく鳴き声を上げる。 


「分かってくれたか、ハニ子! 何時か絶対に迎えに来るからな!……いつか俺の家族も呼んで、どっか温泉でも湧いてる人気のない場所に家を建てる。 そして、ハニ子も一緒にみんなで穏やかに暮らそうな。」


「グオウッッ!!」


 アンジェの言葉に喜びの声を上げるハニ子を、アンジェは満面の笑みを浮かべて再び撫で回す。


 そんな別れを惜しみ続ける一人と一匹の姿へとジトッとした眼差しを向ける者がいた。


「俺が間違っているのか?……危険なのはどう考えても、グラウ・グリズリーじゃなくて人間の方だろう? グラウ・グリズリーが殺られる前に何十人が犠牲になるだろうな?」


「……おそらくオスカーの考えは間違ってはいないとは思いますわ。 人里に近い場所に生息する魔物の中でもグラウ・グリズリーは強暴な種と言えるでしょう。 でも……でも、あのハニ子ちゃんとアンジェさんは大丈夫な気が致します。」


 別れを惜しむアンジェ達へと半眼を向けるオスカーの言葉に、困ったように微笑むノエルが応える。


「お嬢様……」


 脳天気とも言える言葉に無表情ながらも、何処か呆れた雰囲気を纏うオスカーへとノエルはニッコリと笑みを向けた。


「ふふ。 分かっていますわよ、脳天気すぎる考えだと言うことは。 ですが、愚かな私を見捨てることもせず、導く義理など無いと言うのに心の在り方を正して下さった御方ですもの。 まだ出会ったばかりで判断が付きかねる部分も有りますが……少しは信じても良いのでは無いでしょうか?」


 頭から全部を信じるとは流石に言いませんけど、と己へと告げるノエルに、オスカーは意外そうな表情を浮かべてしまう。


「…………」


「……どうして、そんなにも驚いた顔をするのですか?」


 普段は己の言葉に表情を動かすことがあまり無いオスカーの見るからに意外そうな、驚いた表情を見てノエルはキョトンとしてしまう。


「そんなの決まってやす。 お嬢さんが悪人などこの世にはいないんだ、とばかりにアンジェさんのことを信じると言わなかったからっすよ。」


「あうっ……ま、まだ、怒っていらっしゃるのですね……」


 プイッと顔を逸らしながら答えたランスに、ノエルはビクリと身体を震わせる。


「少年……」


「少年じゃ有りやせん、ランスっす! お兄さんも、あんまりアンジェさんを怒鳴っちゃ嫌っすよ!」


 萎れた花のようなノエルの姿にオスカーは眼を瞬かせ、思わずランスへと信じられない者を見たような視線を向けてしまう。


 この数ヶ月の間、ノエルの側にいたオスカーは叱られて殊勝な態度を見せるノエルを見たことが無かったのだ。


「……俺も、オスカーで構わない。 ランス、お前は凄いな。」


「僕がすごいんじゃありやせん! 全部アンジェさんがすごいんっすよ!」


 オスカーの言葉にランスはアンジェが凄いのだと笑顔を浮かべて元気よく答える。


「…………」


 そのランスの笑顔にオスカーは再度グラウ・グリズリーと別れを惜しむアンジェの姿を視界に収めた。


 命の恩人であると同時に仕えるお嬢様の心の在り方さえ変えてしまい、己の冷えきっていたはずの心にすら変化を与えてしまったアンジェ。


 自分たちに影響を与え続けるアンジェとの城塞都市エルネオアまでの短くも長い旅路にオスカーは思いを馳せるのだった。



※※※※※※※※※※



 濃淡様々な灰色の切り出されて形を整えられた大きな石が(うずたか)く積み重なった重厚な壁に囲まれた城塞都市“エルネオア”。


 その中心部に一際目を惹く大きな屋敷が有り、その一室に机を挟んで向かい合う二人の男性の姿が有った。


「……旦那様、本当に捜索隊を出さなくても宜しいのですか?」


 漆黒の髪を撫で付け、ガッシリとした体躯の一目で騎士と分かる出で立ちの男が、重厚な執務机に両肘を付き手を組んだ己が主へと奏上する。


「……良いのだ。 聞けば周囲の諫めも聞かずにあれは飛び出していったと聞く。 そのような身勝手なことを為すような輩のために、民の血税を使用することなど有ってはならぬ。……だが、あれの側にはそなたの息子がいる。 そなたの息子だけでも助けることが……」


「そのような気遣いは無用です。 あやつも我が一族の一員なれば、主家のお嬢様をお護りすることを喜びこそすれ、その命を失うことになろうとも後悔することなど有りませぬ。」


 眠れていないためか、目元にくまがくっきりと見える苦悩に満ちた表情を浮かべた鳶色の髪の紳士は、騎士の言葉に申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「……そなたの細君の誠の心を伝えることすら出来ていない愛する息子と、永遠の別れをせねばならぬかもしれないのだぞ?」


「騎士となったその日より、家族と死に別れることも……あやつが闘う者としての道を選択した時より、(わだかま)りを抱えたまま失うことも覚悟しておりますれば、私のことなど気になされないで下さい。」


 まるで騎士の鏡とも言うべき言葉に、鳶色の髪の紳士は固く眼を閉じて唇を噛みしめる。


「……許せ……我が騎士、我が友よ……」


 不器用な己へと忠誠を誓ってくれている騎士であり、幼なじみのである相手の心を鳶色の紳士は思う。


 そして、鳶色の髪の紳士は領主としてでは無く、一人の父親として唯々猪突猛進な娘と幼なじみの息子の無事を神へと祈り続けるのだった。




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