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その者、音に聞く益荒男の如き乙女なり。  作者: ぶるどっく
第一章 旅立つ漢は蒼天を仰ぐ。
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温かきは家族団欒。


「それで、クリスは私に何か用事があったのではないのですか?」


 話題を変えようと、アンジェは木の枝より飛び降りて危なげなく大地に着地すれば、クリスが己を探していた理由を確認する。


「あ、忘れてた。 リーシャさんがね、昼過ぎから花祭りの衣装を作る約束をしていたのにアンジェがなかなか帰って来ないって心配してたのよ。」

「……お母さんは、どうしてそういう約束だけはしっかりと覚えているのでしょう? 普段は複数のことを同時に頼むと必ず一つ、二つは忘れてくる人なのに……。」


 ほんわかした笑顔を浮かべる母親の姿を脳裏に思い浮かべたアンジェはため息を付いてしまう。


「やっぱり、アンジェってば覚えてたのに花祭りの衣装を作るのが嫌で逃げてたのね。」

「嫌に決まってるでしょう。 毎年、毎年、大きくなって行くこの身体の大きさに合う衣装を作るだけでなく、それを私自身が着ると思えばやる気も失せますよ。」


 げんなりとした表情を浮かべるアンジェへと、クリスは苦笑して言葉を続ける。


「でも、リーシャさんは一緒に衣装を作るのを楽しみにしているみたいだったし……家に帰った方が良いと思うよ。」

「……気は進みませんが、分かっています。 お母さんを泣かせることは私の本意ではありませんから。」


 来る花祭りに向けて、年若い少女達は一生懸命に衣装を整え、縫い上げていく。

 そして、花祭りの当日は少しでも綺麗に見えるように着飾り、朝一番に己で摘んだ花を花冠にする。


 アンジェは、そんな可愛らしい乙女達に混じって着飾ることが嫌で堪らなかった。


 だからこそ、毎年この時期になると出来る限り関わらなくて済むように努力してしまうのだ。

 ……もっとも、毎年最期は母親であるリーシャの説得に負けてしまうのが常であったが……。


 ため息を付きながらアンジェは苦笑を浮かべるクリスを伴い、己の家へと帰路に付くのだった。



※※※※※※※※※※



「ただいま帰りました。」


 隣り合った家の前でクリスと別れ己の家の扉を開いて帰宅の挨拶をすれば、いつもと変わらぬおっとりとした笑顔を浮かべた母親リーシャが出迎える。


「あら? お帰りなさい、アンジェ。 ふふふ、一緒にお裁縫をしようと思って待ってたのよ。」


 微笑みながら出迎えるリーシャへと、アンジェは困ったような笑みを浮かべて言葉を続けた。


「お母さん、遅くなってしまってすみません。……私を出迎えてくれるのは嬉しかったのですが、コンロに鍋を掛けたまま来ていませんよね?」

「もう、アンジェったら! 幾らお母さんがうっかりしている性格でも、毎日確認しなくても良いじゃない。 せめて、確認するのは三日に一度が良いわ。」


 アンジェの問いかけに苦笑するリーシャへと、更にアンジェは言葉を続ける。


「……三日に一度は言っても良いんですね……。 所で、お母さん? そろそろ洗濯物を取り入れないと冷たくなってしまうのではないですか?」

「あら、私ったらいけないわ!」


 慌てた様子で庭に干している洗濯物を取り込むために走るリーシャの年齢の割には若々しく、おっちょこちょいな姿にますます苦笑してしまう。


「……なんだか、母親と言うよりは手のかかる妹がいる気分ですよ。」


 庭の方から聞こえてくる慌ただしい物音を聞きながら、アンジェは干し終わった洗濯物を無事に取り込むためにリーシャの元へと歩みを進めるのだった。




 無事に洗濯物を取り込み、夕食の準備をリーシャと共に作るアンジェ。

 

「……お母さん……それは砂糖です。」

「あら?……ありがとう、アンジェ。 また、お夕飯が甘くなるところだったわ。」 


 夕食のスープの仕上げに塩を入れて味を調えるところを、砂糖を入れようとしていたリーシャの手を掴み防いだアンジェ。


「ただいま、リーシャ。」

「お母さん、ただいま。」


 二人で夕飯を作り終え、後は片付けと他の家族が帰ってくるのを待つだけだと考えていれば、玄関の扉が開く音が響き、二人の人物の声が聞こえてくる。


「あらあら、マークとグウェンが帰ってきたみたいねえ。」


 お帰りなさい、と返事をしながら出迎えるために手を拭きながら玄関へと向かうリーシャ。


「姉さん、ただいま。 僕、お腹空いちゃった。」


 リーシャが向かったと思えば、すぐにアンジェの元へと向かって歩いてくる足音が聞こえ始め、一人の母親譲りの顔立ちの少年が姿を現した。


「……おや、グウェン。 お帰りなさい。 夕飯はすぐにでも食べられますよ。 ですが、お母さんにちゃんと帰宅の挨拶は出来ましたか?」

「当然だよ。 でもね、すぐにいつも通りに父さんとイチャイチャし始めたんだ。……子供の前でも恥ずかしがらずに抱きしめ合うなんて、いい加減やめて欲しいよ。」


 やれやれとばかりに呆れたような、拗ねたような表情を浮かべるグウェンへとアンジェは苦笑してしまう。


「“仲良きことは美しきかな”といいますが、思春期真っ盛りのグウェンから見れば困ってしまう光景でしょうね。」


 クスクスと笑いながら己へと優しい眼差しを向ける姉の姿に、グウェンは唇を尖らせる。


「“仲良きことは美しきかな”や“思春期”って何? そんな言葉聞いたこと無いよ。 それに……いっつも思うんだけど、どうして年もあんまり離れてないはずなのに姉さんは沢山の知識が有る上に、色んな意味で強いんだよ? 男の僕の立つ瀬が無いじゃん!」


 アンジェより五つ下の十歳であるグウェンは不満げな表情でアンジェへと詰め寄っていく。


「“仲良きことは美しきかな”は、仲が良く笑いあえる関係は他者から見ても美しく、仲が悪い関係は他者から見ても心地よいものではないと言うことで、“思春期”は精神的にも変化が起こり、色々と多感な時期のことです。……えーっと……知識に関しては……オババ様の所にある本をお借りしているからですし……強いのはお父さんに修行を付けて貰っているからで……」

「姉さんは、お父さんよりも強いのに?」


 ジトッとした眼差しをアンジェへと向けるグウェンの視線に、アンジェはたじたじになってしまう。


「こら、グウェン。 あまりアンジェを、お前の姉さんを困らせるんじゃない。」

「うわっ! 離せよ、父さんっ!」


 可愛いくも、小生意気な弟の問いかけに返答に窮していたアンジェ達の元に、いつの間にか帰宅の挨拶を終えた愛する妻の肩を抱き寄せて歩いてきた父マークが、静かにグウェンの背後に忍び寄り突然抱き上げる。


「あ、お父さん。 お帰りなさい。」

「ただいま、アンジェ。……おっと……こら、グウェン。 暴れるな、落としちまうぞ。」


 笑顔で帰宅の挨拶を交わすアンジェとマークだったが、マークに抱き上げられたグウェンが暴れ始めてしまう。


「落とせばいいだろっ! 十歳にもなった息子を抱き上げるんじゃ、ふぎゃっ……いたた……父さんっ! いきなり落とさないでよっ!!」

「ははっ……だから言っただろ、落とすぞって。」


 笑いながら息子をからかう父親に、そんな親子でじゃれ合う姿を温かく見守る娘と母親。


 其処には、笑顔の絶えない温かな家族の姿が広がっていたのであった。


 ……父親の背丈を既に超えてしまっている可愛い娘の姿を除いては……ごく普通の幸せな家族団欒の光景だったのである……。




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